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第8話

「…聞いてるか?…美亜?」


ケンゾーの声でハッとした。

出かけに、嶽丸に変なこと言われたからぼんやりしてしまう…


「…はいっ!失礼しました」


チラッと見ると、和臣が険しい顔でタブレットを覗き込んでる。


和臣と共にケンゾーに呼び出され、会議室でランチを取りながら、ヘアショーの打ち合わせをしていた。


今回出場するのは、和臣と私を含めて6人。系列店舗を代表しての参加となる。


「モデルはそれぞれで見つけますか?…それともモデル事務所当たります?」


タブレットを操りながらケンゾーに聞く和臣。その指先は、イエスでもノーでも、すぐに提案できる情報を探しているとわかる。


本当に、デキる男になったよね…。

それに比べて私なんて…


「美亜、お前はどう思う?」


「え?…」


急に話を振られて驚いて、思わず視線を泳がせてしまう。

でも、考える暇がなくて…思わず本音が出た。


「私…は、モデルはそれぞれで探すのがいいと思います」


「あ…それじゃ、ステージの見栄えが良くないんだよね。今回は動画配信もするから…」


和臣はそう言って、ちゃんとバランスの取れた美しいモデルを使うほうが動画として残した時に価値が出る、と言った。



「でも…もともと綺麗なモデルさんを使うより、普段のお客さまに近い方をモデルにしたほうが、どれほどヘアメイクによって変化したかわかるんじゃないかな」


「それは…まぁ」


「動画配信した時の見栄えとか価値も大切かもしれないけど、私たちの仕事は基本的に、一般のお客さまを美しくすることだから」


…何も考えずにペラペラしゃべってしまった…と、少し後悔したのは、ケンゾーがこう締めくくった後。


「よし。じゃあ今回モデルはそれぞれ見つけることにしよう」


「…はい」


返事をしながら、和臣は音がするほど強く、ギロリと私を睨んだ。





「お前さ、モデルのあて、あるのかよ?」


会議室を出たところで、和臣に呼び止められた。


「…別に、ないけど」


「…だったらなんで余計なこと言うんだよ?」


「余計なこと?」


和臣によると、忙しいスタッフが自分でモデルを探すのは至難の業だという。


「そんなこともわかんねぇの?…皆普段の仕事が忙しくて、モデルを探してる余裕はないって言ってんの!」


そう言われて、胸のあたりがヒヤリとした。

確かにそうだ…私だって今、いっぱいいっぱいだもん。


「そっか…それなら私も、モデル探し手伝うって、皆に言っとく」


「アホか?ケンゾーにモデル事務所を契約させれば一番楽だったんだよ…!」


厳しい目つきだけ残して、和臣はその場を立ち去り、私はその背中を見送るしかできなかった。



…………………


「申し訳ありません、店長」


「うん。仕方ないよ。…私もヘアショーのことで、どっちしてもゆっくり休めないし」


店舗に戻ると、小さい子供のいるママスタイリストが、明日の欠勤を伝えてきた。


本当だったら、10日ぶりに休めるはずだった。…でもスタッフが1人欠勤するとなると、私が休むわけにはいかない。


それに…モデル探しの件、他店舗の出場者に本当に難しいのか聞いてみないと…。



少し重苦しい気持ちを抱え、家に帰った。


エントランスに着いて、今朝ここで嶽丸に本命宣言されて、妙に気持ちが浮ついたことを思い出す。



「ただいま…」


「あぁ…っ!美亜、大変だぞ?」


上半身裸で、下はハーフパンツという軽装中の軽装で、嶽丸が部屋から飛び出してきた。


「…ちょ…裸ってなに?ちゃんと何か着てよ!…ってか、暑…」


何だか部屋の中がモワッとする。


「暑かったら、エアコンかければいいじゃん」


リモコンを操作しようと手に取ったけど、嶽丸にすぐに奪われた。


「エアコン、壊れたっぽい。食事の支度をしようとして、暑いからかけたら、ポスポス変な音がして止まった。…それからまったく動かない」


「え?修理は?呼んだ?」


「もちろん。でも、今日来てくれるところは一軒もない」


6月になって、急に蒸し暑くなってきた今日この頃。エアコンを使い始めて異変に気づく人が続出したんだろう…


窓を開けてみるも、外の空気のほうがずっと暑い。


「ヤバいじゃん、他の部屋は?」


慌てて自分の部屋のエアコンを確かめると…ポスポスポス…っと音がして、動作しなくなった。


振り返ると、嶽丸は妙に余裕の表情。


「もしかして、嶽丸の部屋だけ…無事?」


そういえば…この部屋のエアコンだけ新しかったのを思い出した。


「まぁな。…一緒に寝ようぜ」


………



嶽丸のご飯を美味しくいただいたあと、お風呂に入りながら考えていた。


不可抗力で、嶽丸の部屋で寝るわけだけど…また、あんなふうにくっついて寝るのかな。


実は私、気づいてしまった。

男の体って、女にとって癒しになるってこと。


それはもちろん、それぞれ人を選ぶのだろうけど、少なくとも私は…嶽丸の体に触れて癒されてる。


あの厚い胸に抱かれて眠りたい…

そしたら今日の和臣とのやり取りも、10日ぶりの休みが返上になったことも忘れて、よく眠れるのかな。


……………


髪を乾かしてリビングに行くと、もう電気が消されてて、嶽丸の部屋から灯りが漏れていた。


「出たか?じゃあ俺も入ってくるわ」


先にベッドに横になってな…と、何でもないように言う嶽丸。

…さすが!女と眠るなんて、嶽丸にとっては朝飯前の昼飯前なんだろう。


「はぁ…疲れた」


いくら20代とはいえ、10連勤は疲れる…しかもこっちはギリ20代。

遠慮なく、ゴロン…と、ベッドに横になった。


そういえば…このベッドの上に私の下着が置いてあったこと、まだ真相聞いてない。


…ティッシュはさすがに片付けたみたいだけど…


それから、今朝のあの宣言はなに?

ヘアショーのことと休日返上のこと、それからエアコン故障のトラブル続出で…何も…聞いてな…い…




しばらくして…仰向けに寝た私の上に、何か覆いかぶさってきたのを感じた。


目が開かない…疲れすぎて、もう動けない…


覆いかぶさった影は、背中とベッドの間に手を滑り込ませて、ふんわり私を抱きしめてきた。


そしてそのまま横向きに倒れるから、私も必然的に横向きにさせられる。


足の間に、この前と同じように足が絡んできた。

私より少しだけ荒い質感の肌。

背中に回された腕に力がこもる。


ほんのり…ホワイトムスクが香って、あぁ…嶽丸が抱きしめてくれてるんだとわかった。


でも嫌じゃない。むしろホッとして、しっかりした体が心地いい。


「…たけ、まる」


寝ぼけて…名前を呼んだかもしれない。同時に首に腕を回して、しがみついたのは無意識。


唇に、柔らかい何かが当たった。

2度、3度と…ついばむように…


「…美亜」


耳元で、低い声で呼ばれた気がするけど…ごめん…たまらなく眠たい…


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