セレスティアに新たな平和が訪れた時、シルフの長であるティアナがタケルたちの元に舞い降りて来た。二人の前でティアナは星々が織り成す宇宙の生命網について語り始めた。
「お二人様に感謝します。しかし今回、危機を乗り越えたからといって、それが永遠に続くわけではありません。それに私たちの住む星だけが救われたとしても、それは何の意味もないことです」
ティアナは続けた。
「宇宙は見えない糸で結ばれた生命の網が広がっており、その網は星々のエネルギーで維持されています。しかし時として宇宙の渦中で起こる変動が、この繊細なバランスを崩すことがあるのです」
ティアナは目を閉じた。
「風の心臓は、そのバランスを取り戻そうと奮闘しました。しかし徐々に力が衰えてしまい、星の生命自体が脅かされるようになったのです。風の心臓が衰弱したのは、外部の影響を受けたことが原因です。今回、『風のオーケストラ』により、星は輝きを取り戻すことができました。しかし根源となる原因を追究しない限り、再び危機は訪れるでしょう」
今までシルフたちは星々の動きを観測し、宇宙のエネルギーの流れを読み解きながら自然との調和を保ってきた。その均衡を打ち破り、宇宙の生命網に影響を与えるほどのエネルギーとは一体……。
タケルとユウはエアシップ・ノヴァを使って、宇宙に溢れるエネルギーの流れを観測し始めた。
「あまりにもエネルギーが膨大だ。これまでの比じゃない。これを解読するのは簡単なことじゃない」
ユウが額に汗を浮かべて言った。
タケルとユウは何日もかけて観測と解析を続けた。シルフたちも協力し、エネルギーの流れを詳細に記録した。しかし、中々、決定打となる手がかりを見つけることはできなかった。
「シルフたちの知識を借りても、まだ手がかりが掴めないなんて……。もっと深く洞察しなければ」
タケルは自分に言い聞かせるように呟いた。
このエネルギーの正体を突き止めない限り、脅威は何度もやってくる。
「タケル、これを見て!」
ユウがエネルギーの流れの中に微妙な変化を感じ取った。
「これは……。エネルギーの源が見えてきたかもしれない!」
二人はさらに観測と解析を続けた。
「分かったぞ! ブラックホールだ。ブラックホールが宇宙のエネルギーの流れを歪め、周囲の星々に影響を与えていたんだ」
タケルが興奮して叫び、すぐにシルフたちと情報を共有した。シルフたちが深刻な表情を浮かべている。事の重大さに困惑しているようだ。
この問題を解決するためにはどうすれば良いのか。タケルは考えあぐねた。『星風のレクイエム』を奏でることにより、『風の心臓』を回復させ、安定をはかることはできた。しかし、それは一時的なものにすぎない。外部からのエネルギーを受け続けるのには限界がある。
新たなものを創り出すしかない。
ブラックホールの解析が進むにつれて、タケルとユウは新たな解決の糸口を見つけることができた。
ブラックホールの内部では高エネルギーのプラズマ流が存在しており、そのエネルギーパターンが風のエネルギーと共鳴できる特性を持っていることが分かったのだ。安定したエネルギー源として利用できるかもしれない。
タケルとユウはすぐに装置の開発に取り掛かった。この共鳴システムが完成すれば、風の心臓の助けになり、衰弱を遅らせることができるはずだ。
日が経つごとに二人の技術は上がり、次第に完成に近づいていった。この計画が成功すれば、セレスティアに存在する全ての生物が心穏やかにすごしていくことができる。それが今の二人の原動力だった。
完成の日、タケルとユウは緊張と興奮が入り混じった気持ちで共鳴システムの前に立った。
「いよいよだね」
ユウが静かに言った。その声にはかすかな震えが混じっている。
「大丈夫。きっと上手く行く」
タケルは確信を込めて言った。すべての生命体の想いが込められているのだ。上手く行かないわけがない。
そしてシルフたちと共に二人は共鳴システムの試運転を始めた。空間が歪み、強大なエネルギーが解放される中、二人の目の前でエネルギーが共鳴し始めた。
「成功だ! ブラックホールのエネルギーと風の力が共鳴している」
ユウが叫んだ。
「タケルどうしたの? 浮かない顔をして」
「まだ完璧ではないと思ってさ」
ブラックホールのエネルギーを利用するシステムを構築したとは言え、それはエネルギーの一部を返還させただけに過ぎない。大部分のエネルギーは風の心臓に負荷を掛け続けている。風の心臓自体を守らなければ意味がないのだ。
風の心臓が衰弱していくのは避けては通れない。すべてのものは、やがて形を変え、過ぎ去っていくからだ。だけど長引かせることなら可能だ。
「人工のブラックホールはどうだろうか」
タケルが思いついたように、ふと口にした。しかしユウは少し戸惑った表情を見せた。タケルは続けた。
「人工のブラックホールをシールドとして使うんだ。ブラックホールから放射されるエネルギーを人工のブラックホールが吸収する。風の心臓を守るためのシールドを構築することができれば、風の心臓をブラックホールから守ることができるんじゃないかな」
「それは……可能かもしれないけど、人工のブラックホールなんてリスクが大きすぎるよ」
ユウが不安な表情を見せた。
タケルは一瞬考えた後、言葉を続けた。
「だけどやってみる価値はあると思う。ブラックホールからの影響を打ち消すには、同じ力を持つものが必要なんだ。リスクがあるなら、そのリスクを最小限に抑える方法を考えたら良いんだしさ」
シルフたちは静かにタケルたちの会話を聞いていた。やがて、その中の一人、ティアナが口を開いた。
「滅びゆく星を少しでも延命させる方法があるならば、その試みには意味があると思います」
彼女は少しも怖がっていない。
試してみてダメなら仕方がない。だけどリスクがあるから最初から何もしないというのは間違っている。これだと一歩も先に進むことができない。
「タケル、分かった。やってみよう」
タケルとユウは人工のブラックホールを創るための準備を始めた。
その技術は極めて高度なものが必要とされる。しかし、これまでの研究と実験の蓄積がある。そして想像力は無限大だ。二人は上手くやれる自信に満ち溢れていた。
準備が整ったタケルとユウは慎重に設定を行い、徐々にエネルギーを増加させていった。数日間にわたり、計算と調整を繰り返す中で遂に人工のブラックホールが姿を現した。しかし、その実態は理論上の完璧さとは程遠かった。
人工のブラックホールは形成されて以降、不安定な状態が続いた。エネルギーの渦は激しく揺れ動き、時折、制御装置が警報を鳴らすほどだった。
「何が問題なんだろう? 理論上では完璧なはずなのに……。エネルギーの流れが安定しない……」
ユウが困惑の表情を浮かべている。
周囲のシルフたちは二人の混乱をよそに、宙で身体を揺らしながら、二人を遠巻きに見守っていた。ブラックホールの異常な動きに動揺している様子は見られない。ブラックホールとは言っても、小型でありプロトタイプに過ぎない。この程度なら自分たちの力で制御できると思っているのだろう。
「もっと安定させる方法を見つけないと」
タケルは悔しそうに呟いた。
何かアイデアはないものか。何か根本的な見落としがあるはずだ。
タケルとユウは再びデータを見直し始めた。しばらくして、タケルがふと気づいたように呟いた。
「データが足りないんだと思う」
制御装置の調整やセンサーの再配置も重要だ。しかし完成度を高めるには、更なる知識が必要となる。知識がなければアイデアだって浮かばない。
「ここまで来たんだ。とことん行くしかない」
タケルは心を奮い立たせて言った。
「どうするの?」
「ブラックホールに行くんだよ」
安定した人工のブラックホールを創るには、ブラックホール自体を直接、観測した方が良い。そこで得られるデータが今の理論を補完し、改良するための鍵になるはずだ。
新たな知識と技術を手にするには、未知の領域に足を踏み入れるしかない。
「それならブラックホールの強力な引力に耐えられるように補強しないと」
ユウが言い、船体の強化に取り掛かった。ブラックホールに行くには、エアシップ・ノヴァを更に進化させる必要がある。
「私たちの力も使って下さい」
シルフたちが風の力を駆使し、エアシップ・ノヴァに特別なエネルギーフィールドを施した。船体を膜状の物質が包み込む。
「このエネルギーフィールドはブラックホールの予測不能なエネルギーに対し、柔軟に対応するためのものです」
これによりエアシップ・ノヴァは物理的な防御と柔軟性を兼ね備えたことになる。
「これでブラックホールの引力にも耐えられるはずです。タケル、ユウ。私たちの力を信じてください」