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第6話 .Side嶽丸

なんか変だと思ったから、話を聞こうとしただけだ。


なのに、そんなに簡単に俺の胸におさまってくるなんて意外すぎる。

もっとこう、大人のバリキャリってイメージだったんだけど。


本当は…か弱いのか?



…そして寝るってなんだ…?!男の胸におさまって、そのまま眠ってなんかされたことないのか?


まさか…経験不足?


いやいやいや。

待て待て待て。


心臓がうるさい。いわゆるドキドキするというやつだ。

このドキドキは、女の子を抱くときのムラムラとはちょっと違う。


もっとこう…手足の自由が効かなくなるような、全身が硬直するような…そんな感じ。


そっと…両腕を美亜の背中にまわしてみる。


…ずいぶん余白がある。

ということは、美亜はだいぶ細い。見た目でわかってたけど、こうして実際に抱きしめてみると、その細さを実感する。


ヘアショーの運営を任された…とか言ってたな。通常の仕事に加えて、ってことだろ?

…この細さで大丈夫なのか?



「…嶽丸」



目を覚ますか…と思ったら、なんとより強く抱きついてきて、俺を押し倒してきた美亜。


そっちがそうくるなら…


確かこのソファ、ベッドになるやつだ。

俺は手を伸ばして背もたれがひっくり返るレバーを引く。


そっと美亜を倒れた背もたれ側に寝かせ…

俺もぴったり寄り添って横になる。

もちろん、腕枕。遠慮せず腰のあたりを抱き寄せた。


照明はもともと薄暗い。


このまま抱き合って眠って、翌朝目が覚めたら、美亜がどれほど驚くかと思うと…



いや、その前に俺が眠れないかも。


美亜が足を絡めてきた。

暑くなってきて、俺もハーフパンツだ。

お互いの生足が絡まれば、その柔らかさに途端に落ち着きがなくなる。


そういえば最近遊んでない。

美亜の部屋に転がり込んで、うっかり家政夫なんてものをやってたら、遊ぶのを忘れていた。


メッセージもやたら来ていたっけ。

ろくに見ないで捨てていた。


あぁ…こんなことになるなら、せめてスッキリした体でいるべきだった。…俺としたことが…!



ふと眠る美亜を見下ろした。


俺の荒れ狂う煩悩なんて知らずに、安心して眠っている。


まつげ長いな…


薄暗くてもよくわかる。


規則的な寝息、俺の腰のあたりに巻き付いた細い腕…ちょっとポッテリした唇…



…もしかして、仕掛けてもいい場面じゃないのか?


何を迷ってるんだ?俺は。


俺が手を出して怒った女の子は過去にいない。

というか、出してほしくて仕掛けられていたほうだ。


なのに美亜は本気でガン寝してる。

狸寝入りならすぐわかる。


でも美亜には…そう簡単に手は出せない。

俺が遊んでる女の子とは、わけが違う。


健の従姉妹だから?

いや…


手を出して怒られて追い出されると困るから?

…違うような気もするけど…もうそういうことにしておく。


なんとなく美亜には簡単に触れちゃいけないような気がするんだ。それを怖じ気づいてると言うなら言え。


ただ…疲れている美亜を、しっかり眠らせてあげたい、とは…ものすごく思う。


抱きしめる腕に自然と力が入って、より強く抱き寄せたら、腰にまわった美亜の手が、探すように俺の背中のシャツを握った。



ただ…キュン、とした。






翌朝、ブラインドの隙間から朝の光が差し込んできて、柔らかく室内を照らす時間。


美亜の長いまつ毛が動いた。



「嶽丸…?」


「うん。嶽丸です」



「ごめん、ここで寝ちゃったんだ…」


案の定、美亜は密着していたのが俺だとわかって、オタオタと離れて身なりを整える。


「美亜が離れてくれねーから。ここで寝かしつけてやった」


「嶽丸、目が真っ赤」

「…気のせいだ」



起きたついでに朝食を用意してやると、恩着せがましく言ってみた。


「わーい!今日もお粥にして。それから半熟のベーコンエッグと、ブルーベリーソースをかけたヨーグルトも!」


「は?メニュー指定すんのか?」


「うん。あと、生オレンジジュース!」


冷蔵庫にあるオレンジを俺の力で絞れと?…


今まで、朝食は用意してもらう方で、作ってやる方じゃなかった。


熱い夜を過ごした翌朝、女の方が早く起きて、かいがいしく俺に慣れない料理を振る舞うのが普通だ。


それなのに、今の俺はなんだ?

まぁ、熱い夜は過ごしていないが、眠れない夜は過ごしたんだぞ…?




「…顔洗うついでにシャワーしちゃった」


濡れ髪をクリップで止めてキッチンに現れた美亜。


ほのかな石鹸の匂いがして…  

俺の匂いを消してしまったのか、と思う。


俺の方は、一晩中抱きしめた美亜の匂いが立ちのぼって、わけのわからない気持ちになっているというのに。


美亜は俺に用意させた朝ごはんをキレイにたいらげ、渾身の力で振り絞ったオレンジジュースを飲む。


「皮まで絞った?ちょっと苦い!」


「…あ?寝起きで最弱の俺に馬鹿力出させておいて…」


ちょっとムッとして言ってやれば、パッと両手で口元をふさぎ、目を見開く。


「…ごめん!そういう意味じゃなくて…失言、許して!」


大げさに手を合わせるから、思わず笑ってしまう。


俺に文句言う女なんて、ホント美亜が初めてだわ



「お詫びに皿洗いは私が…」


「いいよ!滑って転んでケガするぞ?」


「…どんな皿洗いよ?!」



昨日と同じように、30分くらいで身支度をして、美亜は慌ただしく玄関に向かった。



「嶽丸…?」


急ぐなら玄関の鍵を閉めてやろうと、後ろからついて行った俺に、靴を履いた美亜が振り返る。



「あの…昨日ありがとね。久しぶりに男の人と一緒に寝て、何だかいろいろチャージできた気がする。

…癒された。すごく…」



…なんでそんなに頬を染めて言うんだよ。

わけのわからない焦りを感じて、とっさに何も言えない…


なんか昨日からずっと、謎の「わけのわからない」に困ってる気がする…


「じゃ、行ってくるね!」


「…美亜」



何か言おうとしたわけじゃないけど、何でか名前を呼んでいた。



「一緒に寝て元気になるなら…いつでも俺を使えよ」


「うん…ありがと!」



パタン…っと、ドアが閉まってもその場に突っ立っているのは、意外なほど笑顔が可愛かったから。



…ちょっと待てよ。




「あいつ、今日で何連勤してんだ?」


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