セレナは一瞬にして表情が穏やかになり、上目使いでカデオに近づいた。
「カデオ様! また私に告白をしようとしているのですか? だから言っているでしょう? 私の彼は、アンジェロ様です。残念ですが、あなたの気持ちを受け取ることはできません。病院から出してくださったのは嬉しいですが……あぁ、本当に私ったら罪深いことを。2人の殿方から言い寄られているなんて」
これも彼女の妄想だろう。
カデオは表情ひとつ変えずに微笑んだまま、口を開く。
「そうか。それは残念。また君の気持ちを聞かせてもらおうかな。いいかい、セレナ。君を復学させたのは、君が正気だと私が判断したからだよ。少々誤解しやすい性格なだけ。そんな理由で精神病院に送るのはおかしいと思ったんだ。それなのに、こんなことをしたらまた君を病院へ送らなければならない。それは嫌だろう? アンジェロ兄様もがっかりするよ」
カデオがセレナを復学させた理由は、彼女が可哀想だからではないことはわかっている。
アンジェロ様を困らせるためだ。
カデオはじわじわとアンジェロ様を苦しめようとしている。
私は拳を握りしめて怒りを抑えた。
「わかりましたわ。セレナ、今回は我慢します。これでいいですか?」
カデオはさらににっこりと微笑むと、セレナの頭をポンッと撫でた。
「いい子だ。私はマリーティム令嬢に用がある。すまないが、席を外してくれないかい?」
さっきまでのセレナとは打って変わって、忠実な犬のように大人しく頷いた。
「それではカデオ様。また教室で」
「あぁ、また明日」
私に用?
私は反射的に身構えた。
警戒していることに気がついたのか、カデオはふふっと笑う。
「そう緊張しないでくれ、マリーティム令嬢。ロザリンドと呼んでもいいかな?」
「えぇ、構いませんわ。カデオ様」
表向きは聖人君主のカデオ。
ここで悪い顔はできないが、彼の思惑には注意しなければならない。
もう二度と、巻き込まれるわけにはいかないのだ。
「ロザリンド。セレナのことを許して欲しい。彼女は思いこみが激しい性格でね」
「少々激しすぎるようですけど。まぁ、今回のことはあなたに免じて忘れて差し上げますわ」
「あぁ、ロザリンド。なんて優しいんだ」
カデオは私のこめかみ近くの髪に触れる。
「風邪を引くといけない。医務室まで送ろうか?」
「いいえ。結構です。それでカデオ様、私に用とは一体なんでしょう」
カデオは少し照れたように、顔を赤らめる。
「噂で聞いたんだが、君はアンジェロ兄様が好きだっていうのは本当なのかい?」
「どこでそんな噂を? 私は今、どなたともお付き合いするつもりはありません」
「ロザリンド。あの、もしよければ君を私の想い人にしても良いだろうか? 君のことは社交界の時に知ってね。君がここへ入学した時に告白しようと思っていたんだ。君の気高さとその美しさに見惚れてしまったんだ。どうだい? こんな私を受け入れてもらえないだろうか」
カデオは何かを企んでいる。
彼が感情的に誰かを好きになることなどありえない。
これは、私を手懐けるためにしていることだ。
アンジェロ様の周りをウロウロしている私が気に入らないのだろう。
それに、マーガレットを助けていることにも気づいている。
それで自分の手の中に収めて、動きを抑えようとしているんだ。
それならこちらも、うまく利用させてもらいましょう?
私は照れたように髪を耳にかき上げた。
「えぇ、構いませんわよ。カデオ様。ですが、まだお互いのことをよく知りません」
「これから知っていけばいいよ。これから頻繁に君と話がしたいな」
「こちらこそ。そうしたら、あなたのその気持ちを受け取れるかもしれません」
カデオは私の肩に手を置き、それから頬に触れた。
「では、また会おう。ロザリンド」
「えぇ、カデオ様」
私は去っていくカデオをいつまでも睨み続ける。
あなたの思い通りになってたまりますか。
絶対にあなたからあの2人を守ってみせる。
そしてあなたを陥れてあげるんだから。
私は噴水に流れていた鞄を拾いあげて、中庭から出ようとした。
「カデオ兄様と付き合うつもりかい? ロザリンド」
「ダース王子。どこから見ていたのですか? 盗み見はお行儀が悪いですわよ」
「アーガイン令嬢とカデオ兄様、そして君が3人で話をしているところからだよ」
木の影に隠れていたダース王子が真剣な顔でこちらをじっと見ている。
どこか怒っているようだった。
「私が何をしようと関係ないでしょう?」
「君がカデオ兄様に気がないことはわかっている。何を考えているんだい」
「何も、ただ言い寄られたからその気持ちを受け取っただけですわ」
「こんなこと言いいたくないが、カデオ兄様はやめた方がいい」
ダース王子からそんなことを言うとは思わなかった。
私は彼に尋ねた。
「なぜ?」
「こんなことあまり言いたくないが、彼はみんなが思っているよりも聖人じゃないってことだ」
弟であるダース王子はカデオの本性を知っているようだ。
「カデオ様が妄想令嬢を復学させた狙いを知っているのですか?」
「それは初耳だ。まさか君はカデオ兄様がわざと仕掛けたって考えているのかい? それで近づいて……ロザリンド。アンジェロ兄様に言うべきだ。セレナ・アーガインは危険すぎる。カデオ兄様のことは伏せたにしても、1人でこの件を解決することは不可能だよ」
「アンジェロ様には、楽しい学園生活を送ってほしいのです」
ダース王子は私に近づいて、両肩に手を置く。
なぜだろう。
カデオの時とは違って、彼に触れられると脈拍が上がってしまう。
「ロザリンド。俺はあれから考えたんだ。君の悪評はたしかに知っていた。最初は軽蔑していたが、実際に見ると全然違っていた。だから私は自分の目で見たものしか信じないことにしたんだ。だから、私は君を信じたい。君は本当は悪い女性じゃないってことを」
「残念ですが、ダース王子」
私はまた意地悪く微笑もうとした。
だがそれはうまくいかず、歪な作り笑いへと変わってしまう。
「私はその評判通りの女ですわ」
「今回は引かないぞ。ロザリンド。俺が君を守る。だから1人で突っ走らないでくれ」
「結構です。迷惑ですわ!」
私はそう吐き捨てると、ダース様の手を勢いよく払う。
払った勢いでダース様の頬に自分の爪が引っかかってしまい、ツーッと血が垂れる。
私は内心焦ったが、ははっと鼻で笑ってみせた。
「よくお似合いですこと。それではダース王子。お機嫌よう」
ダース王子に背を向けて、私は気取った態度で中庭から出ていく。
これなら王子も諦めるだろう。
諦めてもらわないとこちらが困る。
「さぁ、いじめを止めないと。セレナ。決着をつけるわよ」