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恋愛の教祖様
ツキノ マコト
文芸・その他ショートショート
2024年11月28日
公開日
3,408文字
完結
仲間から「恋愛の教祖様」と崇められる友人レオナ。
はたして、その驚くべき恋愛指南とは……!?

恋愛の教祖様

「うっう、うっうっう」


 さっきから、あたしはずっと泣いている。悲しくて仕方がない。

 なぜって、失恋したからだ。

 半年付き合った彼氏に、昨日、あっさりフラれてしまったのだ。


「いいよ、ミナコ。泣いていいんだよ。だって悲しいもんね」


 そう言ってさっきからあたしを慰めてくれているのは、高校の同級生のレオナだ。


「失恋って辛くて痛いもんね。だから、いっぱい泣きな。涙であなたの心のにごりを洗い流しちゃえ」


 レオナはあたしの背中をさすりながら、何やら気取った台詞を言ってくる。


「ごめんね、レオナ。大丈夫、あたし、もう泣かない」


 あたしは顔を上げてレオナを見た。すると、レオナは大げさにハッと驚いてみせて、


「今のミナコ、すっごくいい顔してるよ」


 と、あたしの肩を両手で掴みながら言った。


「えっ、そんなわけないよ。泣いて、こんなに目を腫らしてるのに、いい顔なわけないじゃん」


「ううん。思いっきり泣いて、過去はすべて忘れて、あなたは新しく生まれ変わった。だから、今のミナコは、産まれたてホヤホヤのニューミナコ。すごくかわいいよ」


 レオナは、ちょっとよく意味のわからない台詞を大真面目にのたまう。根が単純なあたしはその勢いに押されて、少しだけ元気になれた。


「レオナ、優しいんだね。さすが、みんなから恋愛の教祖様って言われてるだけのことはあるね」


 そう。レオナは周囲の女子たちから「恋愛の教祖様」と呼ばれている。だから今日、あたしは真っ先に自分の失恋をレオナに打ち明けてみたのだ。


「ちょっとミナコ。教祖様だなんてやめてよ。ただ、私はほんのちょっぴり、人の心の傷に敏感なだけ」


 レオナは自分の両手を胸に当てて、フルフルと小さく首を振って見せる。


「ねぇ、レオナ。あたし、彼氏が出来ても、いつも半年くらいでフラれちゃうの。どうすれば恋愛が上手く行くのか教えて」


 あたしはレオナの手を握って頼み込んだ。

 過去の恋を引きずるなんて時間の無駄だ。あたしはさっさと次の恋に生きる。そのために、もっと恋のテクニックを学ばなくては。


「いやいや、ミナコ。教えるって言ったって、恋愛なんて人それぞれなわけで」


「そんな意地悪言わないで。どうすれば幸せな恋が長続きするのか、秘訣を教えてよ」


「そんなの、教えるようなもんじゃないでしょ」


「もったいぶらないでさ、ね、いいでしょ、先生」


「私は先生なんかじゃないよぉ」


「いいじゃん、ね、先生、レオナ先生!」


「先生じゃないっ! 教祖様とお呼びっ!」


 突然、レオナに一喝され、あたしは椅子から転げ落ちた。


「私は先生なんてレベルじゃないの。恋愛の教祖・レオナ様。そこんとこОK?」


「お、おーけー、です、はい」


 あたしはレオナの迫力に圧倒され、思わずひれ伏した。

 こ、これが教祖様のオーラってやつか。


「そんなに、恋愛の秘訣、知りたいの?」


「は、はい。知りたいです」


 あたしは椅子の上に正座して、レオナに向き直った。


「じゃあ、今日だけは特別だよ。何て言うんだっけ、こういうの。乗り掛かった、えっと、馬車?」


「船です、教祖様」


 教祖様は、あんまり頭は良くないようだ。


「そう、船。その乗り掛かった船で、あなたの恋のお悩み、すべて答えて差し上げる」


 レオナが指先をクルクルと回し、あたしの額をつつく。


「まず、そもそも今回の別れの原因は何?」


「彼の……浮気」


 あたしは拳を強く握りしめる。さっき、涙で洗い流したはずの屈辱感と怒りが、またふつふつと蘇ってきた。


「定番だね。別れの原因、ほぼほぼこれ」


「ひどいでしょ、あいつ。私という彼女がありながら」


「んー、ちょっとお待ちになって」


「はい?」


 レオナがまた指先であたしの額をつつく。ちょっとイラっとしたけれど、我慢してアドバイスを聞くことにする。


「ミナコ。そこに、あなたの傲慢ちゃんはいなかった?」


「ご、傲慢ちゃん?」


「二人は恋人同士。だから、彼氏が私を愛するのは当たり前。そういう傲慢ちゃん、心のどこかに潜んでなかった?」


「傲慢か……。たしかに、潜んでいたかも知れない。彼氏が側にいるのが当たり前すぎて、扱いが雑になっていたかも」


「それそれ、そういうとこだぞ。自分磨きを常に怠らないで。恋という花を、枯らさないために」


 レオナの口から名言っぽいのが飛び出した。


「あ、ちょっと待って。今のメモしとく」


「ちょっとぉ、メモとかやめてよぉ恥ずかしいから」


 レオナはガラガラ蛇のように身をクネクネとさせた。


「教祖様がこんなこと言ってましたぁ、なんて、SNSに上げるのは禁止だぞ」


「大丈夫だよ、そんなことしないって」


「して」


「はい?」


「本音と建前をちゃんとキャッチして。これ、恋のいろはのいだからね?」


「そ、そうなの?」


 難しいよ、教祖様。あなたの扱いが。

 あたしは手元のメモ帳に、教祖はきまぐれ、とだけメモしておいた。


「それで、ミナコ。あんたはどうして、彼の浮気に気付いちゃったわけ?」


 レオナはベテランの占い師のように手の指を組み、そこにあごを乗せてあたしを覗き見る。


「実は、彼のスマホをこっそり覗き見ちゃったの。そしたら、知らない女の子からの着信履歴がいっぱいあって」


「ストップストップ、駄目だなぁ。スマホを覗く。これは極めてNGな行為ですぞ」


 レオナがあたしの目の前に人差し指を突き付ける。あたしはその指をへし折ってやりたい衝動をこらえて、反論する。


「でも、彼氏がスマホを置いてトイレに立ったら、つい見たくなっちゃうでしょ?」


「ミナコ。気持ちはわかるよ。彼のプライベートを全部知りたくなっちゃう気持ち。でも、知らなくていい」


「知らなくていい?」


「そう。知らなければ、なかったのと同じ。スマホを覗きさえしなければ、浮気はなかったことになる」


「え、どういう理屈? 何かおかしくない?」


「昔から言うでしょ。知らぬがホットケーキって」


「知らぬが仏な。オヤジギャグかよ」


 あたしはツッコミながらも、レオナの言うことに半分は感心していた。たしかに、知らなければ怒りも不安もわかない。


「でも、彼氏のスマホ、見たくなっちゃうよ。どうやってその気持ちを我慢すればいいの?」


「そういう時は、彼のスマホを」


「スマホを?」


「破壊」


「破壊?」


 あたしは再び椅子から転げ落ちた。


「そもそも、そこにスマホがあるからいけないの。なければ、ノートラブル」


「いやいやいや、スマホ破壊しちゃったら違うトラブルが発生するよ?」


「よく考えて。これは彼のスマホじゃない、彼を疑う自分の弱い心。その弱い心を、真っ二つにへし折って」


「スマホをへし折るなんて力士でも無理だよ!」


「わかった? こうして恋は尊いものになって行くんだよ」


 ダメだ。聞く耳持っちゃいねぇ。なんて独善的な教祖様だ。

 でも、そうは言いつつも、レオナの強引な教えにちょっと納得してしまっている自分もいた。

 そうか、これが教祖様の教えってやつか。ありがたや、ありがたや。


「レオナ。あたし、あなたのアドバイスを実行するかどうかはともかく、弱い心の自分を反省することはできた。明日から、また新しい恋を探すよ」


「うん。良い心掛けだ。恋なんてどこにでも埋まってるよ。町にも山にも墓場にだって」


「墓場に埋まってる恋は掘らない。あ、ところで、レオナ」


「きょ・う・そ・さ・ま」


「めんどくせぇな。ねぇ教祖様」


「なんでございましょう?」


「たしか、レオナにもバンドやってる彼氏がいたよね? やっぱり、今も付き合いたてみたいにラブラブなの?」


「……別れた」


「え?」


「フラれた。先週フラれた」


 レオナの顔がワナワナと震え出した。


「そう。別れたんだ。お気の毒様。ぷぷぷっ!」


 ダメだ。こらえきれず吹き出してしまった。


「ちなみに、別れの理由は?」


「一日百回電話したら、もう無理って言われた」


「なるほどね。電話、我慢できなかったの?」


「彼が浮気してないか不安で不安で」


「自分のスマホ、破壊すれば良かったのに。ぷぷぷっ!」


「うっさいわね、笑ってんじゃないよ! 人に恋のアドバイスするのは得意だけど、自分の恋愛は苦手なの!」


 あ、とうとう教祖様の本音が出た。いまのレオナ。めちゃくちゃダサい。でも、そっちの方が人間臭くて、あたしは好きだけど。


「あーあ、どっかに彼氏落ちてないかな」


 あたしはあくびしながら言う。


「ね。商店街の福引で、彼氏当たらないかな」


 レオナが苦虫を噛み潰したような顔で言う。


「神様、恋愛が上手くいく方法、教えてくださーい!」


 あたしたちは二人同時に、天に向かって吠えた。


【了】



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