「離してください。さっきの私の話聞いていなかったのですか?」
「聞いていたよ」
「それなら……」
ダース王子は抱いている手にさらに力を込める。
「ロザリンド。君は償いのためにこうして影で人を助けることにしたんだね」
私は何も言えなかった。
なぜ彼はこうもわかってしまうのだろう。
隠しても隠しても彼の目はお見通しなのだろうか。
私はやっとのことで口を開く。
「悪女なのは変わりません。私は知らないうちにたくさんの人を傷つけ陥れた。そんな女に優しくするなど愚かです。ダース王子」
「私は、昔の君には興味がない」
王子はどこまでも澄み切った空色の瞳で私を見ていた。
「今の君に恋しているんだよ」
「……!」
「もう話さなくていい。温めよう、君を。とても冷たくなっている。さぁ、少し休むといい」
言い返そうとしたが一気に眠気が襲いかかり、私は気絶したように目を瞑った。
温かい。
寒さが、恐怖が、だんだんと和らいでいくのを感じる。
まるで春の日差しのように私の心を穏やかにしていった。
***
あの後、マーガレットはアンジェロ様によって救出され、妄想令嬢のセレナ・アーガインは精神病院へ送り返された。アンジェロ様は匿名の手紙を書いた人物を一生懸命探しているようで、私にも話しかけてきた。
私は興味ない風を装って、アンジェロ様の腕に絡みつく。
「それよりもアンジェロ様。最近ここの近くに紅茶屋さんができたそうですわ。ご一緒しませんこと?」
「すまないロザリンド。そこへはマーガレットと行く約束になっているんだ」
アンジェロ様は私の手をゆっくり払うと、失礼と言って去っていった。
そんなの既に知っている。わざと茶化してみせたのだ。
校門の近くでマーガレットがアンジェロ様を待っている。
彼は彼女に手を振って、嬉しそうに走っていく。
2人の様子を羨ましく眺めた。
これでいいのだ。
このまま2人がくっつけば、婚約まで至ればそれで。
胸が締め付けられるように痛む。
未練がましいわね、ロザリンド。
愛しのアンジェロ様。
私の初恋の人。
私の光そのものだった人。
でも諦めます、あなたのことを。
あなたの幸せを私は望みます。
さようなら。
アンジェロ様。
「アンジェロ兄様をそんなに見るなんて。妬いちゃうな」
「カデオ様……!」
うしろからやってきたカデオはにっこりと微笑んで、私の手をとる。
それから少し歩こうと誘った。
「春らしくなってきたと思わないかい。君のその鮮やかな赤い髪がよく映える」
「アーガイン令嬢が精神病院に戻ったのですよ。いいのですか?」
私は意地悪な質問を投げると、彼は悲しそうな顔をさせる。
「どんな人も幸せな生活を送る権利があると思ったんだ。まさか彼女があんなことまでするとは思わなかった」
「これはあなたにも責任があるのではなくって? あなたが学園へ復学させたのだから」
するとカデオは私の耳元で囁いた。
「君にも責任があるんじゃないのかい? セレナを狂わせたのは一体誰かな」
カデオはそこまで知っていたのか。
私はカデオから離れようとしたが、彼はさらに私の腰に手を回した。
「待っているよ、ロザリンド。君が私を求めるまで。お互いのことをもっと知ろうじゃないか、もっとね」
これは脅迫だ。
遠回しにお前のことは全てお見通しだと言っている。
皆にお前の悪行をバラされたくなければ、私につけと案に言っているのだ。
私はカデオを押しのけて、ふふっと意地悪く笑ってみせる。
「えぇ、お互いもっと知り合いましょう。楽しみにしていますわ」
カデオもそれを返すように微笑み、軽く会釈して去っていく。
待っていなさいカデオ。
絶対にあなたを許しはしないわ。
***
校舎裏には近づかないと決めていたけれど、やはりここが一番落ち着く。
芝生に寝転がり、ふぁぁとあくびをする。
アンジェロ様とマーガレットはデート中だし、ここは一旦休憩っと。
「やっぱりここが落ち着くだろう?」
目を開くと、ダース王子が私を見下ろしている。
私は上半身を起こして、半ば諦めたように彼を見た。
「お。認めたようだね。いい調子だ」
ダース王子は私の隣に腰掛ける。
「認めたというよりも。めんどくさくなっただけですわ」
「それでも一歩前進だよ。はぁ、ここは風がよく吹く」
王子が芝生に寝転がり、目を瞑りながら話をする。
「君は誰のことも好きじゃないって言ったけど、嘘だと思うんだ。本当はアンジェロ兄様のことが好き。そうだろ? 君がアンジェロ兄様を見る目は他と比べると全然違っているからね」
「そうですか」
「本当にいいのかい? フェードルス令嬢に譲っても」
私はぼーっと遠い空を眺めた。
「元からあの方は、あの子と結ばれる運命です。私じゃない」
「ロザリンド。じゃあ、俺を見てよ」
ダース王子は私の方に横になった。
「あなたを?」
「あれ? あの時俺が言ったこと覚えていないのかい?」
あの時言ったこと?
セレナとの戦いの後のことだろうか。
あの時は意識が朦朧としていてあまり覚えていない。
彼は何を言ったのだろう。
「覚えておりませんわ。私そろそろ寮に帰らないといけないのでこれで失礼……」
「では、もう一度言おう」
彼は私の腕を掴んで、ぐいっと自分の方に引き寄せた。
彼の顔が近くにある。
私は鼓動が一気に高鳴った。
ダース王子は真面目な目で、ゆっくり、そして丁寧に、確実に私に伝えるように言った。
「ロザリンド。
俺は、君に恋している」
第1章 完