【美玖side】
有川くんと付き合うことになって1週間。
お互いに気持ちを伝え合い、過去の恋を清算して……私たちは新しい恋へと進んでいった。
そして。
実は……今でも私たち4人の交流は続いてます。
「おい有川、付き合うのは許してやるが未玖に変なことしたら許さねぇからな」
「じゃあ、もう遅いんじゃない?」
「なんだと……っ!」
仲がいいのかは分からないけれど、賢ちゃんと有川くんもうまくいってるみたい……?
私もこれきっかけで莉乃ちゃんとは仲良くなった。
「未玖ちゃんは潤のこと名前で呼ばないの?」
「あ……うん!なんか名前で呼ぶのは恐れ多くて……」
「何それ」
笑いながら言う莉乃ちゃん。
莉乃ちゃんが私のこと、未玖ちゃんって呼んでくれるのが嬉しくて、思わずはにかんだ。
賢ちゃんからだけど、莉乃ちゃんと付き合うことになったのを聞いた時は本当に嬉しかった。
賢ちゃんも幸せそうだし、莉乃ちゃんも賢ちゃんが好きそうだったから。
「莉乃ちゃんは有川くんにどうやって呼んでもらったの?」
莉乃ちゃんのこと、名前で呼んでたのを思い出して聞いてみると、莉乃ちゃんは答えた。
「んー?苗字教えなかったからかな?」
莉乃ちゃんはけろっとしながら答えた。
「えっ!」
苗字を教えないっていう手があるの!?
なるほど……じゃなくて、私にはそれ使えないや。
「無理に呼ばせたっていいと思うけどね。強制的にね?」
私にはそんな手段通用し無さそう……。
でも素直に言ってみるのはいいかもしれんじゃい。
「……呼んで欲しいって言ってみようかな」
有川くんに出来れば名前で呼んでもらいたいもん……。
ポツリとつぶやくと、莉乃ちゃんは笑顔で言ってくれた。
「頑張れ」
「うん!」
そして2人と解散すると、私は有川くんの隣に並んで帰ることにした。
さっそく名前で呼んで欲しいこと言ってみよう。
「ねぇねぇ有川くん、付き合ったらさ、名前で呼んだりするのかな?」
しかし、ハッキリ告げることは出来なくて、ちょっと誤魔化してしまった。
「さあ、それは人それぞれじゃない?」
うう……この作戦は駄目か。
確かに人それぞれだし……。
そしたらもういっそのこと私が呼んじゃえばいいんだ!
「じゅ、潤くん!」
恥ずかしさを必死にこらえて呼んでみる。
しかし。
「何、吉田さん」
帰ってきたのは普通に苗字だった。
ガーン。
私の恥ずかしさだけが残ってなんとか誤魔化すように言う。
「潤くんっていい名前だよね!」
「そうかな?吉田さんも良い名字だと思うよ?」
有川くん、全然名前で呼んでくれないじゃん……っ。
もしかして、まだ名前で呼ぶほど有川くんの中で特別な関係になってない、とか……?
それだったら、めっちゃショック……。
「吉田さん、あっちに山が見えるね」
んん……?
ってか、これ気づいてるよね……?
絶対ワザととぼけてる……っ。
「有川くん、分かってるクセに意地悪」
「ん?何が?」
「私が何言いたいかわかるくせに!」
そうだよ、普段私が口に出さないことまで言い当ててしまう有川くん。
それなのにこんなに鈍感なわけないもん。
とぼけて分からないフリをしてるんだ。
「人間、口に出さなきゃ伝わらないよ?」
こうやって意地悪して来て言わせようとするのが有川くんらしい。
こうなったら私は、降参するしかないのです……。
「名前で……っ、呼んでほしいです」
そういうところ、有川くんはズルイな。
かあっと赤くなった顔を隠すように顔を覆うと、彼は笑顔を作って言った。
「嫌だ」
「え」
そこは言ってくれるところじゃないの……っ!?
言わせたくせに……?
「そんなことより早く行くよ」
ヒドイ……ヒドイよ有川くん。
ぐいっと手を引っ張られ、ぎゅっと手を握られる。
口をむっと尖らせているけれど、彼はくすくすと笑っているだけ。
でも有川くんが笑っているのを見ていると、どうしても彼を許してしまう。
本当は名前で呼ばれたいけど……こうやって手を繋げるだけで幸せだよね。
そうやって思って自分を納得させていると、やがて有川くんの家の前までやって来た。
「あれ……?ここって?」
「今日、僕の家行くって約束だったよね?」
「あ!!そうだった」
そういえば……。
3日前、家に来るかって聞かれて嬉しくて思わず返事しちゃったんだった!
だけど断ろうと思ってたの、忘れてた……!
どうしよう。もう家の前に来ちゃったよ。
「あ、あの」
「さ、あがって」
今更行かないなんて言えないよ……。
なぜ私が断ろうと思っていたかというと、それはさかのぼること2日前──。
久しぶりに少女漫画を読んでいた私は、あることを知ってしまった!
『彼の家に行くってことは、そういうことをするってことだよ』
『そういうことって!?』
『それはね……×××で×××~~~ってこと』
主人公の味方、A子ちゃんが言う。
「ええっ!」
私は思わず声を出してしまった。
漫画には、そりゃあ私の知らないあんなことやこんなことが書かれていて、私は頭が真っ白。
今ドキの少女漫画ってこんなに赤裸々に描かれているの!?
しかも家に行ったら、そういうことをする合図?!
何にも考えず、返事をしてしまったことを後悔する私。
やっぱりまだ家は早いと思って、断ろうと思ってたのにすっかり忘れてしまった……。
「どうぞ、家あがって」
どうしよう。
これは、断れない雰囲気。
何も準備してないのに、私、どうしたらいいの?
クツをそろえてあがると、有川くんの匂いがふわりと広がった。
うわ……有川くんの匂い……幸せだなあ。
って、そうじゃなくって!
「僕の部屋、一番奥の部屋だから先入っててお茶持ってくるから」
「は、はい……っ!」
中には誰もいないし、これって有川くんと2人きりってことだよね。
どうしよう、どうしよう。
やっぱり帰った方が……焦りながらも有川くんの部屋のドアを開けると、そこには彼らしいシンプルな部屋が広がっていた。
「うわぁ~~!有川くんの部屋だ~」
焦る半面、彼の家をみたい気持ちはいっぱいあって私の表情は忙しい。
周りをみながら、床に座ると彼はお茶を持って入ってきた。
「これ、適当に食べて」
「あ……はい」
って、有川くん!!部屋着じゃん……!
いつの間に着替えたの!?
うわわ、なんか……すごく色気が出てる気がする。
とりあえず、お茶を飲んで自分を落ち着かせる。
しかし、いつもと違って気を許している彼を見ているとなんだか2人きりだということを実感してしまった。
「へへっ、なんか有川くんのお家はじめてで……」
──バク、バク、バク。
どうしよう。
もし有川くんと、そういうことになっちゃったら……。
私、まだ全然心の準備が出来てない。
「吉田さん、なんか手震えてない?」
「や、やっぱり帰ろうかな……」
「は?」
「いや、あの違うの……漫画で見たから……」
「漫画って何?」
やばい。つい言っちゃった……!
ずいっと顔を近付けてくる有川くんに、私は更にパニックになってつい、口走ってしまった。
「な、なんか……付き合ってる同士がお家に行くのは、そういうことするって……」
「そういうことって?」
えっ、そこまで聞いちゃう!?
「えっと、あの、その……ベットに押し倒されたりとか……」
あれ、私なに有川くんにこんなこと話してるんだろう。
これってなんか違うんじゃ……。
「ふぅん、それって……」
──グイー!
「きゃ……っ」
「こういう状況?」
私がグイっと引き寄せられたのは有川くんのベットで、背中にはベット、視界には有川くんが広がっている。
「あ、あの……っ、はな、離して……!」
「ねぇ、吉田さんが見た漫画ではどんなことしてたの?」
耳元で有川くんの声を流し込まれる。
それはいつもと違う、色気のある声だった。
「教えてよ、美玖」
耳元でささやかれ、名前を呼ばれる。
ずっと呼んで欲しかった名前をこのタイミングで呼ばれるなんてもう限界だった。
「……っ、く」
緊張と自分の限界が全て涙に変わってあふれ出す。
泣かないって決めたのに。
なんだかドキドキと不安とが入り混じって泣いてしまった。
「ご、ごごめん……っ泣くつもりじゃなくて」
「僕、そんなに意地悪した?」
意地悪はされたけど……っ。
有川くんの表情を見ると彼は優しい顔をしている。
「本当に泣き虫だなあ」
そうやってつぶやくと彼は手で私の涙を拭った。
「緊張してるから、ついね?イジメたくなっちゃった」
──ドキ、ドキ、ドキ。
「なんかさ、吉田さんのことイジメたくなっちゃうんだよね。反応が面白くて」
「は、反応が面白くて!?」
「まぁ、それも愛情ってやつ?」
有川くんの口から愛情なんて出てくるとは思わなくて、私の涙はピタっと止まった。
「大体さ、急にそんなことするわけないだろ?僕だってキミには怖い思いをさせたくないんだから」
有川くん……っ。
あ……、私有川くんのこと……好きだ。
前からそれは思ってたけど、今改めてその感情がやってきた。
「ゆっくりでいいよ、キミの嫌なことはしない」
……好き。本当に本当に、大好きだ。
「有川くん……っ私、有川くんのこと大好きですずっと潤くんの側にいたいです……っ」
気持ちがこぼれて、止まらなくって素直に思ったことを伝える。
すると彼は言った。
「あのさ、そういうの全部伝えられたら抑えられるものも抑えられなくなるんだけど?」
「ええっ!」
「だって僕、キミを押し倒してるわけだしね」
「え、ちょ……」
「もちろん、我慢しているわけだし……」
「そ、そういうことは……」
「うん。だからさキスだけさせて……」
ええ!そうやって声を出そうと思ったら
「んん……っ」
すぐに彼の口付けが降ってきた。
「んぅ……」
甘い、甘い口付けと。
「未玖」
甘い、甘い声。
そのキスと声は私をぐずぐずに酔わせてく。
「潤く……っん、すき」
「うん、」
「潤くんは……っ」
慣れない呼吸で必死に聞けば彼はにこっと笑って答えた。
「好きだよ」
ああ、やっぱり彼がすき。
人といて、こんなにドキドキすることってない。
きっと有川くんだけが私の心を動かしてドキドキさせる。
──ぎゅっ。
恋ってそういうものなんだ。
起き上がって、彼を抱きしめると有川くんは小さい声で言う。
「あんま可愛いこと、しないでよ」
「え?」
「食べたくなっちゃうから」
「……っ!」
ぼっと顔を赤くしながらいつかはそれも……。
なんて考えちゃうのは大好きがこぼれるほどに恋をしたせいだ──。