馬車をひたすら走らせて、ティターニウス学院に到着した。
新しい制服を着た生徒達がこぞって校門を通っていく。私は近くに馬車を停めると、侍女のカシスが急いで鞄を用意する。
「ありがとう」
ありがとうと言われたことに驚いたのか、カシスは顔を赤らめた。
「いってらっしゃいませ。お嬢様」
「それとカシス」
「はい?」
「初めは自宅から学校に通おうと思っていたけど、気が変わったわ。ここで寮生活を送るように学校側に申請します。申請が下りたら、荷物を運ぶのを手伝ってくれる? あの家には当分帰らないつもりだから」
マーガレットはたしか寮生活を送っていた。それに、アンジェロ様も。自炊力をつけるためだとおっしゃっていたような気がする。私の屋敷からここまではギリギリ寮に入れる区域。できるだけあの二人の行動を把握しておかねば。
それに、お父様に会うこともない。
「かしこまりました。お嬢様」
私はカシスから渡された鞄を持って、校門へと歩いた。
「見て! ロザリンド様よ!」「ロザリンド様だわ。なんてお美しいの」「ロザリンド様! おはようございます!」
校門にいた新入生達が私に道を開けて挨拶をする。
あぁ、なぜ今まで気づかなかったのだろう。
目でわかる。皆のこの盛大な挨拶は、私に意地悪されないためにしているのだ。
由緒正しい公爵家だから、私が美しいから、人気があるからこの扱いは当然だと思っていた。
今思うと、とんでもなく恥ずかしい!
「美しい赤い花のよう……!」
紅色の力強い髪、はっとするほど鮮やかな金色の瞳。
美しい赤い花だとお父様から言われて、それからその言葉が私への褒め言葉になっていった。
でも、今はその名前でさへ恥を感じてしまう。
昔の自分を象徴する愚かな赤い花。
向こうから、私によく取り巻いていた令嬢達が近づいてくる。
エーミル、アラーナ、リリシア。そう、私がマーガレットに毒を盛ったと嘘の証言をした、あの子達だ。
悪い芽は早めに摘んでおきたいが、今は入学式が始まるまでどこか人気のないところに避難したい。
一人になりたい。
恥ずかしさと哀しさで押しつぶされる前に。
私は校舎裏に逃げることにした。
そこは綺麗に手入れされた芝生が敷かれており、花壇には春を知らせる花々が咲いていた。
「ここならゆっくりくつろげるわね」
柔らかい芝生に腰を下ろして、ゴロンと仰向けになる。
空は春らしい霞がかかっており、風はそよそよとそよいでいる。
穏やかな風がなんとも心地よい。
「ずっとこの暖かい風に包まれていられたら……なんて、そんなことできるわけないか。だって私は、オデュロー国最悪の悪女なんだから」
高貴なご令嬢が行気悪く芝生に寝転ぶなどと噂されるかもしれないが、少しだけこの春の暖かさを感じたい。
生きていると、感じたいのだ。
だがそれは、落ち着いた低い声の持ち主に邪魔されてしまう。
「おや、先約がいたのか」
私は急いで身を起こした。
深い緑色の髪を一つに結び、切れ長の目に透き通った空色の瞳。
血の気が良い肌にがっしりとした体格。
私はこの人を知っていた。
「ダース様!?」
「君は、マリーティム公爵家のロザリンドだね? なんでこんなところに」
私はこの場を去るための台詞を考えに考えた。
オデュロー国第三王子、ダース・ディミトリ・ウォル・ガディア様。
私と同年齢の、アンジェロ様とカデオの末の弟。
上の兄達に比べると影が薄く、自分の中では穏やかで優しい方くらいしかわからない。彼とは特に接点もなければ、話すこともあまりなかった。
とにかく面倒なことになる前に、ここを上手におさめなくては。
「ダース様! 私をご存じだったとは光栄です。改めてご挨拶を。ロザリンド・フォン・マリーティムですわ。ロザリンドとお呼びください。ダース様もティターニウス学院にご入学だとは本当に嬉しい限り……これからよろしくお願い致しますわ。では、私はこの辺で」
「マリーティム公爵令嬢。質問に答えてないよ」
ダース様はこの場から立ち去ろうとする私の腕を掴む。
空色の瞳が興味津々でじっとこちらを見つめていた。
「かの由緒正しいマリーティム公爵家のご令嬢が、まさか大胆にも日向ぼっこをしていたのかい? 地面に何も敷かずに?」
「こ、これはその……」
苦しい言い訳を言おうとしたその時、芝生の向こう側で男子生徒達の声が聞こえた。
「お願いします! どうかご勘弁ください」
「古い家柄だって言われているが、所詮傾きつつある没落貴族よ。お前は今日から我々の僕だ。逆らうことは許されないぞ」
「僕はひっそりと、静かに穏やかに学校生活を送りたいだけなんです。お願いします。見逃してください」
「身の程をわきまえろ! お前の人生は今日から俺たちが決めてやる」
「そんな!」
貴族達のよくある家柄いじめだ。
以前の私が見たらきっと、家柄が悪い方が悪いと言ってこの場を助ける気すらないだろう。
確かにここで助けるようなことをすれば、悪女ロザリンドらしくもない。
だが今の私は、昔とは違う。
ただ悪女らしい振る舞いを忘れてはいけない。
いや、悪女らしいじゃない。忘れるなロザリンド。
私は悪女だ。
人間の本質は変わらない。
それだけは肝に銘じるのだ。