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第1章 第5話 逆行転生


 いつまで眠っていたのだろうか。

 体全体が暖かくて心地よい。こんな感覚は久しぶりだ。

 私は重たい瞼をゆっくりと持ち上げた。


 何度も見た天井に、好みの香水の香り。

 馴染みのあるカーテンに、朝日の差し込むいつもの光。


「私の、部屋?」


 私は勢いよく起き上がった。

 サイガーダから戻ってきたの!?


 いや、明らかに何かがおかしい。

 霜焼けの後も、殴られた跡も全くない。

 艶々とした血色のいい肌の感じ。さっきまで極寒の地にいたとは思えない健康的な体。


「お嬢様? お目覚めでしょうか。お部屋に入ってもよろしいですか?」


 長く私のお世話をしていた侍女が、扉をノックした。

 私は侍女を部屋に通した。

 侍女は私と目を合わせずに、深々とお辞儀をした。


「おはようございます。ロザリンドお嬢様」

「ねぇ、あの……今日は何年の何日なの?」


 侍女は少し驚き、びくつきながら答えた。


「今日はティターニウス学院の入学の日でございます」

「入学……!?」


 ティターニウス学院の入学式なんて三年前のことだ。


「ほ、本当に? 嘘はついていないわよね?」


 侍女はさらに顔を青ざめて、訴えるように返した。


「嘘なんてとんでもございません! 今日は美しいロザリンドお嬢様の入学式! 準備は全て完璧です」


 彼女が嘘をついているとは思えない。

 それなら、本当に今日はティターニウス学院の入学の日なのだろう。



 ということは、


 私は過去に戻ったのか!



「来世どころか、過去に戻ってしまうなんて。これはまさか、神様の悪戯……」


 神が言っているんだ。


 もう一度チャンスをやるから、償えと。


 自分が悪人だと認めたなら、誓えと。


 わかってるだろう、ロザリンド。


 お前に宿命を与える。


 次こそは彼らを幸せにしてみせろと。


 私はベッドから降りて、背筋を伸ばした。

 そして、カーテンを勢いよく開いて、窓を開ける。


「神様。誓います。次こそは彼らを、幸せにしてみせます。そして、サイガーダにいるお母様。必ずそちらへ向かいます。だから待っていてください」


 私は気を取り直して、侍女に声をかける。


「あなた」


 侍女は必死な顔で返事をする。肩が上がって、少し小刻みに震えていた。

 無理もない。今までの私はこの侍女に無理難題を突きつけて、できなければ鞭で叩いて罰していたのだ。

 名前も知らないこの侍女に。


「名前は何て言うの?」

「え……あ、カシスと申します」

「では、カシス。ティターニウス学院へ行きます。もう下がっていいから。準備ができたら声をかけるわ。その時は馬車をお願い」

「あの、お召し物の準備を……」

「自分でできるから大丈夫よ」


 侍女のカシスは驚きの連続で口をポカンと開けていたが、すぐに我に返って深々とお辞儀をすると部屋を出ていった。サイガーダの塔で身の回りのことは全てできるようになった。これからは、一人でも生きていけるようにやっていかなければ。


 クローゼットに入っている新品の制服を取り出し着替える。髪は櫛でさっととかした。今まではアクセサリーを選ぶことに時間と労力を使っていたが、もうそんなことに時間は費やさない。それよりも、今までのティターニウス学院での出来事を思い出さなくては。


 ティターニウス学院。

 優れた名のある騎士や、偉大な魔術師、聡明な聖女などを多く輩出している名門校で、能力を持つ選ばれた貴族だけが集うことができる。17歳から入ることができ、19歳を迎えると卒業となる。私は今日からその学院に入るのだ。


 もちろん、そこにはマーガレットも入学してくる。

 この時皇太子アンジェロ様は19歳、第二王子のカデオは18歳。

 彼らはすでにティターニウス学院の上級生だ。


 たしか入学式から私はマーガレットをいじめていた。素朴さそのものの彼女と同じ貴族だと思いたくなかったからだ。今となっては身分などどうでもいいと思っているが、あの時の私は、小さい地方の伯爵令嬢の出であれば、田舎に帰れと言ったような気がする。その時に、アンジェロ様が仲裁に入ったのだ。


 マーガレットとアンジェロ様はここで初めて出会っている。


 このルートは特に問題がなさそうだ。

 今まで通り、彼女をいじめてアンジェロ様に仲裁に入ってもらおう。


 身支度が終わり、軽く朝食を取ると、馬車に乗り込む。

 太陽の光がこんなにも眩しいとは。


 ここから私の人生のリスタートが始まる。


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