ティターニウス学院の入学式を終えて早くも一週間が経とうとしている。
流れでは、私が暇になってきてマーガレットをいじめ始める頃だ。
いじめと言っても、食堂でわざと足を引っ掛けたり、噴水に彼女の鞄を投げたり、彼女の席に落書きをしたりと幼稚なものばかり。
そして素晴らしいことに、その時その時に必ずアンジェロ様が助けてくださるのだ。彼女は本当に、王子と結ばれるべくして生まれた存在なのかもしれない。今だからそう思えてしまうが、かつては嫉妬に燃え、懲りることなく彼女をいじめまくっていたのを覚えている。自分で言うのも何だが、なんとしつこい女だこと。
大事なのは、いじめるタイミングだ。
タイミングを外してしまえば、アンジェロ様が助けにはいることはない。
変な言い方になるが、慎重にいじめなければ。
まずは食堂で足を引っ掛ける。失敗は許されない。
午前中の授業が終わり昼食の時間になった。私は誰よりも早く食事を済ませて、食堂の片隅でマーガレットを待つ。私の取り巻きたちがくる前に早く終わらせてしまいたい。
5分ほどして、マーガレットを見つけた。トレイを持って食事を運んでいる。食器を落とさないようにトレイをじっと見つめながら、ゆっくりと席に移動しようとしているのを見て、なんと鈍臭いことかと少し呆れてしまった。
そのうしろを見ると、アンジェロ様がマーガレットを心配そうに見つめている。
足を引っ掛けるなら今がチャンスだ。
私は人混みを押しのける。
通りすがりを装って、足を引っ掛けるのよ。
さぁ、今!
しかしその前に、別の令嬢が私の前を遮った。
「な……!」
そしてあろうことか、彼女がマーガレットの足を引っ掛けのだ。
「きゃぁ!」
マーガレットの持っていたトレイが宙を舞い、食器がひっくり返る。
彼女は思い切り尻餅をついた。
「!」
私は異変に気づいた。
マーガレットの持っていたトレイが不自然に宙に浮いている。
初めはマーガレットの念力能力かと思ったが、彼女を見る限りそこまで考えている余裕はないようだった。
トレイはさらに上空に浮き、彼女に狙いを定めている。
誰かが、マーガレットにトレイをぶつけようとしている?
トレイは狙いが定まったのか、マーガレットの頭目掛けて猛スピードで落ちていく。
やはり誰かが念力を使って、マーガレットにぶつけようとしている!?
あの落下スピードは、怪我だけですまない。打ちどころが悪ければ死んでしまうだろう。
マーガレットが危ない!
アンジェロ様を見たが、彼も操られたトレイの存在に気づいたようだ。
だが彼女との距離が遠く、助けは間に合いそうにない。
助けられるのは、私しかいない。
私はポケットから小粒の種を何個か握り、落ちるトレイに向かってこっそりと種を弾いた。
バチッ!
弾いた種はトレイにぶつかって方向を微妙に変える。
私はもう一度種を弾く。
バチッ!
今度は大きく方向が変わり、トレイはマーガレットの横でカランカランと音を立てて床に落ちた。
助かった。
「いたたた。私ったらドジだなぁ」
何も知らないマーガレットは、足をさすりながら痛みで顔を歪めている。
なんと能天気な子なんだろうか。
それにしてもおかしい。私がマーガレットの足を引っ掛けるはずなのに。
なぜあの令嬢が引っ掛けているのだろう。
そして、誰が何の目的でトレイを彼女にぶつけようとしたのだろうか。
足を引っ掛ける役と、トレイでぶつける役。
マーガレットを狙っている相手は複数いるのか?
あぁ、マーガレットが倒れる寸前でアンジェロ様が彼女を抱き支えるはずだったのに。
今ではただの傍観者となってしまっている。
失敗したか……。
そう思っていた時、アンジェロ様がマーガレットに駆け寄った。
「大丈夫かい?」
「あ、足を挫いてしまって」
「医務室に運ぶよ。さぁ、掴まって」
アンジェロ様がさっとマーガレットを抱き抱えて医務室へと運んでいく。女生徒たちは悔しそうに悲鳴をあげていた。
良かった。
彼女とアンジェロ様がいい雰囲気になっていることは良しとしよう。
問題は、私以外にマーガレットを狙っている人間たちがいるということだ。
それも彼女を傷つけてもいいという悪質な人間たちが。
ルートが変わって予想がつかなくなってきている。
彼女の身が危ない。
一刻も早くいじめようとしている人たちを捕まえて消さなければ。
きっとまた近いうちに彼らはマーガレットを狙うだろう。
その時に突き止めなくては。
***
次の日の朝。寮から次々と生徒たちが学院に向かっている。私はマーガレットにバレないようにこっそりと尾行を始めた。昨日の挫いた足が痛いのか、彼女は足を引きずりながらゆっくり歩いている。
校門をくぐり、それから校庭を通りかかる。
それから彼女が校舎の側を通った時だった。
校舎の窓から生徒が使用する机が浮いている!
それはまたマーガレットに狙いを定めているようだった。
同じ手口か。
そうはいかない!
私は胡桃くらいの大きめの種をポケットから取り出す。
マーガレットに向かって机が落ちていくと同時に、種を弾いた。
バチッ!
だが机はスッと種を避ける。
どうやら私の存在に気付いているようだ。
マーガレットは頭上を見て悲鳴をあげた。
「きゃぁぁぁ!」
走っても間に合わない!
終わりだと思っていた矢先、ピカッと目に突き刺さるような一線が目の前で光った。
ガシャーーーン!
今度は地割れが起きたかのような大きな音が鳴り響く。
稲妻が、机に向かって放たれたのだ。
机は粉々になり、地面に欠片となって落ちていく。
間違いない。
この雷はアンジェロ様のものだ。
彼が走ってマーガレットの元へ駆けつける。
私は身を隠すように校舎の隅に隠れた。
「マーガレット! 大丈夫かい?」
「アンジェロ様。助けてくださって、ありがとうございます」
私はほっと胸を撫で下ろした。
良かった。
アンジェロ様の雷の能力のおかげだ。
私は目を凝らして、マーガレットを狙っている念力使いを見つけようとした。
茂みの中で、一人の女生徒が悔しそうにマーガレットとアンジェロ様を見ている。
彼女だ。
彼女はしゃがんだまま、まだ何か起こそうとしている。
そうはいかない。とっ捕まえていじめをやめさせるのよ。
「君は影のヒーローかい?」
私の耳元で誰かが囁く。
私が驚いて振り返ると、ダース王子が柔らかく微笑んで挨拶をした。
「おはよう、ロザリンド。」