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魔法のマフラー
ツキノ マコト
文芸・その他ショートショート
2024年11月28日
公開日
3,310文字
完結
俺が買った安物のマフラーは、実は「魔法のマフラー」で、人の本音が聞こえるという。
そんな馬鹿なと思って友人に確かめてみると、頭の中に声が聞こえてきて……。

魔法のマフラー

 ある日の放課後のこと。

 学校帰りに一人で近所の商店街を歩いていたら、見覚えのない小さな店が建っていた。看板を見るとブティックだ。開店したばかりの店のようだった。俺はきまぐれに店内を覗いてみることにした。

「いらっしゃいませ」

 店内に入ると、奥から白髪のじいさんが出てきた。多分、ここの店主だろう。

 狭い店内を見て回っていると、きれいな赤いマフラーを見つけた。俺は、それを一目で気に入った。

 じいさんに値段を聞いてみて、ビックリした。安い。中学生の俺がいま持っているお金で買えてしまう金額だ。

「買います!」

 俺は即決した。

「ありがとうございます」

 じいさんはマフラーを包装紙に包みながら、俺に言う。

「このマフラーは、魔法のマフラーなんですよ」

「え、魔法のマフラー?」

「これを首に巻いてね、毛先をこするんですよ」

 じいさんはマフラーの毛先を指でつまんで、キュッキュッと二回、こすってみせた。

「そうするとね、あなたの目の前にいる人が、あなたのことを好きか嫌いか、本音が聞こえてしまうんだな」

 なんだそれ。馬鹿馬鹿しい。じいさん、子どもだましのつまらない冗談を言ってるな。

 俺は適当に聞き流して、店を出た。


 翌日。早速、そのマフラーを巻いて登校した。

 教室に入るとすぐに、友人のタカが声をかけて来た。

「おっ、アイト。それ、新しく買ったやつか?」

 さすが、おしゃれ番長のタカ。目ざといやつだ。

「まぁな。安物だけど」

 俺は自慢したい気持ちを隠して、さりげなく答えた。

 その時、ふと、昨日のことを思い出す。

 そういえば、あの店のじいさん、妙なことを言っていたな。

 このマフラーは魔法のマフラーで、相手が自分のことを好きか嫌いかわかるとか何とか。

 そんな話、俺は信じない。信じないけれど……。

 ちょっとだけ試してみたくなった。

 俺はマフラーの毛先を指でつまんで、キュッキュッと二回、こすってみた。

 しばらく待ったが、何も起こらない。

 そりゃそうだよな。当たり前か。

 だが、次の瞬間。

 突然、タカの声がボワーンと頭の中に聞こえてきた。


(アイトのこと、一番大事な親友だと思ってるぜ)


 俺は弾かれたようにタカを見る。

 目の前のタカの口は、動いていない。

「ん、アイト、どうかした?」

「あ、いや、何でもない」

 俺はあわてて手を横に振った。

 もしかして、これがマフラーの魔法?

 いまのは、タカの「本音」が聞こえてきたのか?

 ってことは、店主のじいさんが言っていたことは本当だったんだ! 

 その日、俺は興奮しっぱなしで、授業なんてほとんど耳に入らず、あっという間に下校時刻になった。

 教室を出ようとすると、クラスメイトのサトウとカトウに声を掛けられた。

「アイト、これからうちで一緒にゲームしないか?」

 どうしようかなと考えながら、何気なくマフラーの毛先に触ると、また、さっきと同じような声が聞こえてきた。


(アイトって生意気でムカつくよね)

(うん。あいつウザいよな)


 おーっと、そうかい。それがお前らの本音かよ。

 俺は無言でサトウたちから離れた。

「どうした、アイト?」

「いや、何でもない。俺、今日は先に帰るわ」

 二人の返事も待たず、俺はその場を去った。

 残念だな。あいつらは友だちだと思っていたんだけどな。


 次の日。

 俺は授業中もマフラーを外さず、密かに片想い中のエリナを盗み見ていた。

 以前から、エリナの気持ちを知りたいと思っていた。

 このマフラーの魔法を使えば、それがわかる。

 もし、望まない結果が出たらどうしよう。たぶん、ヘコむ。

 それでも、やっぱり知りたい。

 俺は意を決し、エリナを見つめたままマフラーの毛先をこすった。


(アイトって性格悪そう。あんなやつ、彼氏にしたくないな)


 ああっ、ダメだった!

 俺はショックで、机に突っ伏した。

「おーい、アイト。教室内ではマフラーを取れ」

 いつの間にか、担任のヤマダ先生が目の前に立っていた。

「あ、はい、すみません」

 素直に謝ってマフラーを取ろうとしたその時、無意識に指が毛先に触れた。


(まったく、アイトは可愛げのない生徒だ。好きになれないよ)


 えー、まじか。俺、ヤマダ先生にも嫌われていたのか。

 俺、けっこういろんな人に嫌われてたんだな。

 よし、こうなったら、とことん確かめてやるよ!

 昼休み、俺はクラスの一人一人に魔法を使ってみた。

 マフラーをキツめに巻き、毛先を力いっぱいこすりながら、一人一人、順番に顔を眺めていった。


(アイト君、苦手。話しづらいし)


(アイト? んー、何か嫌な感じだよね)


(アイトって嫌い。頭悪そうだし)


 えーっ、嘘だろ?

 嫌い。嫌い。嫌い嫌い嫌い。

 クラスの全員から、俺は嫌われていた。

 え、マジで? こんなことってあるの?

 俺が呆然としていると、タカが怪訝な表情で近付いて来た。

「アイト、どうしたんだよ。顔色悪いぞ?」

「ごめん、体調悪い。今日は早退する」

 俺はそれだけ言って、教室を飛び出した。


(アイト、心配だよ。おまえが辛そうだと、俺は悲しい)


 タカの「声」が背後から頭に響いてくる。

 ありがとう、タカ。おまえだけは味方で嬉しいよ。

 でも、それにしたって、ちょっと敵が多過ぎて、何だか頭がクラクラして来た。

 家に帰って部屋に閉じこもっていると、母さんが心配して中に入って来た。

「どうしたのよアイト、勝手に早退なんてして。風邪でも引いたの?」

 俺はその質問には答えず、無言でマフラーを首に巻いた。

 まさかな、さすがに母さんは大丈夫だよな。だって、俺の母さんだもんな。


(アイトなんて大嫌い。こんな子、産まなきゃ良かった)


「うぉぉぉぉ、馬鹿野郎ぉぉぉ!」

 俺は、叫びながら部屋を走り出た。


 気が付くと、俺はマフラーを買ったあのブティックの前まで来ていた。

 こんな店で、あんなマフラー買わなきゃ良かった。一言文句でも言わなきゃ気が済まない。

 俺は扉を蹴破る勢いで店内に入った。

「いらっしゃいませ」

「こんなマフラー、返品する!」

 店主のじいさんに向かってそう怒鳴る。

 じいさんは俺の剣幕に戸惑っていたが、マフラーを見て、うんうんと頷いた。

「マフラーの魔法を使ったのかね?」

「そうだよ。こんな思いするなら魔法なんて使わなければ良かった」

「裏表が逆ですね。そのマフラー」

「……はい?」

「マフラーの魔法を使う時は、マフラーを裏返しにするんですよ。説明したでしょう」

 え、何それ? 俺、そんな説明、聞いてないよ。

 あ、そうか。俺、そもそも説明なんてほとんど聞き流してたんだっけ。

「俺、表のまま、使いました」

 正直に打ち明ける。

「そうしたら、本音と逆の声が聞こえてしまいますね」

 じいさんはクククっと苦笑いをもらした。

 そうか……そういうことだったのか!

 いままでの「声」は全部、反対だったのか。

 ということは……。

 母さんは俺を「産んで良かった」と思っているし、ヤマダ先生も、サトウもカトウもクラスのみんなも、俺のことを好きでいてくれているんだ。

 そして何より、エリナは俺のことを「彼氏にしたい」と思ってくれているってことじゃないか!

「いやっほーーーい」

 俺はバンザイしながら雄叫びを上げた。土砂降りだった雨がピタッとやんで、陽の光が差し込んで来たように思えた。


 じいさんに丁重に礼を言い、外に出た。

 良かった。本当に安心した。俺は誰からも嫌われてなんかいなかったんだ。

 あれ……ちょっと待てよ?

 誰からも嫌われていない?

 本当に?

 たしか、俺のことを「一番大事な親友」とか「おまえが辛そうだと俺も悲しい」とか言ってるやつがいたような……。

「おい、アイト」

 背後から名前を呼ばれた。ハッとして振り返ると、そこにはタカが立っていた。

「様子を見にきたぞ。おまえ、ほんとに大丈夫か?」

「あ、ああ、まぁ、だいじょうぶだ」

「良かったよ。俺たちは大親友だからな。おまえが辛そうだと俺は悲しくて悲しくて仕方ないんだよ」

 タカは俺の背中をバンバン叩いてくる。

 えーっと、つまり、これはどういう風に解釈すれば……?

 もう一度、確かめてみるか?

 俺はマフラーをひっくり返し、その毛先を指でこす……ろうとして、やっぱりやめた。

 人の心の本音だとか何だとか、いちいち面倒くせぇや。

 そんなもん、わからない方が幸せだし平和だ。

 俺は首に巻いたマフラーをそっと外し、近くにあったゴミ捨て場のポリバケツに投げ捨てた。


【了】



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