アエリアの中心で深遠な知識に触れ、感銘を受けていた時、二人の前に突如として魅惑的な女性が現れた。水面に映る月のような神秘的な雰囲気を纏っている。銀色の長い髪は夜空に浮かぶ星々の輝きを帯び、風に揺れるたびに光の粒を舞い上がらせた。時間さえも彼女の周りではゆっくりと流れているように感じられる。
「あなたは……?」
恐る恐るタケルが尋ねた。
「私の名はフィオナ。アエリアを見守る存在です」
二人を見つめる瞳は深淵を思わせるほど蒼く、見る者を惹き込む力を持っている。
「アエリアの守り人……」
タケルは息を呑んだ。僕たちの旅は多くの驚きに満ちていたが、フィオナのような存在に出会うことはなかった。
フィオナは僕たちを見つめ、穏やかな声で語り始めた。
「あなたたちがここに来たのは偶然ではありません。時の流れがこの場所へと導いたのです。アエリアは選ばれし者のみ、その姿を見せます」
そう言って、フィオナは胸に手を当てた。水と光が入り交じったような透明な肌をしている。触れると消えてしまいそうなほど繊細だ。
「アエリアの秘密が知りたいのですね。私はその手助けをすることはできますが、最終的には、あなたたち自身の手で見つけ出す必要があります。あなたたちの意思が運命を左右するのです」
タケルとユウは顔を見合わせた。フィオナの手を借りたいとは思う。しかしフィオナは初めて会う相手だ。ここは慎重に行動を取った方が良いのではないか。
「どうして僕たちを助けようとするのですか?」
タケルが探りを入れた。
「ここに辿り着く人たちはみな、ある共通点を持っていました。それは夢と希望、そして好奇心を胸に抱いていたという点です。その人たちと接するうちに、私は、その心が世界を構築するためには必要なのだと気づきました。だからこそ、あなたたちを助けたいと思ったのです」
タケルとユウはフィオナの言葉に耳を傾けながら、お互いの目を見つめ合った。フィオナの誠実な眼差しと静かな力強さに、次第にフィオナに対する信頼の気持ちが芽生えてきた。
数日間、フィオナと過ごす中で、タケルとユウは彼女の知識と経験に深い敬意を抱くようになった。
その感情が芽生え始めた夜、満天の星空の下でフィオナと語り合う時が訪れた。星々が煌めく夜空の下、フィオナの静かな声が二人の心に響き渡る。
タケルとユウは心に決めた。フィオナの手を借りるべきだと。
「フィオナ、あなたの知識があればアエリアの秘密に近づけると思います。手を貸していただけますか?」
「もちろんです。共に力を合わせて、アエリアの秘密を探りましょう」
そう言ってフィオナは微笑み、二人に向けて光を解き放った。
「この光は、あなたたちの内側に眠る力を呼び覚ますものです。きっと時を超える助けとなるでしょう」
「これは……」
タケルとユウは、その場に立ち尽くした。未知の領域へ意識が引き込まれていく……。
心が感動で震える。先ほどまでとは異なる感覚だ。視覚が世界の隠された美を捉え、聴覚が宇宙の旋律を捉えている。
僕らはフィオナの導きに従って町の入口に立った。路地が複雑に入り組んでおり、先を見通すことができない。
「この迷宮は過去と未来が交錯する場所です。飲み込まれないようにして下さい」
過去と未来が交錯する……。一体、どういう意味なのだろう。
僕らはフィオナの言葉の意味が理解できず、彼女を見つめた。しかし、ここで立ち止まっていても仕方がない。覚悟を決め、先に進んで行くしかないのだ。
路地に足を一歩踏み込んだ時、タケルとユウは目の前の光景に驚愕した。
天文台や塔の周辺で歓喜に湧き、抱き合っている人たちが見える。あれはアエリアの人たちではないだろうか。
「こっちは僕たちが初めて出会った場所だ!」
ユウが別の方角に顔を向けて言った。
過去と未来が交錯する。その事実に二人は圧倒された。
僕たちは図書館に向かう森の中で出会った。その時の出来事が目の前で再現されている。もし、この森でユウと出会わなかったら、僕は今頃、何をしているのだろう。今よりもつまらない人生を送っているのではないか。
僕たちは未来の道を選んだ。すると今度は目の前に新たな景色が映し出された。
選択を変えれば異なる景色が現れる。当たり前のことなのかもしれない。しかし今までそれを意識したことはなかった。
「この景色もだ」
ユウが呟いた。
どこかで見たことのある過去の景色と未知の景色が辺りに散りばめられている。きっと過去に戻れば、やり直すことができるのだろう。僕にだって、やり直したい過去がある……。だけど戻るわけにはいかない。選択の一つ一つが未来に予測不能な影響を与えるのだ。過去に戻ってしまえば、きっと取り返しのつかないことになる。選択一つで出会えたはずの人と出会えなくなり、体験できたはずの出来事を回避することになりかねない。
入り組んだ路地は幾度となく二人を過去へ引き戻そうと選択を迫ってきた。僕たちに歴史を変えさせようとしているかのように。
タケルは歓喜に沸き立つアエリアの人たちを心に思い描いた。あの人たちの幸せを奪い取ってはいけない。
「先に進もう、ユウ。この先に僕たちが望んだ新しい世界が待っている。過去の出来事のすべてが正しかったと思える、そんな世界が」
迷宮内の道のりは一筋縄ではいかない冒険となった。二人は時空の波を乗り越え、過去や未来からの謎めいたメッセージを解読しながら進んで行かなければならなかった。降りかかる出来事に何の意味が込められているのか、もしくは何も込められていないのか、今の僕たちには知る由もない。しかし自分の心に忠実に進めば間違った方向には向かわないはずだ。今はそう思うしかない。
歩いていると、道の先に開けた場所が現れた。
タケルとユウは景色を見て声を失った。目の前には、かつて僕たちが夢見た理想郷があったからだ。平和で調和のとれた世界。そこには争いごとを忘れ、共に生きる喜びを分かち合っている人たちがいる……。
二人はその場に立ち尽くし、新たな世界の息吹を感じながらも、これからの冒険に思いを馳せた。
町に足を踏み入れようとした時、再びフィオナが二人の前に姿を現した。
「これが二人の思い描くアエリアなのですね」
フィオナは優しく微笑んだ。彼女の目は時の流れを見通すかのように深く、透き通っている。
「ここから先の未来は更に困難な道のりになるでしょう。選択を誤ればすべてが破壊されます。引き返すなら今しかありません」
フィオナは二人を見つめた。
一度、決心したはずの心が再び揺らめき、過去の重みと未来の期待が交錯した。
「まだ僕は自分を信じることができていない」
タケルは心の中で呟いた。数々の困難を乗り越えてきたはずなのに、今なお迷いの中で立ち止まっている。
ユウが隣にいてくれて助かった。僕たちの絆が、これまでどれだけの試練を乗り越えてきたか。僕たちにはまだやるべきことがある。過去に囚われてはいけない。
過去の記憶と行動が未来を想い描き、未来の出来事が過去に色を添える……。タケルはこの真実を理解し始めていた。時間は一方通行の道ではなく、過去と未来が互いに影響し合う織物のようなものだと。
──だったら、今を正しく生きれば、過去も未来も塗り替えていくことができるはずだ。ここは自然の流れに身を任せるしかない。過去に戻っても、きっと今の僕のままでは、また同じことの繰り返しになる。僕自身が変わらなければ何の意味もない。
タケルとユウは決断の時が来たことを悟った。答えは一つだ。
フィオナは二人の意思を確認すると、再び口を開いた。
「決して世界が固定されることはありません。物事のすべてが流動的に動いています。現実は想像が創り出した世界。心で想い描いたことが実現する世界なのです。この瞬間、瞬間が、新たな世界の始まりです」
フィオナの言葉は、まるで風が草原の草花を撫でるように、二人の魂に触れた。僕らは岐路に立たされている。僕らの前に立ちはだかっている選択は単なる過去への回帰や未来への進行ではない。それは時間の糸を紡ぎ直し、運命の絵を再描する行為だ。僕たちが選んだ道が新たな世界を描いていくことになる。
「私はいつでも貴方たちを見守っています」
フィオナは微笑んだ後、ゆっくりと空に溶けていった。