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第15話 妄想令嬢


 あれからダース王子が私のところへやってくることはなかった。

 マーガレットのいじめがまた落ち着いたということもあるのだが、わたしを見かけても挨拶もせずにすれ違うようになった。


 それでいい。

 私にかまってもロクなことにならない。

 きっとそれに気づいたのだ。


 私が学院から寮へ帰ろうとした時、エーミル、アラーナ、リリシアの取り巻きの三人がやってきた。


「ロザリンド様! 大変なことが起きたんです!」


 リリシアが血相を変えて私の腕を掴む。アラーナもそれに続いた。


「そうです! 早く来てください」


 マーガレットに何かあったのかしら。

 私はわかったと言うと3人の後に続いた。


 噴水のある中庭に到着し、私はマーガレットを探す。だが、マーガレットどころか人一人も中庭にはいなかった。


「誰もいないじゃな……」


 後ろから3人が私の両腕を押さえつけて、噴水に顔を押し付ける。


 息ができない!


 空気が吸えた時、私の前でケタケタと笑う令嬢がやってきた。


 私はその令嬢に見覚えがあった。


「なぜ。あなたはたしか病院送りになったはずじゃ……」


 金髪縦ロールの豊かな髪に黒い宝石のような大きな瞳。だがその目はどこかあらぬ方向を向いており、生気を感じられない。


 皆が皆、彼女をこう呼んでいる。


 妄想令嬢セレナ・アーガインと。


「お久しぶりね。ロザリンド。私の誕生日パーティー以来じゃないかしら」


 彼女の誕生日パーティーなど行ったことがない。これも彼女の妄想だ。

 彼女の妄想は激しく、自分が思う通りでないとわかれば誰であろうと人に攻撃をし、発狂して手がつけられなくなる。その凶暴さから2年前に精神病院に送られたはずだった。


 その彼女が今、ティターニウス学院の服を着て目の前で笑っている。

 完全にルートが崩れてしまっているようだ。


「セレナ。あなた精神病院に入ってたんじゃないの?」

「私は正気だって、第2王子のカデオ様が出してくださったの。復学の手続きもとってくださったわ。当たり前よね。私、どこも悪くないんだもの」

「それにこれは何? あなたたち何の真似?」

「躾がなっていないわね。あなたたち」


 3人はもう一度私を噴水に向けて顔を押し付け、溺れさせる。

 私はゲホッゴホッと水を吐き出した。


「私たち、セレナ様につくことにしたの」「ずっと私たちを無視して、馬鹿にするにも程があるわ」「そうよ。それにセレナ様は素敵な学園生活を約束してくれたのよ。先輩たちとのダンスパーティーや、勉強会に招待してくれるって」


 彼女たちを見限って良かった。こんなにも愚かだったなんて。

 私は三人に吐き捨てた。


「なんて愚かなの。妄想令嬢のセレナのことを知らないの? そんなことできるわけがない。ただの妄言よ」


 すると、セレナが私に近づいて私の顎を無理やり掴む。

 口元はひきつったように笑っているのに、目はギラギラとして一切笑ってなどいなかった。


「できるのよ。ロザリンド。だって私はアンジェロ様の婚約者なんですもの。彼は私に約束してくれたわ。私を幸せにするって。君が素敵な学園生活を送れるためなら何でもするってね」


 狂ってる。

 私は、あのおさげ髪の言っていたあの方の正体がわかった。

 そう。目の前にいるセレナだ。


「あなたね。マーガレットを危険な目に合わせていたのは」

「マーガレットが悪いのよ。私のダーリンを奪うようなことをするから」

「おあいにく様。アンジェロ様は今誰ともお付き合いしていないわよ」


 セレナは鼻を膨らませて、私の濡れた前髪を掴んだ。


「アンジェロ様は私の婚約者よ! それにあなた、なぜマーガレットを助けているの? 本当邪魔なのよね!」


 掴んでいる手に力が入り、私は痛みで目に涙を浮かべる。


「ロザリンド。あなたも私の下僕になりなさいな。ん? いいえ、元から私の下僕だったじゃない! 主人を裏切るつもりね」


 また彼女の妄想が始まった。その様子を見て、裏切った3人が額に汗して後退りを始める。


「セレナ様?」


 アラーナが声をかけると、セレナは懐からナイフを取り出し、彼女に渡す。


「私が手を下すまでもないわ。アラーナ。あなたが彼女を始末なさい。裏切り者は死あるのみよ」

「わ、私にはできません! そんな野蛮なこと……」

「じゃ、リリシア? エーミルでもいいわよ」


 2人も焦ってさらに後ずさった。


「できませんわ!」

「目をえぐるだけでもいいのよ」

「ひぃぃ! し、失礼します」


 3人は私を解放すると、一目散に逃げていった。

 私はふふっとせせら笑う。


「失礼します。ですって」


 セレナは顔から火が出るように赤くなり、ナイフを私に向かって投げる。

 私はそれを軽々とかわした。


「ならば私が……」


 セレナの手から白いオーラが光り出す。私も懐から種を握って、戦いに備えた。


「死ね! ロザリ……」

「はいはい。校内でのむやみやたらにスキルを使うのは禁止だよ。お二人とも」


 金色のセミロングの髪を一つに結び、たれ目で深い瑠璃色の瞳。

 人々から聖人君主だと言われているが、実際には違う。

 王位継承を狙っている悪どい第2王子。

 カデオ・ジェームズ・フォン・ガディアだ。


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