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第10話

『お疲れ様です。銀座本店の霧島です』


営業時間が終わり、アシスタントの練習を見ながら、私はヘアショーついての確認を各店の出場者に電話して聞いていた。


『わぁ…!霧島さんから電話もらえるなんて夢みたいですよぉ』


まず連絡したのは、都内の会場から一番遠い店舗に勤務する谷村康介。


『…なに言ってるんですか…。それより、ヘアショーの準備は進んでます?モデルさんのスケジュールも大丈夫ですよね?』


…和臣に指摘された、モデルを自分で調達するのは大変だと言われた件は、意外と心配ないということがわかった。


皆、出場を決めた時点で、誰をモデルにするかだいたい決めていたという。


ホッと胸をなで下ろし、和臣に心配ないこと伝えると、なぜか逆にへそを曲げられてしまったのだ。


ヘアショーの進捗かどうなっているのかも教えてくれないし…本当なら出場者の状況については、各店を回るマネージャーの和臣の仕事だ。


それなのに、情報を共有してくれない。


…どうしてこんな風になってしまったのか、私にも至らない点は多かったと反省はするけど、ヘアショーという大きなイベント絡みでイラ立ちをぶつけるのはいい加減やめてもらいたい。


『もしもし?霧島さん?』


『あ…ごめんなさい。いろいろ問題なければいいんです』


『俺なら大丈夫ですよ!モデルも体調も準備も、バッチリです!」


それならよかった…と、短く挨拶して電話を切った。


他の3人にも連絡を取り、準備は順調に進んでいると聞いて安心したところで…



「和臣…」


ケンゾーと一緒に和臣が店に姿を見せた。


「和臣、ヘアショーの会場のことなんだけど…」


「会場…?」


声をかけられて振り向いた和臣が、一瞬ケンゾーを見てから向き直った。


「それはお前に任せたって、言ったよな?」



「…え?」



嘘だ…そんなこと聞いてない。



「今、会場はどうなってるのか、聞こうとしたんだけど…」


「知らねぇよ。俺は協賛してくれた会社への対応が忙しいからって言っただろ?」


「そ、それは…確かに聞いたけど、でも会場を私に一任されてるなんて、思わなかった」



やり取りに、ケンゾーの表情も曇った。



「おい大丈夫なのか?ショーまで日にちはないぞ?」



すぐにタブレットを出して調べ始める和臣。


「…はい。すぐに探します。…美亜、手伝え!」


「…はい」





会議室で和臣と2人、良さそうな会場を見つけて連絡をしてみる…を、何回続けただろう。




「…今日はもう無理だな。時間も遅いし、どこも電話に出ない」



和臣が眉間を押さえるので、私は申し訳なく思いながら、椅子から立ち上がった。



「…じゃ、今日ピックアップした会場の候補は、私が明日朝イチで連絡取ってみるから…」



そう言いながら…どう思い返しても、会場について任された覚えはない…と思っていた。


でも、和臣とコミュニケーションが難しくなっていると感じてた私が、もっと突っ込んで確認すべきだったのかもしれない。


そういった意味で、責任を感じていた。



「それじゃ、私はこれで」



「待てよ…」


「…っ?!」



ふいに手首を掴まれて、焦って和臣を見ると、妙に妖艶な視線とぶつかる。



「ごめんなさい…は?」


「…え」


「助けて…って、すがりつけよ。俺には敵わないって認めて、抱きついてくれば許してやるのに」


和臣も立ち上がって、ジリジリと追ってくる。


「な…なに言ってるの?和臣に敵わないとか抱きつくとか…考えたことないんだけど」


仕事を途中で放棄して逃げ出すようなこと、考えたことない。

…今回のことは納得いかないけど、自分の至らないところを認めて、ショーのために奔走する気でいただけだ。


「女がイキってんなよ…」


荒い息遣いと共に、大きな体が近づいてきて恐怖を感じた。

掴まれた手首を必死に振りほどこうとする。



「…いやだっ!」



瞬間、覆い被さってきた和臣。

激しい悪寒と恐怖が襲ってきて、その胸を思い切り押して、よろけた隙に逃げた。



ケンゾーは?…練習してたアシスタントは…?



会議室の外…お願い誰かいて…

震える手でドアを回す。



「…お前、彼氏いないんだろ?その年で1人とか…ヤバない?」



いつの間にか鍵がかけられてる…

ひねれば簡単に開くのに、和臣の豹変が怖すぎて、指が滑る…



「お前可愛いのに生意気なんだもん。ちょっと意地悪してたら、ホントにムカついてきてさー…」


「こ、来ないで…」


「なんでそんなに逃げるんだよ…」


やっと鍵が開いて、勢いよく出た先にケンゾーがいて…反動で抱きしめられるような格好になった




「なにしてんの…和臣」




…私の声は、事務所にいたケンゾーに聞こえたらしく、様子を見に来たところだという。



「鍵を閉めたのは和臣か?…いったいどういうつもりだ?」



「いえ…その、習慣でつい閉めてしまっただけで…」




ケンゾーは私にタクシー代を握らせ、先に帰るよう言った。


私はまだ震える体を両腕で支えながら、言われた通りタクシーに乗る。


和臣…私はあなたをイライラさせてたんじゃないの?嫌われて、呆れられて、迷惑だと思われてたんじゃないの?


…なのに、なんであんなふうに近づいてきたの?突然豹変するなんて…

もう、全然理解できない。



…家に帰り着くと、玄関先でそのまま、倒れるように座り込んでしまった。



「ん?どした…美亜」


「嶽丸……」



部屋から出てきた嶽丸が、座り込む私の傍らにしゃがんで、うつむく顔を覗き込む。


「なぁに…泣いてんのか?」


安心したら涙が出てきただけ…ピン…っと張っていた糸が、プチっと切れただけ。


「…ほら、ここにおいで」


座り込む私を、自分の胸に導いてくれる嶽丸。


ホワイトムスクがほんのり香る…


どうしよう…さっきの和臣の胸とも、ケンゾーの胸とも全然違うってわかってしまった。



「ちょっとだけ…このまま」


「いいよ。ずっとこのままでも」



私が安心して癒されるのは…嶽丸の胸、嶽丸の体だけなんだ…。


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