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2章…第5話

「本当に、申し訳ありません!」


電話は、ヘアショーに出場予定のスタイリスト、谷村康介。


「手違い…ですか」


「霧島さんのお客さまだとは知らなくて…すいません…」


1週間後に迫ったヘアショーのため、初めての全体リハーサルが行われることになった。


そこで、出場者全員のモデルを確認してみたら、私と谷村康介のモデルの名前が被っていることに気づいたのだ。



「…わかりました。私の方で、モデルは新たに探します」


「本当ですか?すいません…!お客さまも俺のモデルになりたいって言ってたから…助かります!」



…何もそこまで言わなくてもいいのに。


ちょっとムッとしながら電話を切る。


私がモデルをお願いしていたのは、銀座店に来てくれていた顧客。

でも突然仕事を辞めて引っ越したって…確かに言っていた。

だから引き続きモデルをお願いして大丈夫なのか、心配はしていたけれど。


「練習のためにここまで来てもらうのも大変だし、仕方ない」


それに話しぶりでは、お客さまも谷村のことを気に入ったようだ。


引っ越したあと、系列店だと知って、谷村のいる店舗に行ったのだろう。

そちらの方が通いやすいだろうから、今後のためにも、お客さまは谷村に譲った方がいい。


そう結論づけたものの…


私のモデルがいなくなってしまった…

すでに考えてあった服やヘアスタイルも、イメージもコンセプトも変えなければならない。


…あと1週間。

どうしよう…!



…………


「美亜…?俺の特製和風パスタ、もっと味わって食べてくんない?!」


「あ…ゴメン」


家に帰って、いつもながら美味しい嶽丸のご飯をいただく。

ヘアショーのモデルのことで頭がいっぱいで、ぼんやりしてしまったかも…


「またなんか…トラブルがありましたって顔してんな。…美亜の職場いろいろありすぎだろ?」


器用にパスタを巻きつけて口に運ぶ嶽丸。食べながらニヤニヤ笑われて、思わずその顔をじっと見てしまった。


「…なに?自分のセフレのあまりの美しさに息を呑んでんの?」


冗談で言ったのはわかる。

でも…そうだ。

こんなに身近に、いるじゃないの!


「見つけた…代わりのモデル」



……………


「俺がモデル…?へー…」


かいつまんで、急に予定していたモデルがいなくなったことを話した。


「もしかして、経験ない?大学の頃とか、あと!スカウトされたこととか!」


「あるよ。中学の時から何回か」



そんな子供の頃からだとはさすがに意外…!


「…じっ実際の…ご経験は?」


「大学の時、頼まれて何回か」


だとしたら、モデルウォークとか…基本的なことは出来るのかも。


これはぜひ!お願いしたい!


「ヘアショーは来週で、予定空けてもらえる人も限られてて…あの、その、嶽丸…私のモデルを頼めないかな?」


「美亜のモデル?」


仕事…忙しいかな…

土曜日だから休みかもしれないけど、嶽丸の仕事は24時間365日って言ってたしなぁ…


下から見上げるように、手を合わせて返事を待つ…



「…やってあげてもいいよ」


「ホントにっ!?…助かる!」



嶽丸の手をバシっと掴み、喜びのまま振り回すと、嶽丸はちょっと不安になる笑顔を向けた。



「ただし…条件がある」


「条件…」


この際、どんな条件でも呑もう。

なにしろヘアショーは来週だ。

イメージとコンセプトを決めて、練習して…ギリギリだ…!



「ヘアショーが終わったら、休暇取って。一緒に旅行行こう」


「…え?」



意外すぎる条件にしばし固まる。

でも休暇は…さすがに難しい。



「ごめん…休暇はちょっと…取りにくい。それ以外なら、なんでも…」


「ダメ。少しは休暇を取れよ。だいたい美亜は働きすぎ。…自分で言いにくいなら、俺がオーナーに言うから」



決まりだな…っと言われ、私もついうなずいてしまった。


確かに…私の有休はたまりまくっているはず。いろいろあったし、ヘアショーが終わったら少し休みたいのが本音。


和臣がいなくなってから、通常の仕事に加え、ヘアショーの準備も私を中心に進められるようになり、私は毎日多忙を極めていたから。



……………


「そうと決まったら、今日もマッサージしてやるから、風呂入って寝るぞ」


嶽丸は後片付け、私は準備の整ったお風呂に先に入らせてもらう。



「なんか最近…照明にも凝りだしたなぁ…」


いつの間にか、バスルームの照明が備え付けのものから取り替えて、オレンジ色の間接照明になっていた。


それに合わせるみたいに、洗面室から続く香りは柑橘系で、思わず深呼吸してしまう…


「…目に優しいんだよね」


直接光が当たらないからなのか、酷使する目に優しい間接照明。


美容師はカラーの色味を見たり、カットの微妙な連なりを見たり、意外と目を酷使する。


そんな話を嶽丸にしたことがあったけど…早速変えてくれるなんて…ホント優しい奴…




「…手のひらからいくぞ」


嶽丸の部屋のベッド。

横向きに寝た私の後ろから、包み込むように両腕を伸ばして、私の手のひらを親指でマッサージしてくれる。


「気持ちいい…手って凝るんだね」


「美容師限定だろうけどな」


手のひらが終わると、指の一本一本を、つまむようにマッサージ。

そして手首、腕と続けてくれる。


私は嶽丸の胸板を背中に感じて…ドキドキしてる…しゃべる時は耳元に近いから、そのたびにビクっとしそうになるんだけど…


嶽丸はあの日以来、マッサージ以上のことはしてこない。


ただひたすら、甘やかして癒してくれるだけ。


本当は…嶽丸の熱い芯を感じて、私も少し疼きを感じるんだけど…


セフレ…なんて言っておいて、お互い前より慎重に触れあうようになった気がして、嶽丸なのに意外。






…そんな嶽丸が何の連絡もなく家を留守にして、珍しく酔って帰ってきたのは、その翌日のことだった。


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