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第4話 Side 嶽丸

「はい、ゲームオーバー。もう1回だけ、は絶対ないよ。さっさと出てっておくれ」


2週間前アパートの大家に退去勧告された。理由は家賃滞納。…うっかり振り込むの忘れてた…。


「そんなこと言わないでおばちゃん…いやお姉さん…綺麗で可愛くて、すごくそそるよ?」


「…」


拝み倒して5日は居座ったが、浅い褒め言葉は言われ過ぎたのか、しかめっ面で無視されてしまった。


が、急ぎの案件を抱えていたし、平日のリモート勤務中に連絡が途絶えるなんてもってのほかだったから、嫌な顔をされながらも粘ったんだ。


だが、それが良かったのか悪かったのか…土曜日になってあきらめて、アパートを退去してみれば。


誰にも連絡がつかない。

いやつくけども…皆どこかに遊びに行っていて、家にいない奴ばっかりだった。


さすがに俺も途方にくれた。

なにしろ、仕事に絶対必要なパソコンだけ持って出てきたのだ。


これを設置して、ちゃんと動かせる場所に落ち着かなければヤヴァい…


週明けにはなに食わぬ顔でリモートで朝礼に参加できなければ、大嫌いな出社をしなければならないのだ。


脳裏をよぎる、満員電車…

そんなん乗るなら死んだ方がマシッ!


…なんて思ってたら閃いた。



土曜日に遊びに行かず、仕事をしまくる幼なじみの美亜のことを。



仕事が終わった頃メッセージをして、有無を言わせずマンションに行くことにする。


そう決めてみれば、美亜の住まいがかなりいいマンションだったと思い出した。


「これは何がなんでも…ねじ込んででも、同居に持ち込みたい!」


内心そう意気込みながら、バックミラーでちょっと髪を整えて…美亜のマンションを訪ねる。



まぁ…俺を拒否する女はいないよな。


それなのに…ドアを開けた美亜に、俺の方が一瞬ドキッとした。


あれ…こんなに綺麗な女だったっけ。



事情を話すと、美亜の反応はどれも、俺の周りにいる女のそれとは違った。


なんで俺に頼まれて、喜ばない…?


拒否なんてされたことない。

自分でも少しは自覚している。女たちは俺の顔が好きだ。二重の目と高い鼻が。ちょっといやらしい、この口元が。


それなのに、美亜は仕方なく俺を受け入れて、その上家政夫という役割まで与えた。


…まぁ得意なことだからいいけど。


やっぱ俺…女子には満遍なく好かれたいんだよな。


だから、スキンシップはある程度意識したもの。…洗濯カゴに下着が入っていたときは、思わずガッツポーズをした。


これは弱みを握ったんじゃないか?

ブラはすぐにサイズを確認。

わりとこじんまりしたサイズで納得。


だけど、ちょっと動揺したのは下の方…そう、ショーツだ。


小さい…こんなに小さいパンツはいてるのか…なんて思ったら、らしくもないが、顔が火照る。


何となく目をそらして、ブラもショーツも洗濯ネットに入れて押し洗いした。


そういえば今まで…女の下着ってちゃんと見たことないかもしれない。…下着は脱がせるもので、身につけている女を見ても、別になんとも思わなかったから。


なのに、洗濯ネットを押し洗いしながら、美亜の姿を思い浮かべてしまう。


インナーカラーをした長い黒髪。

前髪の下の目元は、目尻がちょっと上がってて、首が細くて…


どちらかというと、できる女、お姉さん系だ。…俺のタイプとは真逆をいく女。


そんな女がつけている下着なんてどうでもいいと思うのに、妙に意識してる自分。


…住み慣れたアパートを追い出されて、心でも弱ってるんだろうか?


…………


美亜は基本帰るコールをしない。

夕飯も、食べると思うから作るのに、どっかで飲んできて食べないこともある。


「ごめん…明日の朝食べるね」


そう言ってホイホイ冷蔵庫にしまうけどさ。


俺としては一番うまい状態で食べて欲しいわけだ。

だから翌朝、美亜が食べる時間を見計らって温めなおす。


「…え?嶽丸、起きてくれたの?」


すでにキッチンにいる俺に、寝起きでぼんやりした顔の美亜が驚いている。


「すぐ食べられるから、早く座って」


「…あ、うん…」


白いTシャツにボーダー柄の短パン。

細い手足が惜しげもなくさらされていれば、俺の目がそれを捉えないはずはない。



「…なにこれ、おいし」


「消化がいいように、お粥にした」


昨日のメニューは煮魚だった。

今朝はそれをアレンジして、出汁で炊いたお粥に煮魚をほぐしてトッピング。



「朝からちょっと重いかもしれないけど、角煮も食べな。美容師の仕事はハードだろ?」


「うん…お昼が夕方になっちゃったり、する」



「…なんか、たどたどしいけど。寝ぼけてんの?」


「…あ、うん」


できるお姉さんのはずが、今の美亜はすっぴんのせいもあって子供みたいだな…


しばらくぼんやり眺めていれば、ふいに元気な声が聞こえる。



「おいしかった…!嶽丸ごちそうさま。朝からありがとう」


「あぁ…」



目の前の美亜のすっぴんの笑顔、前にも見たことがある。


あれは確か中学生の時、遊びに行った健の部屋に、大人の女の人が来ていたんだ。


この時の美亜はたかだか高校生だけど、中学生の俺には、やたら大人に見えたんだと思う。


「嶽丸って…面白い名前だね」


初対面の美亜が、ぱぁ…っと花が開くみたいに笑った。


その時の笑顔と同じだ。

…なんで今思い出したのかはわからないが、とにかく…同じだったんだ。





………


「じゃあ嶽丸、行くね!…あっ今日ゴミ出す日だ!」


わずか30分程度で身支度を終えて、まだキッチンで後片付けをする俺に声をかける美亜。


「ゴミは俺が出しておくからいいよ。気をつけて行ってきな」


「うん!ありがとう。じゃあ頼むね」



びゅーん…


…と、音がしそうなほど勢いよく、美亜が玄関を飛び出していく。


…ったく、ちゃんと靴を履いて行ったのか?


玄関の鍵を閉めて、そのままベランダへ出て、エントランスから美亜が出てくるのを待つ。


すると住人に挨拶をしながら小走りで出てくる美亜。

今日は長い髪をゆるくポニーテールにしていて、髪が左右に忙しく揺れている。


そこでふと気づいた。

美亜の出勤、早くねぇか?


時間を見れば、まだ8時前。

確か美容室は、11時オープンだったはず。


「こんな早くにあんなに急いで…」


リモートができない仕事は大変だな…と思いながら。


ゴミ出しを頼まれたのを思い出して、俺も慌ててエントランスに降りて行った。


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