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3章…12話

それから1週間。

私はいつも通り仕事をした。

変わったことといえば、また嶽丸の仕事がリモート中心に戻ったこと。


もしかしたら、出張を勝手に取りやめて、後輩を置いて帰ってきたからかと心配したけど…

どうやら違うらしい。


「やっぱ毎日激混みの電車に揺られて必死に職場に行く働き方は合わねーわ」


そして嶽丸は、毎日私の仕事が終わる頃に、店の真ん前まで迎えにくるようになった。


さすがにケンゾーも、私と嶽丸の関係が進んだと理解したらしい。

特別事務所に呼ばれることも、食事に誘われることもなく日々は過ぎていった。


そして明日は私の休日という帰り道。


いつものように私の帰りを忠実に待つワンコのような嶽丸が、店から出てきた私の顔を見るなり、とんでもないことを言い出す。



「明日、俺の実家に行こう」


「…は?」


いきなりなんだ…?


実家に行くということは、家族に紹介するということで…それは結婚を見据えての挨拶、というのが普通だけど…


「身構えなくていいから。…ただ…連れていきたいだけ」


従兄弟の健と同級生の嶽丸は、私が高校の3年間を過ごした健の家の近所に住んでいたはず。


私の生家とは違うけど、思い出深い街並みを思い出した。


母の弟夫婦である健の両親にもご無沙汰しているし、思い切って行ってみることにしようか…


目の前で緩く微笑む嶽丸にうなずいて見せると、思いのほか嬉しそうな笑顔を向けられて、私の頬も緩んだ。





「何か手土産買って行きたい」


嶽丸の家用と、健の家用。


気を使うな…とは言うけど、それでもやっぱり、嶽丸の家族にはいい印象を持ってもらいたいと思う。



「そうだなぁ、うちの家族の好きなものと言えば、コレかなぁ」


デパ地下で迷う私に、嶽丸が差し出したのは…


「…え?黒糖…?」


「うん。まぁ甘いもの。祖母ちゃんは甘納豆で、母親はクリーム系。父親と弟たちはチョコ狂い」


「え?ちょっと待って。嶽丸ってお兄ちゃんなの?」


「あぁ、弟が2人。蔵馬(くらま)と深影(みかげ)24と22」


上から…嶽丸、蔵馬、深影。


「…なんか3人とも、忍者みたいな名前だね」


「…え?」


驚いたような顔で見下され、どうしたのかと見上げる私に、嶽丸はみるみる嬉しそうな表情になっていく。


「初めて会った時も、忍者みたいって言われたよな」


「うん、私が高3で、もうすぐ卒業って頃だったよね」


お土産選びを中断して、思い出話に花が咲いてしまう。



「あの時俺、みゃーに一目惚れした。初恋ってやつだわ」


見上げる私の後頭部を撫で、そのまま少し抱き寄せられた。

一目惚れとか初恋とか…初めて聞くんだけど。


「そうだったの…?私も覚えてるけど、やたら顔面の出来上がったイケメン中学生だと思ったよ」


クスクス笑いながら、思いがけない告白に温かいものが胸に広がっていくのを感じた。



お土産は甘いもの一択になり、選ぶのに時間はかからない。

有名店の甘納豆と、ビターチョコレートとミルクチョコレート、そして明日行く前に美味しいケーキを買って行くということになった。


健の家にも瓶詰めのお惣菜セットをお土産に買って、私たちは家に帰った。


……………


翌日、嶽丸の運転で出発した。

懐かしい街並まで、1時間くらいで到着するだろうか。


道路はそんなに混雑しておらず、嶽丸の車は、私たちをスイスイ懐かしい家へと運んでいく。



嶽丸の実家は、隣近所の家より敷地面積の広い、庭のある一軒家だった。

…少し増築した後もある。


慣れた様子でガレージに車を停め、一緒に玄関にまわって…ここで私は、自分の思いがけない変化に気づく…



「嶽丸どうしよ…」


「あ…?どした?」


「緊張してきちゃった…」



素直に言ってみれば、みるみる笑顔になる嶽丸。 


緊張して血の気が引いて、ドキドキしてお腹が痛いという私に、嬉しそうな笑顔を見せるなんて…

ひどいっ!


「緊張するほど、俺の家族にいい印象を持って欲しいんだ?」


「…えぇっ?!」


そういうことなのか…

理解したとたん、頬に熱が集まる。


と…そんなやりとりをしていた私たちの前で、玄関のドアが突然開いた。



「あらぁ…美亜ちゃん!なんて綺麗なお姉さんになっちゃったの?」


嶽丸のお母さんだっ…!


「は…初めまして…あの霧島…美亜と申します…」


って、あれ?今…美亜ちゃんって呼ばれた?


「美亜ちゃんの方は知らないわよね。私ね、健くんのお母さんとは、今でも仲良しなの。だから高校生の美亜ちゃんにも会ってるし、話も聞いてるのよ?」


「…へぇ!そうだったのか?」


嶽丸も知らなかったらしい…



「…あの…この度、ご、ご縁があって、嶽丸さんと、その…おつ、おつ…」


お付き合い…がスッと出てこない…



「可愛らしいわぁ…美亜ちゃん。真っ赤になっちゃって!」


チョンっと鼻先を弾かれた。


顔を上げるとお母さんの笑顔がすぐそこ。

…さすがに嶽丸のお母さんだけあって、スゴい美人だ。


なのに話し方も笑顔もとても気さくで優しそう。


「さぁさぁ…!上がってちょうだい!お父さんたちも皆、美亜ちゃんが来るのを楽しみに待ってるのよ?」



嶽丸の手が私の背中を優しく押してくれて、広い玄関に足を踏み入れる。するとドドっと大きな足音がして、順番に出てきた顔に、私は目を見張った。


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