「先週の話だ。だんだんと顔色が悪くはなっていたが、まさか自分で命を絶たれるとは……」
「では、次の皇太子は……」
「そりゃ、順番的に第二王子のカデオ様に決まっているだろう。まぁ、あの方もよく出来たお方だから、きっと大丈夫だろうが、本当に悲惨な話だよ。お前も事の重大さを理解してここら辺で息絶えてくれねぇか。物をもってくるのも一苦労だからよ」
違う。アンジェロ様は、自害したんじゃない。きっとカデオに殺されたに違いないわ。
カデオが私に耳打ちした言葉を思い出した。
ー大業を成すための生贄になってくれー
「アンジェロ様が自害なんてしない。カデオがアンジェロ様を殺した……きっとそうよ」
「お前! 全然反省しちゃいねぇようだな!」
男は私の髪を引っ張ると、頬を引っ叩いた。体力の限界に来ていた私は床に勢いよく倒れる。
その後も男は、私の体を何度も何度も蹴り続けた。
「このやろっこのやろっ! お前のせいでアンジェロ様もマーガレット様も死んだんだ! そのまま死んでしまえ! この魔女! 悪女!」
「やめて! 手を出さないで!」
アリッサが木製の椅子を持ち上げて男の後頭部を殴る。しかし、ひ弱な彼女の力では致命傷を与えることはできない。男の怒りを煽るだけになってしまった。
「やりやがったなこの女!」
今度は男はアリッサを押し倒し、馬乗りになって殴り続ける。
「やめて! やめなさい! これは命令よ!」
私がいくら言っても、男は殴るのをやめなかった。
「やめて! お願いやめてよ!」
しばらくして男は満足したのか、アリッサを解放した。
「ちぃっとやりすぎたか。しかしまぁ良かったじゃねぇかアリッサ。最期に自分の娘に会うことができてよぉ」
自分の娘……?
この男は何を言っているの?
「自分の娘……?」
「おっと、うっかり口を滑らせてしまった。まぁいいか。そうさ。アリッサはお前の本当の母親なんだよ。旦那様がこの塔に送るようにオデュロー王にお願いしたそうだ。旦那様はなんと慈悲深いお方だ。悪いことばっかしていたお前を本当の母親に会わせてやるなんてな」
私は虫の息になったボロボロのアリッサを見た。
「お母様……?」
「ロザリー。私の、私の愛しの娘……」
「あぁ。そんな! あなたが母親だなんて!」
私は無我夢中で駆け寄り、ひたすらに殴られたアリッサの顔を必死に撫でる。
「旦那様との間にあなたが生まれてから私はお金を盗んだと根も葉もない罪に問われてサイガーダへ送られたの。でも良かった。こうしてあなたのそばにいることができたのだから」
「何ってるのよ、あの男が言ってたの聞いてた!? 私はオデュロー国一の悪女なの。皆に意地悪したり、酷いことばかりしてきた悪い女なのよ。人を誤って殺した愚かな女なの! こんな娘、恥ずかしいったらないでしょう!? 産まなきゃ良かったって思うでしょう!?」
泣きじゃくりながら叫んでいると、アリッサの手がゆっくりと私の頬に触れる。
「そんなこと一度も思ったことないわ。あぁ、ロザリー、悪い子ね……次は、次はいい子にできる?」
「うん。いい子になる。いい子になるからお願い死なないで」
「愛しのロザリー。私はいつだってあなたの味方よ。もっとたくさんお話したり、お世話をしてあげたかった。この極寒の地で必死に生きてきて良かった。本当に良かった」
「死なないで! 私のそばにいて! 私にはあなたしかいないのに!」
「来世も、あなたの母親でいさせてね。そして今度はずっと……一緒に……」
アリッサの手がパタリと床に倒れる。
心臓に耳を当てたが、再び動くことはなかった。
「アリッサ……! お母様――!」
私はアリッサを優しく横たわらせて、こっそりと部屋から出ようとしている男に向かって叫んだ。
「よくも……よくも!」
男はふっと嘲笑って荷を下ろし、指を鳴らす。
「なんだよやんのか。せっかく見逃してやろうと思ったのによ。植物が育たないこの地でお前は能力無しの俺と同じだぜ。勝てると思ってんのか?」
「それでもいい。お母様の敵をここで討つ!」
誰が見ても勝敗は目に見えていた。
男はボロ雑巾のようになった私に唾を吐いた後、塔から出ていった。
どうやら肋骨が折れたらしい。
すごく痛いはずなのに、意識がぼんやりとするせいかあまり感じない。
私は床に這いつくばって、どうにかアリッサの手を握ることができた。
「なぜ自分がこんな目に合わなくてはならないのか。はじめはそうと思っていた。絶対に皆に報復すると言い、自分の行いを改めることさへもしなかった。アリッサ。あなたに会って変わった。自分の行いを思い返せば、この仕打ちは当然だって気づいたの」
そう、私の素行の悪さが不幸の歯車を回してしまったんだ。
もっと早くに自分の行いを改められたら、あんなことに利用されることはなかったはず。
私が吐き戻し草を入れようと思わなければ、悪いことを思いつかなければ。
そしたらマーガレットも、アンジェロ様も、アリッサも死ぬことはなかったのだろう。
だがそんなことを考えていても、もうなにもかも遅い。
私のせいで、三人は死んでしまったのだ。
だが今、私が改心したところで、何も始まらない。終わりへのカウントダウンがすぐそこに迫ってきている。
こんな悲惨な終わりを迎えるくらいなら、彼とマーガレットが結ばれて幸せになってる方が良かった。
そして私はサイガーダへ行ってアリッサを解放し、二人でどこか穏やかなところで暮らす。
これで皆ハッピーエンドだ。
今だからそう思える。
心から彼らの幸せを想うことができる。
もう今更……本当に今更だけど……。
「神様。善人の彼らは天国、悪人の私は地獄へ行くのでしょう?お願い。私に来世があるのなら次はいい子になる。だから、次こそはこんな悲惨な終わりにしないで……次こそは……」
私は瞼が次第に重くなり、ここで意識を失った。