あれからダース王子が私のところへやってくることはなかった。
マーガレットのいじめがまた落ち着いたということもあるのだが、わたしを見かけても挨拶もせずにすれ違うようになった。
それでいい。
私にかまってもロクなことにならない。
きっとそれに気づいたのだ。
私が学院から寮へ帰ろうとした時、エーミル、アラーナ、リリシアの取り巻きの三人がやってきた。
「ロザリンド様! 大変なことが起きたんです!」
リリシアが血相を変えて私の腕を掴む。アラーナもそれに続いた。
「そうです! 早く来てください」
マーガレットに何かあったのかしら。
私はわかったと言うと3人の後に続いた。
噴水のある中庭に到着し、私はマーガレットを探す。だが、マーガレットどころか人一人も中庭にはいなかった。
「誰もいないじゃな……」
後ろから3人が私の両腕を押さえつけて、噴水に顔を押し付ける。
息ができない!
空気が吸えた時、私の前でケタケタと笑う令嬢がやってきた。
私はその令嬢に見覚えがあった。
「なぜ。あなたはたしか病院送りになったはずじゃ……」
金髪縦ロールの豊かな髪に黒い宝石のような大きな瞳。だがその目はどこかあらぬ方向を向いており、生気を感じられない。
皆が皆、彼女をこう呼んでいる。
妄想令嬢セレナ・アーガインと。
「お久しぶりね。ロザリンド。私の誕生日パーティー以来じゃないかしら」
彼女の誕生日パーティーなど行ったことがない。これも彼女の妄想だ。
彼女の妄想は激しく、自分が思う通りでないとわかれば誰であろうと人に攻撃をし、発狂して手がつけられなくなる。その凶暴さから2年前に精神病院に送られたはずだった。
その彼女が今、ティターニウス学院の服を着て目の前で笑っている。
完全にルートが崩れてしまっているようだ。
「セレナ。あなた精神病院に入ってたんじゃないの?」
「私は正気だって、第2王子のカデオ様が出してくださったの。復学の手続きもとってくださったわ。当たり前よね。私、どこも悪くないんだもの」
「それにこれは何? あなたたち何の真似?」
「躾がなっていないわね。あなたたち」
3人はもう一度私を噴水に向けて顔を押し付け、溺れさせる。
私はゲホッゴホッと水を吐き出した。
「私たち、セレナ様につくことにしたの」「ずっと私たちを無視して、馬鹿にするにも程があるわ」「そうよ。それにセレナ様は素敵な学園生活を約束してくれたのよ。先輩たちとのダンスパーティーや、勉強会に招待してくれるって」
彼女たちを見限って良かった。こんなにも愚かだったなんて。
私は三人に吐き捨てた。
「なんて愚かなの。妄想令嬢のセレナのことを知らないの? そんなことできるわけがない。ただの妄言よ」
すると、セレナが私に近づいて私の顎を無理やり掴む。
口元はひきつったように笑っているのに、目はギラギラとして一切笑ってなどいなかった。
「できるのよ。ロザリンド。だって私はアンジェロ様の婚約者なんですもの。彼は私に約束してくれたわ。私を幸せにするって。君が素敵な学園生活を送れるためなら何でもするってね」
狂ってる。
私は、あのおさげ髪の言っていたあの方の正体がわかった。
そう。目の前にいるセレナだ。
「あなたね。マーガレットを危険な目に合わせていたのは」
「マーガレットが悪いのよ。私のダーリンを奪うようなことをするから」
「おあいにく様。アンジェロ様は今誰ともお付き合いしていないわよ」
セレナは鼻を膨らませて、私の濡れた前髪を掴んだ。
「アンジェロ様は私の婚約者よ! それにあなた、なぜマーガレットを助けているの? 本当邪魔なのよね!」
掴んでいる手に力が入り、私は痛みで目に涙を浮かべる。
「ロザリンド。あなたも私の下僕になりなさいな。ん? いいえ、元から私の下僕だったじゃない! 主人を裏切るつもりね」
また彼女の妄想が始まった。その様子を見て、裏切った3人が額に汗して後退りを始める。
「セレナ様?」
アラーナが声をかけると、セレナは懐からナイフを取り出し、彼女に渡す。
「私が手を下すまでもないわ。アラーナ。あなたが彼女を始末なさい。裏切り者は死あるのみよ」
「わ、私にはできません! そんな野蛮なこと……」
「じゃ、リリシア? エーミルでもいいわよ」
2人も焦ってさらに後ずさった。
「できませんわ!」
「目をえぐるだけでもいいのよ」
「ひぃぃ! し、失礼します」
3人は私を解放すると、一目散に逃げていった。
私はふふっとせせら笑う。
「失礼します。ですって」
セレナは顔から火が出るように赤くなり、ナイフを私に向かって投げる。
私はそれを軽々とかわした。
「ならば私が……」
セレナの手から白いオーラが光り出す。私も懐から種を握って、戦いに備えた。
「死ね! ロザリ……」
「はいはい。校内でのむやみやたらにスキルを使うのは禁止だよ。お二人とも」
金色のセミロングの髪を一つに結び、たれ目で深い瑠璃色の瞳。
人々から聖人君主だと言われているが、実際には違う。
王位継承を狙っている悪どい第2王子。
カデオ・ジェームズ・フォン・ガディアだ。