「本当に、申し訳ありません!」
電話は、ヘアショーに出場予定のスタイリスト、谷村康介。
「手違い…ですか」
「霧島さんのお客さまだとは知らなくて…すいません…」
1週間後に迫ったヘアショーのため、初めての全体リハーサルが行われることになった。
そこで、出場者全員のモデルを確認してみたら、私と谷村康介のモデルの名前が被っていることに気づいたのだ。
「…わかりました。私の方で、モデルは新たに探します」
「本当ですか?すいません…!お客さまも俺のモデルになりたいって言ってたから…助かります!」
…何もそこまで言わなくてもいいのに。
ちょっとムッとしながら電話を切る。
私がモデルをお願いしていたのは、銀座店に来てくれていた顧客。
でも突然仕事を辞めて引っ越したって…確かに言っていた。
だから引き続きモデルをお願いして大丈夫なのか、心配はしていたけれど。
「練習のためにここまで来てもらうのも大変だし、仕方ない」
それに話しぶりでは、お客さまも谷村のことを気に入ったようだ。
引っ越したあと、系列店だと知って、谷村のいる店舗に行ったのだろう。
そちらの方が通いやすいだろうから、今後のためにも、お客さまは谷村に譲った方がいい。
そう結論づけたものの…
私のモデルがいなくなってしまった…
すでに考えてあった服やヘアスタイルも、イメージもコンセプトも変えなければならない。
…あと1週間。
どうしよう…!
…………
「美亜…?俺の特製和風パスタ、もっと味わって食べてくんない?!」
「あ…ゴメン」
家に帰って、いつもながら美味しい嶽丸のご飯をいただく。
ヘアショーのモデルのことで頭がいっぱいで、ぼんやりしてしまったかも…
「またなんか…トラブルがありましたって顔してんな。…美亜の職場いろいろありすぎだろ?」
器用にパスタを巻きつけて口に運ぶ嶽丸。食べながらニヤニヤ笑われて、思わずその顔をじっと見てしまった。
「…なに?自分のセフレのあまりの美しさに息を呑んでんの?」
冗談で言ったのはわかる。
でも…そうだ。
こんなに身近に、いるじゃないの!
「見つけた…代わりのモデル」
……………
「俺がモデル…?へー…」
かいつまんで、急に予定していたモデルがいなくなったことを話した。
「もしかして、経験ない?大学の頃とか、あと!スカウトされたこととか!」
「あるよ。中学の時から何回か」
そんな子供の頃からだとはさすがに意外…!
「…じっ実際の…ご経験は?」
「大学の時、頼まれて何回か」
だとしたら、モデルウォークとか…基本的なことは出来るのかも。
これはぜひ!お願いしたい!
「ヘアショーは来週で、予定空けてもらえる人も限られてて…あの、その、嶽丸…私のモデルを頼めないかな?」
「美亜のモデル?」
仕事…忙しいかな…
土曜日だから休みかもしれないけど、嶽丸の仕事は24時間365日って言ってたしなぁ…
下から見上げるように、手を合わせて返事を待つ…
「…やってあげてもいいよ」
「ホントにっ!?…助かる!」
嶽丸の手をバシっと掴み、喜びのまま振り回すと、嶽丸はちょっと不安になる笑顔を向けた。
「ただし…条件がある」
「条件…」
この際、どんな条件でも呑もう。
なにしろヘアショーは来週だ。
イメージとコンセプトを決めて、練習して…ギリギリだ…!
「ヘアショーが終わったら、休暇取って。一緒に旅行行こう」
「…え?」
意外すぎる条件にしばし固まる。
でも休暇は…さすがに難しい。
「ごめん…休暇はちょっと…取りにくい。それ以外なら、なんでも…」
「ダメ。少しは休暇を取れよ。だいたい美亜は働きすぎ。…自分で言いにくいなら、俺がオーナーに言うから」
決まりだな…っと言われ、私もついうなずいてしまった。
確かに…私の有休はたまりまくっているはず。いろいろあったし、ヘアショーが終わったら少し休みたいのが本音。
和臣がいなくなってから、通常の仕事に加え、ヘアショーの準備も私を中心に進められるようになり、私は毎日多忙を極めていたから。
……………
「そうと決まったら、今日もマッサージしてやるから、風呂入って寝るぞ」
嶽丸は後片付け、私は準備の整ったお風呂に先に入らせてもらう。
「なんか最近…照明にも凝りだしたなぁ…」
いつの間にか、バスルームの照明が備え付けのものから取り替えて、オレンジ色の間接照明になっていた。
それに合わせるみたいに、洗面室から続く香りは柑橘系で、思わず深呼吸してしまう…
「…目に優しいんだよね」
直接光が当たらないからなのか、酷使する目に優しい間接照明。
美容師はカラーの色味を見たり、カットの微妙な連なりを見たり、意外と目を酷使する。
そんな話を嶽丸にしたことがあったけど…早速変えてくれるなんて…ホント優しい奴…
「…手のひらからいくぞ」
嶽丸の部屋のベッド。
横向きに寝た私の後ろから、包み込むように両腕を伸ばして、私の手のひらを親指でマッサージしてくれる。
「気持ちいい…手って凝るんだね」
「美容師限定だろうけどな」
手のひらが終わると、指の一本一本を、つまむようにマッサージ。
そして手首、腕と続けてくれる。
私は嶽丸の胸板を背中に感じて…ドキドキしてる…しゃべる時は耳元に近いから、そのたびにビクっとしそうになるんだけど…
嶽丸はあの日以来、マッサージ以上のことはしてこない。
ただひたすら、甘やかして癒してくれるだけ。
本当は…嶽丸の熱い芯を感じて、私も少し疼きを感じるんだけど…
セフレ…なんて言っておいて、お互い前より慎重に触れあうようになった気がして、嶽丸なのに意外。
…そんな嶽丸が何の連絡もなく家を留守にして、珍しく酔って帰ってきたのは、その翌日のことだった。