いつまで眠っていたのだろうか。
体全体が暖かくて心地よい。こんな感覚は久しぶりだ。
私は重たい瞼をゆっくりと持ち上げた。
何度も見た天井に、好みの香水の香り。
馴染みのあるカーテンに、朝日の差し込むいつもの光。
「私の、部屋?」
私は勢いよく起き上がった。
サイガーダから戻ってきたの!?
いや、明らかに何かがおかしい。
霜焼けの後も、殴られた跡も全くない。
艶々とした血色のいい肌の感じ。さっきまで極寒の地にいたとは思えない健康的な体。
「お嬢様? お目覚めでしょうか。お部屋に入ってもよろしいですか?」
長く私のお世話をしていた侍女が、扉をノックした。
私は侍女を部屋に通した。
侍女は私と目を合わせずに、深々とお辞儀をした。
「おはようございます。ロザリンドお嬢様」
「ねぇ、あの……今日は何年の何日なの?」
侍女は少し驚き、びくつきながら答えた。
「今日はティターニウス学院の入学の日でございます」
「入学……!?」
ティターニウス学院の入学式なんて三年前のことだ。
「ほ、本当に? 嘘はついていないわよね?」
侍女はさらに顔を青ざめて、訴えるように返した。
「嘘なんてとんでもございません! 今日は美しいロザリンドお嬢様の入学式! 準備は全て完璧です」
彼女が嘘をついているとは思えない。
それなら、本当に今日はティターニウス学院の入学の日なのだろう。
ということは、
私は過去に戻ったのか!
「来世どころか、過去に戻ってしまうなんて。これはまさか、神様の悪戯……」
神が言っているんだ。
もう一度チャンスをやるから、償えと。
自分が悪人だと認めたなら、誓えと。
わかってるだろう、ロザリンド。
お前に宿命を与える。
次こそは彼らを幸せにしてみせろと。
私はベッドから降りて、背筋を伸ばした。
そして、カーテンを勢いよく開いて、窓を開ける。
「神様。誓います。次こそは彼らを、幸せにしてみせます。そして、サイガーダにいるお母様。必ずそちらへ向かいます。だから待っていてください」
私は気を取り直して、侍女に声をかける。
「あなた」
侍女は必死な顔で返事をする。肩が上がって、少し小刻みに震えていた。
無理もない。今までの私はこの侍女に無理難題を突きつけて、できなければ鞭で叩いて罰していたのだ。
名前も知らないこの侍女に。
「名前は何て言うの?」
「え……あ、カシスと申します」
「では、カシス。ティターニウス学院へ行きます。もう下がっていいから。準備ができたら声をかけるわ。その時は馬車をお願い」
「あの、お召し物の準備を……」
「自分でできるから大丈夫よ」
侍女のカシスは驚きの連続で口をポカンと開けていたが、すぐに我に返って深々とお辞儀をすると部屋を出ていった。サイガーダの塔で身の回りのことは全てできるようになった。これからは、一人でも生きていけるようにやっていかなければ。
クローゼットに入っている新品の制服を取り出し着替える。髪は櫛でさっととかした。今まではアクセサリーを選ぶことに時間と労力を使っていたが、もうそんなことに時間は費やさない。それよりも、今までのティターニウス学院での出来事を思い出さなくては。
ティターニウス学院。
優れた名のある騎士や、偉大な魔術師、聡明な聖女などを多く輩出している名門校で、能力を持つ選ばれた貴族だけが集うことができる。17歳から入ることができ、19歳を迎えると卒業となる。私は今日からその学院に入るのだ。
もちろん、そこにはマーガレットも入学してくる。
この時皇太子アンジェロ様は19歳、第二王子のカデオは18歳。
彼らはすでにティターニウス学院の上級生だ。
たしか入学式から私はマーガレットをいじめていた。素朴さそのものの彼女と同じ貴族だと思いたくなかったからだ。今となっては身分などどうでもいいと思っているが、あの時の私は、小さい地方の伯爵令嬢の出であれば、田舎に帰れと言ったような気がする。その時に、アンジェロ様が仲裁に入ったのだ。
マーガレットとアンジェロ様はここで初めて出会っている。
このルートは特に問題がなさそうだ。
今まで通り、彼女をいじめてアンジェロ様に仲裁に入ってもらおう。
身支度が終わり、軽く朝食を取ると、馬車に乗り込む。
太陽の光がこんなにも眩しいとは。
ここから私の人生のリスタートが始まる。