私は恐怖のあまり、持っていたフルートグラスを床に落とした。
息ができないのか、彼女は両手で自分の首を絞め、陸に上がった魚のように口をパクパクと動かしていた。痛みもあるのか呻き声を上げて床をのたうち回っている。人がもがき苦しむ姿はこうも惨たらしくて恐ろしいものなのか。
そうしてしばらく苦しみ続けた彼女、マーガレット・ジャン・フェードルスは息絶えた。
広間にいた貴族たちはワッと騒ぎ始める。
「通して! 通してくれ!」
皇太子アンジェロ様が真っ青な顔でマーガレットを抱き起こした。
「マーガレット! マーガレット!! なぜ、なぜこんなことに!」
今日はアンジェロ様の誕生をお祝いする日。おめでたいこの日が一瞬で悲劇へと変わるなんて。
周りがざわついている中、私の取り巻きのエーミルが私を指差して叫んだ。
「ロザリンド様よ! ロザリンド様がマーガレットの飲み物に毒を入れた!」
さらにアラーナがそうよ!と言う。
「さっきロザリンド様がマーガレットの飲み物に何か入れていたのを見たわ。本当よ! 私見たの!」
今度はリリシアがそれに続く。
「昨日ロザリンド様が、マーガレットを殺すと言ってたわ。まさか本当に毒を入れて殺すだなんて……」
私は焦って反論した。
「毒じゃないわ! ちょっと気分悪くさせようとしただけよ! 決して毒じゃ……」
マーガレットを抱きしめながら、アンジェロ様が怒りのままに叫ぶ。
「衛兵! ロザリンドを直ちに捕えよ! 真実がわかるまで牢獄に閉じ込めておくんだ!」
衛兵たちが私の両腕を掴む。
私は必死に抵抗した。
「違う! 毒じゃない! きっと誰かにはめられたのよ! 離して、私に触らないでちょうだい! 私を誰だと思っているの!? マリーティム公爵家の一人娘、ロザリンド・フォン・マリーティムよ!」
【なぜなら私は、悪女ですから】
この世界のどこを探しても見つからない美しい赤い花のようだと言われて育った。
貴重で高価な宝石に素敵なドレス。可愛らしいアクセサリーに靴に香水。
欲しいからものは必ず私の手の中に入っていく。
手に入らないものなんてない。
だから、アンジェロ様も絶対に私のものになる。
そう思っていた。
そう、思い上がっていた。
その考えがいけなかったと気づいた時にはもう全て遅かった。
「マリーティム公爵家の令嬢、ロザリンド・フォン・マリーティム! フェードルス伯爵家の令嬢、皇太子アンジェロ様の婚約者であるマーガレット様の毒殺を図った。これは非常に悪質で非道な行為であるぞ!」
私は薄汚れた囚人服を着せられて王の待つ「不死鳥の間」で跪く。
大臣が厳しい口調で私に言う。
「罪を認めよ! ロザリンド!」
「私はそんなことしていない! マーガレットを殺してなどいませんわ!」
懸命に否定している中、大臣が懐から植物を取り出した。
「これがお前の部屋から見つかった。これは他枯草という猛毒の植物。この毒草をマーガレット様の飲み物に入れたんだな」
「違います! よく似ていますが、私が入れたのは別の植物です! 吐き戻し草という誤飲した時の薬に使われる植物を入れたのですわ」
「なぜそんなものを彼女の飲み物に入れた!」
「それは……マーガレットがアンジェロ様の婚約者になることが許せなかったのです。少し気分を悪くさせて皆の前で恥をかけばいいと思っただけで、殺すつもりはなかった。ただの可愛いイタズラでしょう? それに殺してしまえば、こちらが不利になるのは目に見えていますわ」
大臣たちの軽蔑の眼差しが突き刺さる。話をしている大臣はさらに言葉を発した。
「他のご息女たちはそうは言っていなかったぞ。もう一度証言してもらおう。三人を前へ」
大臣は右手を上げて、私の取り巻きエーミル、アラーナ、リリシアを呼んだ。
「マリーティム公爵令嬢は、皇太子の誕生日パーティーの前日にフェードルス伯爵令嬢を殺すと言っていた。本当かね?」
「私はそんなこと言っておりません! そうでしょ? あなたたち!」
三人は目配せをして、同時にうなづいた。
「そうです! 間違いありません! ロザリンド様がその毒草をマーガレット様の飲み物に入れていたのを私たち見ましたわ! そして前日、マーガレット様を殺すとおっしゃっていました。私たち三人ともそれを見て、そして聞いております!」
「な……!」
彼女たちは私に目を合わせることなく大臣たちに向かってペラペラとあることないこと喋る。私は負けじと言い返した。
「彼女たちが口裏を合わせて嘘を言っているわ! それに毒草だって彼女たちの誰かがすり替えてもおかしくないじゃない!」
不死鳥の間がシーンと静まり返る。
すると後ろから、オデュロー国第二王子カデオ様と一人の騎士が颯爽と現れた。
「君が嘘を言っているか調べてあげよう、ロザリンド令嬢」
カデオ様がそう言うと、騎士の肩を掴む。
「彼はね、嘘を見抜く能力を持っているんだ。それで彼女が嘘をついているか調べれば話は早いだろう?」
オデュロー国の聖人君主と謳われるカデオ様ならきっと私を助けてくださる!
私は、ほっと安堵してその騎士に手招きをした。
「早くしてよ! 私がやってないって早く皆の前で証明して! さぁ、早く」
騎士は私の額に手を翳して、緑色の光を放った。
あぁ、これで全て一件落着だわ。
誕生日パーティーの時といい、とんでもないことを言っていたあの子たちは後で痛い目に合わせてあげるんだから……。
カデオ様が少し不安そうな顔で騎士に尋ねる。
騎士は、ゆっくりと首を縦に振った。