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3章…10話

「朝イチの飛行機で帰るから」


みゃーに無視され続けて…俺は一晩考えた。

結果は帰る。東京に帰る。


出張?仕事?

そんなものカンケーない。

俺じゃなくても仕事はできる。

でもみゃーは1人。俺も1人。

だったら優先させるのは何なのか、おのずと決まってくるだろ。



電話をかけながら、部屋のブザーを押して押して押しまくって、自分の部屋で眠る後輩の由香、別名タコを無理やり起こした。


「本気…ですか?」


「本気本気、大まじめ。…だいたい、お前のせいだからな?」


ちんちくりんな姿でドアを開けたタコは、俺の言葉にさすがに固まった。


みゃーからの電話。その声を耳に入れて、体がグニャ…っとなりそうになった昨夜。


乱入してきたタコのせいで変な誤解をされてしまった。


「…だってぇ、酔ってたんですもん」


「はじめての出張で酔うほど飲むお前に感心したが、その上俺の部屋に襲撃までしてきた変態ぶりには恐れ入ったわ」


昨夜はこっちの支社に転勤した同期を交え、取引先の担当者と食事をした。


酒が入り、俺は早々に引き上げようとしたが、このタコとろくでもない同期に捕まり、そこそこ飲まされてしまった。


一応女子社員であるタコを心配して、俺は会の終わりを宣言した。


すると同期が俺の部屋で飲み直そうと誘うから、部屋のドアを開けたんだ。


なのにそこにいたのはタコ。

シャワーを浴びようとしてシャツを脱ぎかけてたから、確かにボタンは全開だった。

でも来るのは同期の予定で、タコは部屋に帰したはずだ。


不意を突かれて部屋に乱入され、帰れ、嫌だと攻防戦を繰り広げているところへかかってきたのがみゃーからの電話。



「…何回かけ直しても、鬼メッセージしても、無視されてる…」


「…それだけで、仕事ぶっちぎって帰っちゃうんですか…?」


寝ぼけまなこのタコは、出張を勝手に終えて帰るという俺に、さすがに驚いた視線を向ける。


「別にいいじゃん。お前のことは、同期に頼んでおいたから、支社に出勤して指示を仰げ」


そのままドアを閉めようとする俺を、タコは慌てて止めようとした。


なのでついでに用事を言いつけてやる。


「目が覚めたついでに、俺の荷物をまとめて家に送っとけ」


本当はホテルのスタッフに頼むつもりだった。そんなサービスがあるか不明だったが、何度も利用しているビジネスホテル。

支配人とはツーカーの仲だからどうにかなると思った。


「えぇ…?荷物置いて行く気ですか?」


「パソコンは持って帰る。他のものは後でいい。…いいな?こうなったのは、お前のせいなんだから、荷物まとめるぐらいやっとけよ?」


「ちょっと待ってくださいよ、先輩…着替えてないじゃないでか!?」


「確かに」


シャワーを浴びた後に着たTシャツとジャージ。暑いから膝までまくってる格好。


水色のサングラスを鼻まで下げて、上目遣いでタコを見る。



「ま、裸じゃないから大丈夫だ」



そんなことより飛行機の時間まで余裕がない。

俺はすべての後始末をタコにぶん投げて、空港へ急いだ。


…そして無事に東京に着いて、時間的にまだ家にいるはずのみゃーの背中を抱きしめたというわけ。


……………


「信じられない…」


一部始終を聞いたみゃーが、玄関に脱ぎ捨てられたサンダル風スリッパを見て言う。


「これはさすがにヤバかった」


足元を気にしていなかった。

ホテルのマークが入っているスリッパを、そのまま履いて帰ってきてしまったんだけど…


「もう…ホントに、しょうがない嶽丸!」


呆れながらソファに座るみゃーの言い方が可愛い。

つい、後ろに回り込んで抱きしめる。


この体勢、座ってても全身で密着できるから、実は俺…すごく好き。


華奢な肩に顎を乗せて、スリッパの心配を取り除くように言った。


「連絡しといたから大丈夫だよ」


「それだけじゃないでしょ?…会社は?…どうするのよ?」


「別に俺がいなくても平気だって…取引先に、だいたいの話はしておいたし」


するとプリプリ怒りながら、みゃーが意外なことを言った。


「なんかごめん」


「…なんで?」


「私が会いたいって言ったから…」


目を伏せて、何度かまばたきをするまつ毛が揺れる。


盗み見た横顔と言葉が可愛すぎて、胸の奥がドキン…と跳ねた。


しつこいと知りながら、俺はもう一度聞きたくなる。


「どうしても今日、休めねーの?」


「無理。昨日休みだったのに…嶽丸みたいにバカなこと、私はできない」


「でも…俺が来て嬉しかった?」


「え…?」


嬉しいって言え…

そうすれば帰ってくるまで、いい子のポチでいるって約束する。


「嬉しかった…よ」


言った…!


「どのくらい?」


「…すぐに、抱かれちゃうくらい」


「…!」


妙に素直で、何かあったのかと思うものの、単純な俺はありったけの愛しさを一点に集めた。


「…好き?」


モゾモゾ動く俺の手をさり気なく止めながら、みゃーはこっそり言った。


「…好きだよ」


これ、無理やり仕事休ませてOKなやつじゃん?




「と、とにかく…私は仕事に行く。行ってくる…」


好きと言われて、脱力した。

休めよーなんて冗談も出なくなる。



「あぁ…送って行こっか…」


「へ…?そんな変な格好で…いいよっ!」


ついてこないでよ!…と言いながら、みゃーはあっという間に出かけてしまった。



「好きって…」


…自然に頬が緩む。


さっきまでみゃーが横になっていた場所に、同じ姿勢でパタン…と倒れてみた。


そこはみゃーのシャンプーの香りが残ってて、思わずなでなでしてしまう。


「好きだよ…って、やべー…」


みゃーからの「好き」は破壊力が凄まじくて、ちょっと落ち着こうと目を閉じた。


それからどれくらい時間が過ぎたのか…携帯の振動する音で目が覚めた。


どこからかかってきた電話なのか、見なくてもわかってる。

…どうせ会社からだろ。


確認もせずに電話に出ると、思いがけず女性の声がして…俺は一気に覚醒した。


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