「あなた達の身分だってそんな大したことではないのに。私にとっては同じにみえますわ」
いじめていた男子生徒が私を見てチッと舌打ちし、わざとらしくお辞儀をした。
「これはこれはマリーティム公爵家の……これは私たちの問題です。あなたには関係ありませんので」
「そこのあなた」
私は、いじめられていたひ弱そうな男子生徒を指し、わざと意地の悪い顔で言った。
「私の僕にするわ」
「え?」
いじめていた男子生徒たちが反論した。
「あなたには関係ないと言っている……!」
「身の程をわきまえろと言ったのはあなた達でしょ。それなら、言っておくわ。身の程を知りなさい。私に逆らうことは、マリーティム公爵家に逆らうのと同じ」
それから私はとびきりの悪い顔をさせて言い放つ。
そう、悪女らしい、以前のロザリンド・フォン・マリーティムのように。
「それならあなた達が私の僕になってくださる?」
この場にいた生徒達の顔がサッと青ざめた。ロザリンドの僕になること、それはすなはち辛くてきつく、退学でもしたくなるほどの学園生活になることを意味する。
それくらい誰もが承知のことだろう。
「こんなやつくらいいつでも差し出しますよ。ほら、行こうぜ」
いじめていた男子生徒達は駆け足で校舎裏から逃げていく。いじめられていた男子生徒は膝から崩れ落ち、ガクガクと肩を震わせていた。私はふっとため息をついた。
「貧弱そうなあなたが、私を楽しませられると思って?」
「では……」
「私の気が変わらないうちに早く立ち去りなさい」
「あ、ありがとうございます!」
「そうだ。あなた……!」
私は彼を引き留めた。
「もっと胸を張って歩きなさい。あなたは、何も悪くないのだから」
「は、はい! ロザリンド様。ありがとうございます」
彼が去った後、私は自分が彼に言った台詞を思い出して急に虚しくなった。
「胸を張って歩きなさい……か。私がそんなこと言う資格はないと言うのに。なぜ咄嗟にあんなことを言ってしまったのだろう」
はぁと一つため息をつく。
私はここで、第三王子ダース様の存在を思い出した。
「ダース様……! これはその……ってあれ?」
ダース王子はいつのまにかどこかへ行ってしまっていた。
いじめがあったというのに助けないでどこかへいくなんて。
意外と薄情な人なのかしら。
先ほどの場面を彼が見ていないことを祈るしかない。
皆に知れ渡れば面倒なことになる。
私はあくまで悪女でいるつもりだ。それが、自分の人生の償いなのだから。
今更、善人だと言われるつもりはない。そんなこと神が許さないだろう。
私は気を取り直して、制服の乱れを正した。
「そろそろ入学式ね。その後で、私はマーガレットと接触すると。さて、行かなくては」
***
ティターニウス学院の華やかな入学式が始まった。新入生は全員で五十名。過去一番の生徒数だと理事長は誇らしそうに挨拶を述べる。次に上級生歓迎の言葉に入り、はい!と聞き慣れた声が場内に響いた。
あぁ。やはり誰よりも輝いておられる。
金髪碧眼の爽やかな私の光。
オデュロー国の王子の中の王子。
アンジェロ・マイケル・フォン・ガディア。
皇太子アンジェロ様だ。
「新入生の諸君! ここティターニウス学院へようこそ! まだ右も左もわからないことが多いだろうが、我々上級生がしっかりと君たちをサポートしていきたいと思っている。私はこの国の王子だが、この学舎では同じ生徒だ。ともに、学園生活を謳歌しよう!」
歓迎の言葉が頭に入ってこない。
もう見られないと思っていた彼を、生き生きとした彼をもう一度見ることができたのだ。
自然と涙が流れてしまい、私はそれを急いで拭う。
アンジェロ様。
次こそはあなたを死なせはしない。
絶対に幸せにして見せます。
必ず。この命に変えても。
いつのまにかアンジェロ様の歓迎の挨拶が終わり、入学式が終了した。
その後、新入生達は食堂で会食した後に解散となる。
その際に、マーガレットと接触しなければ。
このチャンスを逃しはしない。
会食時は流石に取り巻き達を無視するわけにはいかない。
私を裏切るとわかっている分、怒りで心臓が破けそうだった。
彼女達は絶対に信用できない。
「ロザリンド様。ご一緒に昼食を召し上がってもよろしいですか?」
「ロザリンド様、今までどこにおられたの?」
「ねぇ、あの方の髪型ご覧になった? 恥ずかしくないのかしら。それにあのおどおどした感じなんなのぉ? イライラするわ」
取り巻きが嘲笑しながら見ている方向、それは気弱そうに食堂を歩く一人の女生徒だった。
私は反射的に立ち上がり、彼女を見た。
控えめにしか手入れされていない栗色の柔らかい髪。
タレ目で薄い緑色の瞳。
不健康そうな白い肌に、貧相な細い体。
おっとりとした、鈍臭そうな雰囲気を醸し出したオーラ。
間違いない。
マーガレット・ジャン・フェードルスだ。