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第18話 小鳥を殺したのは誰?


 マリーティム公爵。私の父は、オデュロー国に攻め込んできた異民族の制圧、国境の攻防戦の第一指揮官、そして領土拡大のための第一責任者として軍の最前線にいた大将軍だ。


 マリーティム家は武芸に秀でていなければならないという掟があり、私は小さい頃からそれを叩き込まれた。普段は優しいお父様だが、稽古の時だけは鬼のように厳しかった。


 そのおかげで今の私がいる。

 そこだけはお父様に感謝しなければ。


 寒い。寒すぎる。


 サイガーダのトラウマからか、寒いところへの恐怖心が芽生えてしまったようだ。

 私の精神状態は限界にきている。

 早く、決着をつけないと。


 私は備えていた縄でセレナを縛り、マーガレットを音楽室の隣の部屋、音楽準備室に運んだ。

 旧音楽室の黒板に、マーガレットはこの奥にいると書く。


 そろそろアンジェロ様がくる頃だ。


 セレナは自分がこれから戻る場所を思い出したのか、支離滅裂なことをぶつぶつと呟いている。


「セレナ。君はアンジェロ様の婚約者だったはずだよ。君はここにいてはいけない。君はここにいてはいけない。私はアンジェロ様の婚約者……婚約者。カデオ様、カデオ様がそう言った」


 やはりカデオが一枚噛んでいるようだ。


「カデオは他に何か言っていた? 言っていたなら教えてちょうだい」


 セレナは私を見るなり、いきなり金切り声をあげた。


「ロザリンド! お願いもうやめて! 私をいじめないでよ。あなたのせいでこうなった。あなたが昔、私に罪をなすりつけた。それから私はたくさんの人にいじめられて……だから私はおかしくなったのよ!」

「何を言ってるの。あなたとはこの学園でしか会ったことがないじゃない!」

「覚えてないの? 可哀想なロザリンド。可哀想な小鳥、私が殺した。可哀想な小鳥、あなたが殺した。鳥殺し。鳥殺し。鳥殺しのセレナ。鳥殺しのセレナ」


 鳥殺し……?


「誰が殺した、小さな小鳥」


 私は、その言葉で頭の中の記憶が一気に蘇った。


 それはまた幼い頃、お父様が作ってくれた石打ち機で遊んでいた時だ。その時私は魔が差して、近くにいた小鳥を石打ち機で殺してしまったのだ。その時、何人かの令嬢や令息がいて、私は瞬時に別の誰かに罪をなすりつけたのだ。

 鳥殺しだと、指をさして。


 そのなすりつけた令嬢がセレナだったとは。


「私が、あなたをこんな風にしてしまったのね。ごめんなさい。セレナ」

「触らないで! この悪女! あなたのせいで、あなたのせいでみんなにいじめれられて、ひとりぼっちで。可哀想なセレナ。可哀想、可哀想、可哀想……」


 セレナは体を前後に揺らしながらぶつぶつと呟き、私のことも、いやこの世界を見ることもしなくなった。


 どっと寒気が押し寄せてくる。

 アンジェロ様に気づかれないうちに早くここからでなければ。


 私は自分自身を強く抱きしめながら、旧音楽室を後にした。


 ***


 寒い。

 あの寒い教室から出ても、体の冷えは治りそうになかった。


 私は3年生の教室でアンジェロ様について聞きにいく。どうやら、音楽室へちゃんと向かったようだった。

 これでセレナはもう一度病院送りになる。

 脅威は去った。

 マーガレットのいじめ問題は解決したのだ。


 私は力尽きて校舎裏の芝生に倒れる。

 寒さでがたがたと歯が鳴り、体の震えが止まらない。


 人を苦しめ陥れたのに、覚えていないなんて。

 ロザリンド。

 あなたは一体どれほどの人を苦しめてきたのかしら。

 どれだけの罪を重ねてきたのかしら。


 私は本当に悪女なんだ。


 ここで死んではいけないのに、もう死んでしまいたいという気持ちが湧いてくる。

 いや、これは償いだ。

 まだここで死ぬことは許されないだろう。


 寒い。

 怖い。

 寒すぎて、頭がどうにかなってしまいそうだ。


「ロザリンド!」


 この声はわかる。

 ダース王子だ。


 私は目を細めて、上半身を起こす。


「なぜ私がここにいるとわかったんです? それに授業は?」

「君が突然いなくなったから、アンジェロ兄様を訪ねたんだ。すると、アンジェロ兄様は旧音楽室に行くと言うから

ついていったらあんなことになっていて。君のことだから、もうここにはいないと踏んで、あちこち探したんだ。アンジェロ兄様には言っていないから安心して。ロザリンド、寒いのかい?」


 ダース王子は上着を脱いで、私にかけようとする。

 私は首を横に振って、上着を返した。


「セレナ・アーガイン。彼女が妄想令嬢になったのは、私のせいだった。私が昔、彼女に罪をなすりつけ、それが原因で彼女は周りからいじめられて、それからあんな風に狂ってしまった。私が彼女にあんなことをしなければ彼女が病院に送られることも、こんなことになることもなかった。全て私のだったんです」


 私は自分で自分を抱きしめて、震える体を静止させようとした。


「わかっていただけましたか。ダース王子。悪女の私に優しくする必要などありません。これは当然の報いなのです。この問題は解決しました。もう私に関わらないでください」


 ダース王子は黙って、もう一度私の肩に上着をかける。


「ダースさ……」


 そして彼は、私の肩を優しく抱きしめた。



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