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第5話

「…え?ヘアショー?」


「違う!正しくは、『ファッションとヘアメイクの自由な融合』企業さんとの初コラボのヘアショーだ」


「要するに、ヘアショーで間違いないじゃないですか…」


思わず言い返す私に、オーナーのケンゾーがギロリと睨む。


銀座本店の奥にある会議室で、各店の責任者とマネージャーの和臣、そしてオーナーのケンゾーと、定例会という名の毎月の会議が行われていた。


そこで話に出たのが『ヘアショー』について。


「今回は『ファッションとメイク』ってタイトル通り、その関係の企業さんとのコラボってことですか?」


和臣がまとめて言えば、ケンゾーが大きくうなずいて私を見る。


「このショーの責任者は、美亜と和臣。ヘアメイクアーティストとしても出場しながら、運営もしてもらいたい」


「え?私も…ですか?」


「そうだ。裏方は和臣のほうがしっかりできるだろうが、彼もアーティストとして出場したいそうだから、運営はお前も手伝え」



そっか…和臣ってこういうのにあまり出たことないかも。


同期なのにそういうことに気づいてやれなかったことを少しだけ悔やむ。


「わかりました。運営は和臣をサポートしながら、学ばせていただきます。よろしくお願いします」


「よし。本番まで日にちがないから、急げよ?」



会議は別の議題に移り、やがて解散。

ケンゾーになんだかんだといじられながら、私もフロアへ戻ろうとした時、後ろから声をかけられた。



「美亜、早速なんだけどさ」



振り返ると、タブレットを持った和臣が近づいてくる。



「この企業に、協賛をお願いできないか、当たっておいてくれないか?」



表示したタブレットの画面に出てきた企業の数…ちょっと数えきれない。



「…これ、全部に当たるの?」


「そう。まだまだ資金が足りない。出来ればこの2~3日で頼むよ」


「あ…うん、わかった」




和臣はタブレットを私に預け、「よろしく」と言って出て行ってしまう。


企業へ協賛をお願いするって…どうやってやるのが正解なんだろう…?


美容師しか経験のない私にはわからなかったけど、2~3日で、と言った和臣の言葉がやたら頭に残った。



…………


「…なにやってるんだよ?!協賛をお願いするなら、まずは提案書を作らなくてどうする?」


閉店後、ケンゾーに呼び出されて叱られてしまった。


2~3日で全部の企業に当たれ、と言われたので、慌てて片っ端から電話して協賛をお願いしてしまったのだ。


電話したのが、たまたまケンゾーと交流のある企業だったことで、私がいきなり電話をして協賛を持ちかけたことはすぐにバレた。



「申し訳ありません。…でも、取りあえず1社、協賛をいただくことになりました」


後日、提案書を作成して訪問する、と伝えると、ケンゾーがなにやら微妙な表情になった。


「今回はショーまで日にちがなくて、悪いな」


「…え?」


「でも、このイベントが成功したら、お前にはそれなりにいいことがあるはずだから」


「いいこと…ですか?」


ケンゾーが微妙な表情のまま、意味深な視線を向ける。私はなんとなく嫌な予感がして、慌てて目をそらした。


「お前、この後…」


「それでは、失礼します」


聞こえないふりをして頭を下げ、私は事務所を出た。


するとそこに、ファイルとタブレットを持って、忙しそうに歩いてきた人と目が合う。



「…あ、和臣」



私を認識したらしい和臣。

いつもとは明らかに違う笑顔は、なんとなくやさぐれて見えた。



「ざまあねぇな」


「…え?」


「企業への協賛のお願い。聞いたぞ?電話して頼んだんだって?」


いつもの和臣と違って、ちょっとイラついた雰囲気。…どうしたんだろう。


「うん…ちゃんと調べてからやればよかったのに、やっちゃった…!」


美亜のアホ…って、いつもみたいに笑い飛ばしてくれると思っていた。

それなのに、この時の和臣は違ったんだ。



「ふん。女はいいよな、そうやって笑ってりゃいいんだから」


「和臣…」


「わざと教えなかったんだよ。提案書を書くってこと。それなのに、1社協賛もらったとか…ホント女は得だよな」



それだけ言うと、ケンゾーがいる事務所にノックして入ってしまった。




なんだろ、今の…。

明らかな敵意を感じて身震いしてしまう。

和臣って、あんな言い方するんだ。



思えば…同期は皆、結婚して退職したり、開業して店を辞めていた。


残る同期は和臣だけで、いつの間にか2人ともそれなりの役職と責任を負うようになったけど、てっきり絆があるものだと思っていた。


でも私は…ヘアショーに出たい気持ちを抑えて裏方に周り、運営ばかりやっていた和臣に気づきもしなかった。


さっきの冷たい態度は、そんな私への苛立ちだったのかな。


…だったら、もっとざっくばらんに「俺がヘアショーに出るから美亜が運営にまわってくれ」とでも言ってくれたら良かったのに…






「…みぃ…あ?…おいっ!目ぇ見えてるか?」


顔の前でパラパラと手が振られ、ふと気づけば目の前に嶽丸。


「お帰り…って言ったの。返事は?」


「あっ!私、帰ってきたんだ…」


「おいおい…大丈夫かよ?」


帰りがけ、和臣に言われたことが頭に引っ掛かって、ぼんやりしながら帰ってきたらしい。


嶽丸がそんな私の荷物を受け取って部屋に置いてくれたので、私はリビングのソファにドサッと座り込む。



「…疲れた顔してんな…?!」


「嶽丸は顔色いいし、お肌キレイ。…ちょっと無精ひげが見えるけど、それすらもセクシー」



顔を覗き込まれて気の毒そうに言われたから、私も嶽丸の顔を見て思ったまま言った。



「…セクシー?」


「そう言われると思わなかった?」



手を洗ってキッチンに行くと、すかさず嶽丸が来て、料理の仕上げをしてくれる。



「わぁ…今日はオムライスだぁ!」


「デミソースかけるけど?」


「すごい…本格的!…でも今度はケチャップでなんか描きたい」


「ハート描いちゃう?バカップルみたいだな」



テーブルには1人分のカトラリー。


「嶽丸は?…先に食べたの?」


「うん。だってもうこんな時間だぜ?」


人差し指で示されたリビングの壁掛け時計、なんと22時をさしていた。


「…お疲れ…だね?美亜ちゃん」


頬杖をついて、向かいの椅子に座って言う嶽丸。そのまなざしが、なんだか憐れんでいるように思えて、私はちょっと鼻の奥がツン…とする。


じんわりたまる涙、自分でも驚いてしまった。


ポタリ…落ちる涙に嶽丸はすぐに気づく。



「オイオイオイ…?なになになに…?!」



のけぞって驚く嶽丸。

そんなに驚く?ちょっと失礼じゃない?


「…私だって泣きたいことくらいあるよ」


わざと大きな口を開けてオムライスをたいらげ、すぐにお風呂に逃げる。


嶽丸に憐れむような目で、もう見られたくなかったから。





「ちょっとこっちおいでよ」


お風呂から出たら、嶽丸はまだリビングにいた。そしてソファに私が座る場所を残して座り、座面をパンッと叩く。



「なに…」


そばに行くと、グイッと手首を引っ張られ、有無を言わさず座らされた。



「何があった?」


私の方を向いて座る嶽丸に見せる横顔が、あんまり深刻に見えないように、配慮しながら答える。



「今度、関係企業を巻き込んでヘアショーを開催することになったんだけど、その責任者になってさ…!」


「なにそれ、大変じゃん」


「うん。でも…デキる同期がいるから、私は足引っ張らないように気をつけなきゃ」



横髪を耳にかけながら、無理やり口角をあげる。嶽丸はそんな私を、ふぅ…っとため息をついて見つめた。



「いいから、遠慮しないで甘えてみ?」



「…え?」



視線を合わせれば、甘ったるい顔で見つめ返してくる。そんな顔は、見慣れてるはずなのに…


たまにやってくる言いようのない不安や焦りを、今嶽丸は、まるごと包んで見えないようにしようとしてくれてる。


それなら…寄りかかってしまおう…


結婚も恋人もいらないけど、今はここにいる嶽丸に、寄りかかりたい。



私を待っている胸に、ポスッと頬を埋めてみれば、意外なほどしっかりしたからだに…ドキンとした。



「いつでもこうしてやるから、あんま頑張るな」


「…?」



ちょっと上を向けば、形の綺麗な唇が見える。

頭を撫でてくれる大きい手…チュッとこめかみに当たるのは、間違いなく嶽丸の唇。



…胸の鼓動が規則的に聞こえて途方もなく安心する。

私はうっかり、そのまま目を閉じてしまった。


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