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3章…8話

鍵を閉めて…って、私の身を心配した嶽丸の言葉が頭をよぎる。


ケンゾーからのキスは、全然優しくない。…まるで、私を食べようとしているみたいな、激しくて深いキス。


「ん…ふぅ…はぁ…」


強い力で抱きしめられてて、逃げる事もできない。


なのに…私の心はどこか冷めていた。唇の柔らかさが違う、押し当てる強さが違う…下唇を食む…嶽丸のキスとは、全然違う…



「やめて…!ください!」


思い切り胸を押すと、やっと唇を離したケンゾーが、意外にも冷静な表情で私を見下ろした。



「嫌だった…?そうは感じなかったけど?」


嫌とかそんなんじゃない。

言うなれば、違和感。


嶽丸との違いばかり感じて、ひとつひとつ確認してしまう。


嶽丸とのキスが、ケンゾーに上書きされて消されてしまった気がして、思わず口元を覆った。



「嶽丸くんとは…どういう関係なの?」


何も聞かずに車を動かす気はないらしい。



「どうって…」


皆、同じことを聞く。

男女が一緒にいれば、恋人関係を連想するんだろうけど、それとは違うと言ったら友達という便利な言葉に落ちてくれるんだろうか。


答えない私に、恋人ではないと勝手に判断したらしい。


「俺は美亜が好きだ。俺だけのものにしたいと思っている」


「…それは、、」


「今すぐ無理だと、決めつけないでほしい」


ケンゾーは私に向き直って、軽い調子で言った。


「海外に出店する計画で、出張に出かけたことは伝えたよな」


「はい…」


食事に連れて行かれたとき、確かにそう言ってて、話の続きを聞きたくなったことを思い出す。


「計画通り進んだら、美亜には銀座店を含む都内3店舗のオーナーを任せたいと思っている」


「…え?!」


…それは、私がケンゾーとの将来を誓い合ったら、ということだろうか。

それが条件だとしたら…


「すぐに結論を出さなくていい。…たまにこうして、仕事以外でも会ってくれれば」


ケンゾーはチラリと私の着ている服を眺めて「できればもう少しお洒落をして…」と言って笑う。


さすがに失礼だったと頭を下げようとした耳元に、甘い声が届けられた。


「今度は…嶽丸くんの残り香のない服を着てくれよ?」


「…っ!」


ハッキリわかるほど顔が火照ったと思う。


妬けるね…っと笑いながら、やっと車を動かす気になったケンゾーにほっとした。




マンションの前で下ろしてもらい、そのまま嶽丸のベッドにごろんと横になった。


「もう、寝る。明日は…仕事」


もう一度シャワーを浴びようかと思ったけど、かえって目が冴えてしまう気がする。


「…嶽丸、」


どうしてこんなに嶽丸を求めてしまうんだろう。

結局…自分の本音は隠せないって認めればいいのに。


携帯を開いて、旅行で撮った写真を1枚ずつ見た。

…私、なんだかんだ嶽丸のこといっぱい撮ってる。


こっちを向いてない嶽丸。

横顔とか、下を向いたところとか。


「カメラを向けても逃げないんだもん…」


口角を緩やかにあげた嶽丸の写真も出てきて、勝手に心臓が騒ぐ。

ズームアップして、その顔を大きく映せば、目の前に嶽丸がいるような気持ちになった。


…私、もう好きなんじゃん。


認めるしかない。

きっと、完全降伏。


皮肉だけど、ケンゾーにキスをされてハッキリわかった。


嶽丸のキスは、私の癒しの薬で官能で、特別なもの。


嶽丸のいない部屋で、嶽丸の残り香が欲しくてTシャツ着て、ケンゾーの話とキスを忘れたくて嶽丸にしがみついて。


今ここにいたら、きっと抱きついてる。自分からキスしてる。



…ダメだ。

…好き。

…会いたい。


今の時間を確認する。


PM10:00を、少しまわってる。

電話するなら許容範囲。


…一旦、シャワー浴びてこよう。


素直じゃない私は、すぐに行動に移せない。


急に出張になって仕事をして、きっと疲れているだろうし、もしかして、接待とかで飲んでるかも。

いやいや…疲れ切って寝てるかも。


…由香ちゃんは…


あんなにハッキリ嶽丸にアプローチしていた由香ちゃんが、一緒に出張に行くなんてチャンスを、みすみす逃すとは思えない。


…既成事実、なんて…今頃こっそり嶽丸の眠るベッドに入り込んで…


「…わーっ!なんて妄想っ!何ごとっ!」


ベッドから飛び起きて、その勢いのままバスルームへ行く。





結局…お気に入りの入浴剤を入れて、しっかりお風呂に入ってしまった私。


バスルームは嶽丸によってきれいに掃除がされていて、快適すぎる。


さっきの妄想を忘れようと、私は脳内でどうでもいいことを考え続けた。


明日の予約はどうなっていたっけ…慎吾先輩は明日、銀座店に来るかな…ケンゾーは…


ここまで考えて、唇にさっきのキスの感触が蘇る。


あー…もう…いらんいらんいらんいらんいらん。


…バスタブに入ったまま、シャワーを掴んで勢いよく蛇口をひねれば…


意外にも水だったので叫んでしまった…!




………


1人でワタワタして何をやってるんだろう。

髪を乾かして、洗面室の鏡に映る自分に問いかけた…。


「なんかいろいろ発散したけど、まだ嶽丸に会いたい…?」


…鏡の中の自分が、小さい頃の自分に見えた。


お母さんに結ってもらった定番のお団子ヘアからおくれ毛が出て、お気に入りの髪飾りをつけているのも見える。


不安そうな顔。

こんな自分を、私はあの頃から、何度も見ている気がする。



「会いたいよ…」


嶽丸に会いたい…

鼻の奥がツン…として、不覚にも涙がひとすじ頬を伝った。


嶽丸に会いたいのは、大人になった今の私。なのに…不思議なことに、

あの頃の私も嶽丸を強く求めている気がする。





「いざ…」


リビングに携帯を持ってきて、アドレスから嶽丸の番号を呼び出す。




「もしもし…?」


意外にもすぐに繋がった嶽丸の携帯。そしてこれまたすぐに聞こえた細い声。


「誰〜…?」


…それは、ある意味私の予想通りだったというわけだ。


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