「ロザリンド様?」
取り巻きの1人、リリシアが怪訝そうにこちらを見る。
私は我に返って咳払いをし、席に座り直した。
ここからが、全ての始まりだ。
『そうね。何なのあの子』
私は以前言った台詞を思い出しながら、意地の悪い笑みを浮かべる。
『同じ貴族であることが恥ずかしいわ。これは、ちゃんと教育しないといけないわね』
周りの令嬢も顔を歪ませてくすくすと笑う。
「やっちゃうの、ロザリンド様?」「あれやだリリシア。悪目立ちするあの子が悪いのよ」「そうそう。やっちゃいましょうよ」
胸糞悪い笑み。私はこの人たちよりも、もっと醜く笑っていたのか。
こんなことをして心から楽しんでいたのか。
自分で言うのも何だが、とても悪趣味だ。
でもこれで、あの二人が出会うのであれば何回でも演じてみせよう。
これは神が与えた罰。償いなのだから。
さぁ、舞台は整った。
***
私は取り巻き達に頼んで、帰り際のマーガレットを校舎裏に呼んだ。何をされるか未だ知らないマーガレットは少し緊張しながらも彼女達に連れられる。
マーガレット。忌々しいマーガレット。雑草のようなあなたがアンジェロ様に見初められたのが憎くて憎くて仕方がなかった。今でもアンジェロ様があなたのどこを気に入ったのかわからない。今ならだんだんとわかってくるのかもしれないが、私の心が耐えられるか。彼女の良さを知ったら、かつての自分にさらにショックを受けて自分自身をナイフで刺してしまいそうだ。
「あ、あなたは、マリーティム公爵家の……ロザリンド様?」
いけない。今は自分の役目を全うしなければ。
「お久しぶりね。マーガレット」
「え……?」
ん……?
「ロザリンド様? この子と知り合いでしたの?」「本当? こんな子見たことないわよ」「どこで会われましたの?」
し、しまったぁぁぁぁぁぁぁぁ!
初めましてと言うところを、間違えてお久しぶりと自然と言ってしまったぁぁ!
マーガレットもポカンと口を開けて、こちらを見ている。
どうしよう。どうやってこの場をおさめるか。ここは人違いで済ますか?
いや、こんな田舎娘のような格好の子何人もいないわよ。
余計なことを考え過ぎて、最初からやらかしてしまったわ。
本当にバカ……。
「ロザリンド様! 私のこと覚えくださったのですね?」
……え?
マーガレットがキラキラとした表情で、私の手をとった。
「幼い頃でしたから覚えていないのではと思っておりました。幼い頃、一回だけ私と遊んでくださいましたよね? ロザリンド様の高価な宝石やドレスを見せてくださったり、豪華なお菓子なんていただいたりして……それに人見知りの私にもっとしっかりしろと鼓舞してくださいました……今でも素敵な思い出として時々思い出しているんです。まさかロザリンド様も覚えてくださっていたなんて。感激ですわ」
…。
……。
……ごめんなさい。何も覚えていないんですけど。
本当に私がそんなことした?
思い出せロザリンド。
こんな素朴で仲良くしても何も利益にもならない子をうちの屋敷に招待したと言うの?
あ。
思い出した。
ん。ちょっとお待ちになって?
多分、あの時のことだ……多分。
多分? そう多分。
なぜ多分か。それは、自分とマーガレットとの間にある認識の違いだ。
幼い頃、田舎の伯爵や貧乏な男爵、名ばかりの子爵など、それはそれはお気の毒な令嬢達を集めて私の屋敷に招待したことがあった。もちろん、その子達と遊びたいから、仲良くしたいから呼んだわけではない。私の生活がいかに豪華で贅沢で羨ましいか、そして、自分たちがいかに惨めかを思い知らせるためだった。
集められた令嬢達は皆、目に涙を浮かべて帰っていったはず。私だってそんなことされたら悔しくて悔しくて怒りが込み上げてしまう。
まさかマーガレットがその集まりに参加し、あろうことか自身の素敵な思い出として認識されている。
この子、能天気にもほどがあるわ。
ここで再会の話になるとまずい。ルートから外れてしまう。
やはりここはひとつ。
「そんなことありましたっけ? あなたのことなんて覚えているわけないじゃない。こんなみすぼらしい格好のあなたなんて」
「でもさっきお久しぶりって」
「お黙りなさい! あなた、私と対等に話せる身分であって?」
取り巻き達がくすくすと笑い、マーガレットは自分と仲良くしようと思っていないことにようやく気づいたようだ。
やっと元の会話に戻れる。私は安堵しながら、不敵な笑みを浮かべた。
『あなた、見たところ田舎の方からやってきたようね。子爵? それとも男爵かしら。まさか裏口入学じゃないわよね』
「わ、私は」
『はーヤダヤダ。あなたみたいな人と同じ生徒として学園生活をいくらないといけないの? あ! そうだわ。あなた、私たちの侍女になりなさいよ。それがいいわ』
「そ、それはお断りします」
『あなたのちっぽけな爵位よりも、私の侍女の方が位は高くってよ。今日からあなたは、私達の侍女。私のおもちゃになるの。楽しい楽しい学園生活になると思うわ』
マーガレットはオロオロしながらも、震え声で口を開く。
「私、爵位がどうとかここでは関係ないと思うんです。皆が楽しく学園生活を送れたらそれでいいと思っています」
『あなたみたいな田舎者はここに来てはいけなのよ。さっさと爵位でも捨てて自分の農場にでも返ったら?』
取り巻き達は大笑いをして、マーガレットを小突いた。
「農場だなんてロザリンド様言い過ぎよぉ。でも面白いわ」「ナイスセンスですこと」
流石の鈍いマーガレットでもこれは効いたのだろう。目に涙をためて俯きだす。
『さぁ、私の侍女になるのよ。あなたに断る権利なんてありませんわ』
「なぜ、断ることができないんだい?」
きた。
待っていたのよ。
アンジェロ様。
ん、ちょっと、お待ちになって。
何でアンジェロ様の後ろにダース様までいるわけ!?