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第45話:【応援してくれた唯一の存在】

【莉乃side】


「はい、カットーー!」

「本日の撮影はここまでになります」


時刻は昼の15時。

いつもは夜遅くまで撮影があるんだけど、今日は監督の都合で早く仕事が終わった。


この後も仕事が入ってないし、今日はゆっくりできるかも……。


賢人に連絡して、夜ごはんでもゆっくり食べるのもいいわよね。


そんなことを考えながら楽屋に向かうと私のマネージャーに声をかけられた。


「莉乃ちゃん、お疲れ様。この後少し時間いいかな?」

「あ、はい!」


「ちょっと仕事の打ち合わせがしたくて……」

「分かりました。着替えたらいきますね」


私は急いで着替えると、マネージャーに付いて行った。

やってきたのは、カフェの奥の個室であった。


白い壁に淡い照明が反射して、静かな空間を作り出している場所で、テーブルの上には、私が頼んだカフェラテと、スコーンが置かれている。


やったー!

マネージャーにスコーンも頼んでいいって言われちゃった。


甘いものは基本的に我慢していて、頑張った時だけに食べようとしている。

でも今日はいい知らせがあるからって、スコーンも頼みなって言われたんだ。


全てが揃うと、マネージャーは切り出した。


「実はね、今日はお仕事のスケジュールの話しじゃないんだよ」

「えっ、なんですか?」


「実は莉乃ちゃんに、新しい仕事が決まりましたー!!」

「えっ、ほんとですか?どんなお仕事ですか?」


マネージャーは嬉しそうにファイルを持って見せててきた。

そして、それをテーブルの上に置きながら、声を弾ませて言った。


「バレンタイン企画のCM!大手製菓メーカーの新商品のイメージキャラクターに抜擢されたの!」

「えっ、バレンタインの……CM?」


「うん、期間限定のプロモーションだから、テレビで流れはしないんだけど大きな会社の仕事だから、みんなに知ってもらえるきっかけになるかなと思って……」


「すごい……!」


一瞬、驚きで言葉が出なかったけれど、マネージャーが目をキラキラしているのを見て本当なんだと実感した。


「本当に私でいいんですか!?」


「もちろん!莉乃ちゃん、最近注目されてるし、雰囲気がピッタリだって先方から指名で来たんだから!」


「指名で……!?」


モデルの仕事を再開してから、こうやって自分を認めてもらえる瞬間が何よりも嬉しかった。


「それでね、CMの内容なんだけど、恋に落ちる瞬間をイメージした演出になるみたい。莉乃ちゃんが渡したチョコを相手が受け取ると、その瞬間に背景がキラキラ輝くっていう感じで」


「わぁ……!なんだかドキドキしますね」


「そうなんだけど……」


そこまで言うと、マネージャーは顔を曇らせた。


どうしたんだろう?

新しい仕事が来ることは私にとってもマネージャーにとっても嬉しいことなのに。


「先方に言われちゃったの。くれぐれも恋愛のスキャンダルが出ないようにしてくれって。ほら、こういう商品でしょ?誰かをイメージさせるような内容はあまりよくないみたいで……」

「そっか……」


「それと、これだけのことじゃないんだけど……恋愛については、慎重になってほしいの。今が売れドキだからこそ、恋愛がマイナスに働く可能性もあると思う。莉乃ちゃんみたいにこれから売れていく人は特に注意が必要なんだ。週刊誌とか、変な噂を立てられたらそれだけでイメージが崩れててしまうから」


「それは……承知しています」


「莉乃ちゃんって今、付き合ってる彼氏がいるよね?」


「はい……」


マネージャ―は言いにくそうに私を見る。


「事務所としては、それもあまり推奨されることじゃないんだよね」


うつむきながら言うマネージャ―に私は真剣にたずねる。


「それって……今の彼氏と別れろってことですか?」


「別れろ、とまでは言わないけど……もし今の段階で将来を約束できない彼氏だったら、別れることを事務所としては推奨することになると思う」


「…………」


私は何も言えなかった。


胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚がした。


賢人は高校時代からずっと支えてくれている大切な人。


私の悩みを聞いてくれて、背中を押してくれる存在なのに……。


「少し、考えさせてください……」


精一杯絞り出した声で言う。

胸の中はもやもやした気持ちでいっぱいだった。


賢人との未来を思い描いたことがなかったわけじゃない。


でも、今この瞬間に、将来必ず賢人と一緒にいるとはっきり説明する自信なんてない。


「でも、無理だよ……」


賢人に別れを告げるなんて出来ない。


だって、賢人は私にとって一番大事な人だから。


モデルを再開出来たのだって彼がいたお陰なの──。


あの日の夕暮れの校庭の空気を、今でも覚えている。

それは高校生の頃の放課後の話し。


私は賢人を待つためにひとりでベンチに座っていた。


賢人と付き合うことになって3カ月。


恋愛において悩みはそんなにないけれど、やっぱりモデルの仕事をはじめるかどうかはまだ悩んでいた。


膝の上には、学校のプリントと一緒に挟まれていた雑誌の記事のコピー。


それは私がまだモデル活動をしていた頃に撮影されたもので、雑誌の端っこに小さく載っている写真だった。


笑顔でポーズを取る自分の姿を見ても、昔ほど胸がときめかないのは、きっと「楽しい」だけじゃなかったからだと思う。


前のマネージャーからは、復帰しないか?と毎週のように連絡が来ていた。


私も少し休めば、心も身体もスッキリ出来るんじゃないかと思ってた。

でもやっぱり、向き合わないと何も変わらない。


「……本当に私、モデルやってていいのかな」


中学の頃から、街で声をかけられたことをきっかけにモデルデビューをすることになった。


最初は楽しくて、雑誌に載ったことでクラスの子も集まってくれて、そんなことが本当に嬉しかった。


でも高校に入ると、どんどん悪いコメントが目立つようになっていった。


【莉乃ちゃんって子、気取ってて嫌】【もっとニコニコしてる子を応援したい】【動画とか見てたけど、性格悪そう】


そんなコメントが多く描かれるようになった時、編集長に言われた。


「もっと笑顔を増やしてみて」「もう少し明るくしてみたら?きゃぴきゃぴしてるくらいがいいと思う」


周囲の声に、困惑しながらも自分のキャラとは違うキャラを作るように努力をし続けてきた。


でも……そんなことを続けているうちに気づけば本当の自分が分からなくなってしまった。


【無理やりしてる感すごい】【どんなに頑張っても好きじゃないからー】【もうモデルやめれば?】


頑張ってるのに、本当の自分を押し殺してまでモデルをしているのに、誰も喜んでくれない。


私はどうしたらいいんだろう。

やがて笑顔さえも疲れてしまった。


カメラの前でさえ笑うことが出来なくなって、私は、マネージャーに活動休止を申し出て受け入れてもらった形だ。


少しだけ休ませて欲しいと伝えたからか、マネージャーは様子を伺うように連絡をしてくる。


【やめたい】と言えば簡単だったのに、そう言えなかった自分もいた。

今の自分が何をしたいのか分からない……。


「お待たせ莉乃」


突然の声に顔を上げると、そこには賢人が立っていた。


手にはバスケットボールを持っていて、ちょっと仲間と遊んできたらしい。

制服の襟元が少し乱れているけど、いつもの飄々とした雰囲気は変わらない。


賢人に見られるのは恥ずかしいし……私はとっさに切り抜きを隠した。


「あ、おい……今何隠した!」

「べ、別に……隠してないし!」


「ウソつくなよ!」


賢人が強引に私の手からその切り抜きを奪い取る。

すると彼は言った。


「モデル……まだはじめねぇの?」

「……うん、迷ってて」


すると賢人は構わず隣に腰を下ろしてきた。


「教えてくんね?俺、莉乃のこと案外知らないこと多いんだよな。モデルやりたくなくなった理由をさ」


その直球の質問に、私は悩んでいたことを全て賢人に話した。


「なるほどな……」


「本当の自分じゃダメなことは分かってるの。でも作った自分をどうやって見せていいかも分からなくて……」


「なんでダメなの?」


「えっ」


「 “ありのまま”のお前でいいじゃん」


「でも!ダメって言われたの、編集長にも周りにも……」


賢人は一瞬黙り込んだ。

それからボールを転がして脇に置き、私の方を向いた。


「周りが何言おうが関係なくね?莉乃は莉乃だろ?モデルやってたって別人になるわけじゃないんだ」


そうなのかな。

そのスタイルでもいいのかな。


「別人になるわけじゃ、ない……か」


そんなことはじめて言われた。

モデルとか、芸能人とか、周りが見てくれる職業は自分のキャラを確立しないといけないものだと思ってた。


別人にならなくてもいいの?


賢人の言葉に、心がジンっと温かくなった。


「キャラ変えろとか、笑顔振りまけとかそうやって無理して作った“誰か”に人がついても、それはお前自身を見てくれるファンじゃねぇじゃん」


彼は腕を組んで、真剣な顔で続けた。


「時間はかかるかもしんねぇけど、お前のまんまで良いって思うやつは絶対にいる。そのままの莉乃を好きになるやつが、ちゃんと現れるよ」


賢人の言葉はどこか不器用だった。

でも、その言葉が不思議と心に響いた。


「本当に、いるのかな……」

「いるじゃん?」


「えっ」

「目の前に」


そう言って自分のことを指さす賢人。


「俺がありのままの莉乃ちゃんを好きになった第一号!大丈夫!お前のこと、きっとみんな好きになってくれるはずだ」


賢人は自信満々に言った。

夕日に照らされた賢人が輝いて見えて、その時大きく胸が音を立てた。


ああ、そうか。

時間はいくらかけたっていい。


好きになってもらうまで努力をし続ければいいんだ。

夕暮れの風がそっと髪を揺らす中、私は決めた。


「……もう一度やってみる、モデル」

「おう!」


こんな風に言ってくれたのは賢人だけだった。

だから……そんな彼を切り捨てることなんて出来ないんだ!


私はマネージャーと話を終えて、賢人と待ち合わせしている場所に向かった。


「莉乃、おつかれさま」


何も知らない賢人が笑顔で駅で待っていてくれる。

寒かったのか、鼻の頭が赤くなっていてそれでもなんの文句も言わずに待っていてくれたんだと思うと涙が出てくる。


「賢人……」

「なんだよ、なんか泣きそうな顔してね?」


「会いたくて……」

「これは、けっこう絞られたんだろ?俺がなぐさめてやるしかねぇな」


賢人……好き。


大好き。

絶対に別れたくないよ。


本当は今すぐにでも抱きしめたくて仕方ないのに、私はがっつりマスクとメガネをして少し距離をあけながら歩くしか出来ない。


「賢人の家……行きたい」

「お?いいけど、明日早いんじゃねぇの?」


「それでも行きたいの」

「おう、じゃあおいで」


賢人に優しい声で言われて安心する。


別れるなんてしたくないよ……。


それから賢人に家に行くと、私はすぐに賢人に抱き着いた。


「おっと、どうしたんだよ莉乃。なんか変だぞ?」

「こうしたい気分なの」


今悩んでいること、全てを放り投げてしまいたい。

仕事も賢人もどっちも大事なのに、選ばなきゃいけない状況が苦しい。


「仕事頑張ったな、莉乃」


賢人は頭をポンポンと撫でてくれる。


やっぱり……優しいね。

泣きそうなくらい優しい賢人に。


「大好きだよ」



私はそう伝えることしか出来なかった──。




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