目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第11話 あの方


「お、おはようございます。ダース王子」


 マーガレットに意識を向けていたせいか、うしろの気配に気が付かなかった。

 要注意人物であるダース王子。

 また適当に言葉を考えてこの場から逃げるしかない。


 茂みに隠れている彼女の顔は覚えた。

 本当はすぐにでも問い詰めたいが後にした方が良さそうだ。


「さっきのは雷ですか? にわか雨での降るのかしら。嫌ねぇ、では私はこの辺で」

「アンジェロ兄様に言わなくていいのかい? 食堂でフェードルス伯爵令嬢を助けたこと」


 彼も食堂にいたというのか。

 アンジェロ様でも気づかなかった私の種弾きに気づいたなんて、なんという動体視力の持ち主だろう。

 いやいや、関心している場合ではない。


「たまたま種で遊んでいたら、マーガレットのトレイに当たっただけですわ。なぜ私があの田舎臭い彼女を助けないといけないのです?」

「さっきも助けようとしたろう? 避けられていたが」

「……」


 私をストーカーでもしているの?と疑ってしまうほど彼は私をよく見ている。

 私は必死で言い訳を考えたが、いい言葉が思いつかない。


「そ、それは」

「また言い訳を考えて逃げようとしているね」

「そういうわけでは」

「!」


 ダース王子が何かに驚くと、咄嗟に私の肩を掴んだ。


「危ない!」


 ヒュンッ。


 アンジェロ様によって破壊された机の破片が、私に向かって飛んできた。

 破片はまた方向を変えてこちらにやってくる。

 ダース王子が鞄から短剣を取り出すと、飛んでくる破片を弾いていった。


「誰だ!」

「あの茂みにいる女子生徒です! 絶対に捕まえる!」


 私とダース王子は茂みに隠れている女子生徒に向かって走る。

 彼女は急いで逃げようとしていた。


「そうはいかないわ!」


 私はまた種を弾き、女子生徒の足を狙う。

 それは見事に命中して、彼女は倒れた。


「君のその弾き技。教えて欲しいくらいだな」


 ダース王子がヒューっと口笛を吹く。


「話は後です。ちょっとそこのあなた。昨日といい今日といいなんなの?」


 顔にそばかすのあるおさげ髪の女子生徒はじりじりと後退り、こちらを睨む。


「別に。私はあの方の命令に従っているだけよ」

「あの方? あの方って誰よ」

「誰が話すもんですか」


 私はふぅんと声を出す。

 そして、悪女ロザリンドを向き出しにした。


「この私を狙うなんて何様なのかしら? あなたの学園生活、ここで終わりにしたいみたいね。あなたの言うあの方よりも私の方が恐ろしいってこと教えてあげましょうか?」

「脅しには慣れているわ、マリーティム公爵令嬢。悪いけどあの方のほうがあなたより強いし、そして何と言っても恐ろしいわ」


 彼女は誰かの視線に気づいたのか、一瞬にして顔色を変える。


「あぁ! 違います! 悪いのは私ではありません。彼女です! お願いです! 許して!」


 おさげ髪の彼女は叫びながら誰かに命乞いをするように跪く。

 私は周りを見渡したが、あの方を見つけることができなかった。


「死んで償わないと。失敗した者は死あるのみ! でなければ紅蓮地獄に苦しむことになる! そんなの嫌!」


 紅蓮地獄?

 女子生徒はそう言うと、ポケットから一粒の薬を取り出してそれを飲もうとした。


「毒薬か!」


 ダース王子が女生徒から毒薬を奪うと、彼女は発狂し始めた。


「お願い! 死なせて! 生き地獄を味わうくらいなら私はここで死ぬ!」

「落ち着け! 君の言うあの方を教えてくれれば助ける。先生に言って護衛をつけてもらおう。さぁ、あの方の名前を言うんだ」

「言えない。そんなの恐ろしくて言えない! ぐっ」


 彼女の口から血が滴り落ちる。

 どうやら舌を噛んだようだ。


「医務室へ運ばなきゃ。急いで!」


 私がそう言うと、ダース王子は彼女を抱えて医務室へと運んだ。


 ***


 先生の治癒能力のおかげで、一命は取り留めた。

 だが彼女は支離滅裂な言葉しか話せなくなり、あの方の手がかりを失ってしまった。

 私たちは医務室を出て、歩きながら話をする。


「あの方がマーガレットを狙っているんだよね。アンジェロ兄様によくしてもらっているから嫉妬であんな危険なことを。たしか前にもこんなことがあったような。その時の主犯格は精神病院へ運ばれたとか」

「マーガレットが生きている限り、狙われ続けると……」

「やっぱり君はマーガレットを守っているんだね」


 私は髪をさらりと払って、別にと言い返した。


「私の命まで狙ったのですよ。これは倍返ししなければ気が済みません。マーガレットがどうなろうと私には関係ありませんわ」

「はいはい。今はそういうことにしておくよ。今はね」


 ダース王子は問い詰めるのを諦めたのか、やれやれと肩をすくめた。


「それで。次はどうするんだい?」

「なぜあなたに言う必要があるのですか?」

「ここまできたら協力しようかなって思って。それにフェードルス令嬢はアンジェロ兄様も気にかけているようだし。弟ながら助けようかなと」

「この件は私一人でなんとかします。今回のことに関してはお礼を言いますが、今後助けは無用です。それでは、私はこの辺で」


 これはただのいじめではない。

 この危険ないじめに無関係のダース王子巻き込むわけにはいかない。


 マーガレットは私が守らねば。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?