牢獄に差し込む月明かりが唯一の光だった。
部屋の隅で膝を抱えて項垂れていると、牢の外からカデオ王子がやってきた。
金色のセミロングの髪を一つに結び、あごはスッと鋭く、目はやや垂れている。アンジェロ様のもつサファイアの瞳とは違う瑠璃色の瞳には深みがあり、気をつけていないと引き込まれてしまいそうになる。
「可哀想なレディ・ロザリンド。誰も面会に来てくれないなんて」
「聖人君主ともあろうカデオ様が一体ここへ何のご用なの? 私を助けてくださるとか?」
カデオ様は二人だけにするように衛兵たちに目配せをする。それから彼は私に近づくように手招きをした。
私がおそるおそる近づくと、カデオ様は私の腕を引っ張り耳元で囁く。
「ロザリンド。君を助けてくれる人はいない。これは全て君の悪行から招いたことだ。君のせいでもあるんだよ。だからせめて、私のための、大業を成すための生贄になってくれ」
ここで私は、カデオ様の策略に巻き込まれたのだと確信した。
「誰か、誰かいないの! この人よ! カデオ王子がマーガレットを殺した! 犯人は彼よ! あの三人と騎士をうまく抱き込んで私を陥れた。誰か!!」
カデオ様は私から離れるとやれやれという風に肩をすくめた。
「ご乱心のようだ。無理もない。君は孤独にあの紅蓮地獄へ連行されるんだ。いや、もともと独りぼっちだったか」
「カデオ! 覚えていなさい! 必ずあなたに復讐するわ」
「さようなら。ロザリンド。哀れな赤い花」
カデオはひらひらと右手を振って去っていく。私は彼の背中を目に焼き付けた。
許さない。
許さない。
私を裏切った者も。
陥れた者も全て地獄へ送ってやるんだから!
***
サイガーダ。人が住むところではないと言われるほどの極寒の地故に、紅蓮地獄と例えられた国。
その例えの通り、辺りは銀世界が広がっており、吹雪いていない時はない。
その森の奥の塔で私は幽閉された。暖炉に火がついているにも関わらず、あまりの寒さに身体中霜焼けができ、凍死するのではと寝るのが怖かった。
塔には管理人がいて、私の世話係にもなっている。彼女の名前はアリッサ。昔、私の屋敷で皿洗いをしていたそうで、他人のお金をくすねたらしく、このサイガーダへ送られたそうだ。年齢は四十代くらいで、顔はやつれて痩せ細っており、今にも倒れそうな体をしていた。この塔に長いこと暮らしていることが奇跡に近いくらいだ。こんなところにいたら心まで凍って荒んでしまうに決まっている。
だが不思議なことに、彼女の目はサイガーダの夜空に輝く星々よりも明るく輝いていた。そしてどこにそんな元気があるのかわからないが、明るく積極的に私のお世話をしてくれた。
サイガーダに送られて絶望していた私は、怒りのままに部屋中の物を壊していった。いつもは鞭で誰かを叩くところだが、なぜかアリッサに手を出すことができなかった。そして彼女は黙って壊れたものを掃除し、私の背中をさする。冷たいはずの手なのに、どこか温かみを感じた。
会話をする相手はもちろん彼女しかおらず、私は自分が嵌められてここに連れてこられたんだとアリッサに説明した。話の間、彼女は黙って聞いており、時々目に涙を溜めていた。
「誰も私を助けてくれなかった。誰も信じてくれなかったのよ。あなたもどうせ、妄言だと思って心の中で笑ってるのでしょう?」
「ロザリンド様。私はあなたを信じます」
彼女は私の手をとって、温めるようにさする。
「触らないでよ。私は公爵家の娘よ。正妻の子ではないけれど……」
なぜか手を引っ込めることができない。
目頭が熱くなり、大粒の涙が次々と頬から落ちていく。
私はここでやっと泣くことができたのだ。
「大丈夫。大丈夫ですよ。ロザリンド様。この私がおりますから。あなたをひとりぼっちにはさせませんよ」
小さな子供に戻ったように私はわんわんと声を上げながら泣き、アリッサは私を優しく抱きしめた。
***
サイガーダへやってきてから三年。自分の身の回りのことは自分でやるようになり、心も次第に穏やかになっていった。これもアリッサのおかげなのか。こんな生活でも彼女がいるなら悪くないかもと少しばかり思うようになった。
だが、問題があるそれは物資が日に日に届かなくなってきたことだ。これでは二人とも飢え死にしてしまう。そう心配していたある日、暖かそうな毛皮を着た男が物資をもってきた。
「なんだよ。お前らまだ生きてやがったのか」
男は食材が入っている汚い袋を床に投げる。アリッサは怒っていた。
「来るのが遅いじゃない。ロザリンド様が飢え死にしたらどうするつもり?」
「パレードでも開くかな。そうだ、ロザリンド。お前にとってめでたいことがあるぜ。オデュロー国最悪の悪女にお前の名前があがったんだ。なぜかわかるか? お前がマーガレット様を殺したせいで、皇太子アンジェロ様が自害されたんだよ」
アンジェロ様が……自害……?