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第7話 入学式



「あなた達の身分だってそんな大したことではないのに。私にとっては同じにみえますわ」



 いじめていた男子生徒が私を見てチッと舌打ちし、わざとらしくお辞儀をした。


「これはこれはマリーティム公爵家の……これは私たちの問題です。あなたには関係ありませんので」

「そこのあなた」


 私は、いじめられていたひ弱そうな男子生徒を指し、わざと意地の悪い顔で言った。


「私の僕にするわ」

「え?」


 いじめていた男子生徒たちが反論した。


「あなたには関係ないと言っている……!」

「身の程をわきまえろと言ったのはあなた達でしょ。それなら、言っておくわ。身の程を知りなさい。私に逆らうことは、マリーティム公爵家に逆らうのと同じ」


 それから私はとびきりの悪い顔をさせて言い放つ。

 そう、悪女らしい、以前のロザリンド・フォン・マリーティムのように。


「それならあなた達が私の僕になってくださる?」


 この場にいた生徒達の顔がサッと青ざめた。ロザリンドの僕になること、それはすなはち辛くてきつく、退学でもしたくなるほどの学園生活になることを意味する。


 それくらい誰もが承知のことだろう。


「こんなやつくらいいつでも差し出しますよ。ほら、行こうぜ」


 いじめていた男子生徒達は駆け足で校舎裏から逃げていく。いじめられていた男子生徒は膝から崩れ落ち、ガクガクと肩を震わせていた。私はふっとため息をついた。


「貧弱そうなあなたが、私を楽しませられると思って?」

「では……」

「私の気が変わらないうちに早く立ち去りなさい」

「あ、ありがとうございます!」

「そうだ。あなた……!」


 私は彼を引き留めた。


「もっと胸を張って歩きなさい。あなたは、何も悪くないのだから」

「は、はい! ロザリンド様。ありがとうございます」


 彼が去った後、私は自分が彼に言った台詞を思い出して急に虚しくなった。


「胸を張って歩きなさい……か。私がそんなこと言う資格はないと言うのに。なぜ咄嗟にあんなことを言ってしまったのだろう」


 はぁと一つため息をつく。 

 私はここで、第三王子ダース様の存在を思い出した。


「ダース様……! これはその……ってあれ?」


 ダース王子はいつのまにかどこかへ行ってしまっていた。

 いじめがあったというのに助けないでどこかへいくなんて。

 意外と薄情な人なのかしら。


 先ほどの場面を彼が見ていないことを祈るしかない。

 皆に知れ渡れば面倒なことになる。

 私はあくまで悪女でいるつもりだ。それが、自分の人生の償いなのだから。

 今更、善人だと言われるつもりはない。そんなこと神が許さないだろう。


 私は気を取り直して、制服の乱れを正した。


「そろそろ入学式ね。その後で、私はマーガレットと接触すると。さて、行かなくては」



 ***



 ティターニウス学院の華やかな入学式が始まった。新入生は全員で五十名。過去一番の生徒数だと理事長は誇らしそうに挨拶を述べる。次に上級生歓迎の言葉に入り、はい!と聞き慣れた声が場内に響いた。


 あぁ。やはり誰よりも輝いておられる。


 金髪碧眼の爽やかな私の光。


 オデュロー国の王子の中の王子。


 アンジェロ・マイケル・フォン・ガディア。


 皇太子アンジェロ様だ。


「新入生の諸君! ここティターニウス学院へようこそ! まだ右も左もわからないことが多いだろうが、我々上級生がしっかりと君たちをサポートしていきたいと思っている。私はこの国の王子だが、この学舎では同じ生徒だ。ともに、学園生活を謳歌しよう!」


 歓迎の言葉が頭に入ってこない。

 もう見られないと思っていた彼を、生き生きとした彼をもう一度見ることができたのだ。


 自然と涙が流れてしまい、私はそれを急いで拭う。


 アンジェロ様。

 次こそはあなたを死なせはしない。

 絶対に幸せにして見せます。

 必ず。この命に変えても。



 いつのまにかアンジェロ様の歓迎の挨拶が終わり、入学式が終了した。


 その後、新入生達は食堂で会食した後に解散となる。


 その際に、マーガレットと接触しなければ。

 このチャンスを逃しはしない。


 会食時は流石に取り巻き達を無視するわけにはいかない。

 私を裏切るとわかっている分、怒りで心臓が破けそうだった。


 彼女達は絶対に信用できない。


「ロザリンド様。ご一緒に昼食を召し上がってもよろしいですか?」

「ロザリンド様、今までどこにおられたの?」

「ねぇ、あの方の髪型ご覧になった? 恥ずかしくないのかしら。それにあのおどおどした感じなんなのぉ? イライラするわ」


 取り巻きが嘲笑しながら見ている方向、それは気弱そうに食堂を歩く一人の女生徒だった。

 私は反射的に立ち上がり、彼女を見た。


 控えめにしか手入れされていない栗色の柔らかい髪。

 タレ目で薄い緑色の瞳。

 不健康そうな白い肌に、貧相な細い体。

 おっとりとした、鈍臭そうな雰囲気を醸し出したオーラ。


 間違いない。


 マーガレット・ジャン・フェードルスだ。


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