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第7話

久しぶりにデパ地下に寄ってみた。


そんなに食欲はないけど早く帰れたし、ちょっといいワインと、それに合いそうなおつまみを少し…



『今日は久々に…夜は外出します!』


昼間のうちに嶽丸からメッセージがあった。


続けて『なんか作っておこうか?』って来たから、慌てて大丈夫だと返信した。


ワインの売り場に移動しながら、今朝…嶽丸の腕の中で目覚めたことを思い出す。


胸も腕も、意外なほどがっちりしてて、私ってばちゃんと背中に手を回してたってなにそれ…。

しかも足まで絡まって密着して…どういう状況…?


腕も足も、自分より少しだけ荒い肌触りだったなんて感想…間違いなく嶽丸は男なんだと認識させられる。



さっきから何本も、良さそうなワインを持ち上げては、産地やアルコール度数を確かめてるけど、何だか全然情報が入ってこない。


何を見ても、聞いても…今朝密着していた嶽丸に繋がってしまって、ホント私ってば…もぅ。


「あぁ…わかんないから、これでいいや」


選んだのは、見たことも聞いたこともないイタリアワイン。


それに合わせてチーズ系のお惣菜とローストビーフ、そして15品目のサラダを買う。




今朝はまだ寝ぼけてて、自然に接することができたんだけどなぁ…


今顔を合わせたら、ちょっと普通にできなくなりそうで、ホント今日は出かけてくれて良かったかも。





「わぁ…ちゃんとキレイになってる…」


帰宅して驚いた。

チリひとつないリビング。気づけば窓もピカピカだ!


見渡してみれば、キッチンの洗いかごにお皿はないし、バスルームもお掃除済み。


私だったら支度に手間取って、下手すれば洗濯物も取り込まないで出かけちゃう可能性が高いのに、ソファには私の洗濯物がキレイにたたんで置いてある。


それは、今朝シャワーを浴びた時に脱いだ白Tシャツとボーダーの半パン。


嶽丸愛用のホワイトムスクが、ほんのりTシャツに移ってたことを思い出した。


柔らかい風合いに洗い上げてくれたTシャツは、そんな嶽丸の香りを残していなくて、良かったような残念なような気持ちになる。


洗濯物を持って自分の部屋に向かい、ガチャッとドアを開けてみれば…


「うわぁ…ここは自分で片付けなきゃね…」



昨日起きたままの乱れたベッドの奥に、洗濯物を干す小さなピンチハンガーがある。


…1度うっかり下着を洗濯カゴに入れて嶽丸に洗われてしまうというという失態を犯し、2度とないように買ったものだ。


そこには毎日お風呂で洗う下着が干されている…はず。


…今日はない。


あれ?どうしたんだろうと思いながらあちこち探すも…ない。


そこで思い出した…!

今朝シャワーを浴びる時、下着をまた洗濯カゴに突っ込んでしまったことを…!


でもさっきソファに置いてあった洗濯物の中に下着はなかった…

あれ?どこにいったの?


変なところから出てきたら恥ずかしすぎる!


もうデパ地下のお惣菜もワインも忘れて、下着を捜索することにした。


もう一度ソファを見て…やっぱりない。

洗濯機に残ってるかも…いや、ない。


乾燥機…にかけるはずないし、もしかしたらベランダ?いやいや…考え事でもしてて、冷蔵庫にでもしまっちゃったんじゃないかとバタバタ見て回って、どこにもない事がわかった。


「…もしかしたら」


嶽丸の部屋…?


「自分の洗濯物に紛れて、持って行っちゃったのかもしれない」


…いくら貸しているとはいえ、ここは嶽丸のプライベート空間。

今まで勝手に入ったことはなかった。


気づけば、玄関から入ってすぐの部屋はドアが開けっ放しになっていて、ホワイトムスクが少しだけ香っていたっけ。


「失礼…します」


声をかけて、壁のスイッチをパチンと入れてみれば。



「わ…なにこれ…すご」



大きなL字型のデスクの前に、ゲーミングチェアみたいな赤い大きな椅子がある。デスクの上にはパソコンのモニターが3つ。キーボードは2つ。


社用なのか、タブレットとスマホも置いてあった。


デスクの反対側には、紺色のカバーがかかった、嶽丸が寝るにしては少し窮屈そうなローベッド。


嶽丸らしくなく、寝たあとがシワになってる。


そして…



「え…なんでここに、あるの?」



黒のブラとショーツ…

探していた私の下着が、嶽丸のベッドの上に無造作に置いてあった。


すぐそばに、丸まった何枚ものテイッシュ…


なにこれ…意味深すぎじゃない?



「も、もぅっ!帰ってきたら、問い詰めてやるんだから!」





…でもその日、嶽丸は帰ってこなかった。





翌朝、開けっぱなしだった嶽丸の部屋のドアを閉めながら…

嶽丸が帰ってこなかった意味を思って、ほんの少し重苦しい気持ちになる。



…モテ男で遊び人で女好き。

それが外泊したということは、きっとどっかの女の子と一緒だってことだと理解した。


正直、昨日服越しに触れたあの体に、今日は別の女の子が触れてると思うと、複雑な気持ち。


でもそれは、本当に本当に複雑な気持ちで、恋するそれとは…違う。





…今日は朝ごはん抜き。

白いブラウスに黒の膝丈スカートという、ちょっとガーリーな服を着て、仕事に行くため玄関を出た。





「…あ」




エントランスを出ようとしたところで、赤い車から降りる嶽丸を見つけてしまった。

運転席にはやっぱり…若い女の子。

しかもかなり可愛い。


素っ気なくエントランスに入ろうとする嶽丸に、女の子は追いすがるようにキスをした。


嶽丸はされるがまま。

そしてふと…目線が動いて、前方にいる私に気づいたようだ。


瞬間ハッとしたように、女の子の両腕をつかんで唇を離す。



「どしたの…?」


困惑した様子の女の子が、こっちを見る嶽丸に習って私を見た。


…2人の視線が痛い。


「お、はよう…ございます」



キスシーンを邪魔してはいけないと、動けなかっただけ。

見られても困るよ…と、2人の脇をすり抜けようとした。


携帯を取り出したのは「連れ込み禁止」と、通り過ぎたあと嶽丸にクギを刺すメッセージをするためで、深い意味はなかったのだけど…



「この人だよね。嶽丸の待ち受けの女の人」


携帯を取り出す私を見て、何かを思い出したように彼女が言った。


「お前には無関係。…美亜」


すり抜けた瞬間名前を呼ばれて、とっさに振り向くと…パッと大きな手が肩にまわった。


そして可愛い女の子に向け、大胆なことを言う。


「この子、俺の本命」



「…は?」


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