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ブラックホールへ

タケルとユウはしばらくの間、シルフたちと共にエアシップ・ノヴァの機能を一つ一つ確認し、細かい調整を行った。

数日かけて全てが万全になったことを確認した後、タケルとユウはシルフたちとの別れを惜しみつつ、エアシップ・ノヴァを浮上させた。

「さあ行くぞ!」

タケルが声を上げた。

エアシップ・ノヴァが静かに動き出し、ゆっくりとブラックホールに向かって飛び立った。船内の緊張感が高まっていく。

「信じられない……。こんな光景は初めてだ」

 ブラックホールの周囲を旋回しながら、タケルとユウは、そこで起こる不可思議な現象を目にしていた。周囲のエネルギーが激しく渦巻いている。

「あれは何だろう」

ユウが指を差している方向に目を向けると、そこには強力な重力によって捻じ曲げられた光があった。

「ブラックホールのシャドウじゃないかな」

 陽炎のように揺らめき、中心には暗い影が浮かび上がっている。

タケルとユウは星々の光がブラックホールの中心に向かって物質と共に流れ落ちる様子や、それらの物質がブラックホールから放出されるホーキング放射、そして宇宙の塵が集まって輝く降着円盤を目にした。

タケルとユウは宇宙の壮大さに圧倒された。

すべてが一つの生命体のように感じる。

タケルとユウはエアシップ・ノヴァの高度な観測機器を駆使し、ブラックホールの周囲で起こる現象を詳細に記録した。光の曲がり方、物質の流れ、放射されるエネルギー。すべてがブラックホールの謎を解くための重要な手がかりとなる。

「凄い……。このエネルギーの量は計り知れない」

タケルが感嘆の声を漏らした。

タケルとユウの努力はやがて実を結び、ブラックホールからの微細な信号ですら解読できるようになった。その信号は想像を絶する強い重力の下でこそ起こり得る極限的状態が存在することを示していた。

「この強力な重力と極限的な状態を利用すれば、膨大な情報を圧縮して保存することができるかもしれない」

 タケルはブラックホールが未来の大容量ストレージとして活用される可能性を示唆した。

「時空を超えた旅行も可能になるかもしれないね」

ユウが付け加えた。

それらが実現すれば、僕たちの未来への可能性は飛躍的に進歩する。

 エアシップ・ノヴァはブラックホールの周囲を旋回しながら観測を続けた。そこで起こる様々な現象は有用な情報ばかりだ。しかしタケルはさらなる探求心に駆られ始めていた。

「ブラックホールの中に入ったら、一体どうなるのだろう」

思っていたよりもブラックホールは破壊的ではなかった。ブラックホールに吸い込まれていく物質を観察していても、物質は破壊されることはなく、ただゆっくりと流れ落ちていくだけだった。

タケルの言葉にユウは一瞬驚きの表情を見せたが、すぐにその可能性について考え始めた。

「中に入ったら、僕たちは新たな情報や未知のエネルギーを直接観測できると思う。時間の流れがどのように変化するのかも確認できるんじゃないかな。だけど……」

 ユウの不安を含んだ言葉が余韻を伴って消えた。

ユウが続けようとした言葉はきっとこうだ。

──もう戻ってくることはできないかもしれない。

だけど、それを恐れても仕方がない。だって僕たちは既に……。

タケルはしばらく考え込んだ後、深呼吸をして口を開いた。

「今まで僕たちは、多くの人たちの手を借りてここまでやって来たんだ。次の一歩もきっと大丈夫。未来を信じよう」

僕たちの好奇心が導いたこの道の先には無限の可能性が広がっている。


 ブラックホールに近づくに連れて船体が激しく揺れ始めた。強力な重力場の影響なのかもしれない。

タケルは窓の外を見た。エネルギーフィールドが輝きを増し、強度を高めているのが見て取れた。船体に異常は生じていない。シルフたちが僕たちを守ってくれている。

「こっちも大丈夫。航行システムは正常に動いてる」

ユウが安心した様子で伝えた。

事象の地平面に近づいた頃、僕たちはエアシップ・ノヴァのエンジンを切った。エアシップ・ノヴァがゆっくりとブラックホールの暗闇へと吸い込まれていく。

ここから先は未知の領域だ。

「これが……ブラックホールの内部……」

 ユウの声が空間に溶け込むように響いた。

まるで時間が止まっているかのように感じられる。周囲の激しいエネルギーの渦はどこに行ったのか。すべてが静寂に包まれている。

ユウの声をよそにタケルは窓の外を見つめていた。周囲の光がゆっくりと歪み、まるで水面に垂らした絵の具のように色彩が鮮やかに揺らめいている。

時間と空間が歪み、光と闇が入り混じった空間の中、僕たちは、さらに奥深くへと進んでいった。


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