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第34話:目の前にいたのは

【莉乃side】


潤が屋上から出て行き、一人になったこの場所で私はうづくまっていた。


冷たい風がふく。

その寒さは心にも響いた。


「けっきょく一人になっちゃったな……」


賢人も潤もいない。

この場所に一人ぼっち。


私って、好きな人とうまくいかないようになってるのかもしれない。


昔から、自分が好きになった人とはうまくいったことがないもん。


それなら好きにならなきゃ良かったのに、どうしてかそういう人を好きになってしまうんだよね。


でもまさか、アイツのことを好きになるなんて思わなかったけど……。


アイツが大事なところで声かけてくれるから。


『手。震えてる』


優しくするから……。


『大丈夫か?』


助けたりするから。


『コイツに手出したらただじゃおかねぇからな』


だから……。

好きになっちゃったんじゃん。


本当、迷惑なヤツ。

あんなに口悪くて俺様なのに、ちゃんと人のこと心配してくれて何かあったら助けてくれる。


カップルを交換しただけで私たちの間にはお互いに何かする義理なんてないのに……。


アイツは守ってもくれたんだよなあ。

それで、気付いたら好きになってるなんて本当、ダメだな。


今度会ったらあんたのせいよ!って怒鳴りちらして、それから……。


──ポタ、ポタ。


目から頬を伝って涙が溢れる。

それで、あんただけ幸せになるとか、なんかムカつくって言って……。


それで……、それで……。

良かったねって。今までありがとうって言ってお別れするの。


ポタポタと涙が零れ落ちて止まらない。


ああ、いつからこんな弱くなってしまったんだろう。

潤の前ならいくらでも我慢できたのに。


その涙を拭うことも出来ずに、私はぎゅっと手を握った。


「あんなに笑顔でデートするって言われたら、いってらっしゃいって言うしかないじゃない……っ」


何も言えなかった。


思ってる気持ちも、今までの感謝も。

好きだってことも。


気付いたらもう遅すぎて、私は一人になっていた。


何してるんだろうって思う。


もし2人がより戻したら、賢人の幸せそうな顔を見て良かったねって言ってあげないといけないのに。


冷たい風が私を包み込む。


「でも、これ以上望んだらダメだよね」


だって私は、前に進めたのだから。

当時手放してあげることの出来なかった好きな人を、今日は送り出すことが出来た。


変われたんだ、この3ヶ月で。

賢人と出会って、前に進めたんだ。


だからもう、それだけでいい。


「これからは一人で……」


頑張るの。

ぎゅっと手をにぎりしめ、涙をふいて自分に言い聞かせると私は立ち上がった。


帰ろう……もう。

そして振り返った時。


──ジリー。


「誰が一人だって?」


彼はそこにいた。

まるで夢でも見ているような気分で信じられなかった。


「賢人……なんでここにいるの!?」


未玖ちゃんの所に行ったハズの彼は確かに今、私の目の前にいる。


だってデートしに行ったんでしょ!?

より戻すために彼女を選んだんでしょ!?


「ダメだよ、美玖ちゃん待ってる」


私が伝えると賢人はそっぽを向きながら言った。


「誰かさんが泣いてるかもって思ったら、居ても立っても居られなくなっちまったじゃん」

「え?」


何を言ってるの?


ああ、そうか。

これは賢人なりの優しさか。


「バカ!!お人良しすぎよ!そんなことしてないで、早く戻りなさいよ」


慌てて賢人に言い聞かせる。

しかし、彼はこっちに来て言った。


「バカはお前だろ。お前一人にして戻れるかよ」

「な……っ、」


なんで、そういうこと言うのよ!


「俺は莉乃を選んで戻って来たんだけど」


「何言って……私は大丈夫だから。潤との話し合いも終わったし、納得のいく話になって……」


「じゃあなんで泣いてんの?」


賢人はそう言うと、私の頬に垂れた涙を指ですくった。


「心配なんだよ、ずっと莉乃のことが」


なんで私がわざわざ笑顔で見送ったのに、せっかく気持ち押し込んだのに、また戻ってくるのよ。


そんな好きだって思わせることされたら、ますます気持ちが溢れちゃうじゃない!


「もう、いいからどこか行って!だいたいね!賢人はズル……」


「俺さ、気が付いたんだ。未玖とのデートの時も莉乃の話してるし、何かあるたびにお前のこと考えちまってるって。悲しんでねぇかな、とか今何してんのかな、とか無意識にお前のことばっかり考えてた」


賢、人……?


「なんだこれ、って思ったら未玖に言われたんだ。莉乃のことが好きなんだねって。そんなわけねぇじゃんって思ってよ。否定しようと思ったんだけどさ」


賢人は少しうつむいた後、笑顔になって顔をあげた。


「心当たり、あり過ぎて否定出来なかったんだよな」

「なっ……」


「なんだよ、俺……莉乃のこと、好きなんじゃんってさ今更気付いちゃったわけ。そんで、自覚したらもっとお前に会いたくなって、全速力で走ってここまで来ちまったんだけどよ。俺……どうしたらいい?」


ぎゅっと唇に力を入れる。

だって、じゃないと泣き声がもれてしまいそうだから。


「お……おそいっ」

「だな」


「デートって嬉しそうに行ったくせに……」

「悪かったよ」


もっと文句言ってやろうと思ったのに、言葉が全然出てこない。


涙ばっかりが流れて、地面に落ちていく。

本当に言いたい言葉はそれじゃない。


本当は……本当に言いたいのは……。


「来てくれて……っ、ありがと」


もっと素直な言葉だ。


「泣かせちまったな……」


賢人は優しい声で言うと、私の頭をポンポン撫でた。


「好きだよ、莉乃」


賢人の言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。


ああ、初めてだ。

本当に好きな人から、こんなふうに気持ちが返ってきたのは。


「私も……すき。賢人が好き……」


気がつけば、自然と口をついていた。

今までの恋はいつも一方通行で、寂しくて、虚しくなるばかりだった。

でも、今は違う。


好きって言葉がまっすぐに相手に届いて、そして同じ温かさで返ってくる。


それが、こんなにも嬉しくて心が満たされるなんて知らなかった。


「莉乃……」

「賢人……」


見つめ合うと、賢人がそっと手を伸ばし、私のあごを優しく支える。


くいっと上を向かされると、温かい唇の感触が降ってきた。


「悪りぃな。もう止めてやれねーから」


低くて、少し掠れた声に心臓が跳ねる。


うん、私も……。

もう我慢しない。


「んん……っ」


賢人の唇は柔らかくて、温かった。


熱を帯びた感触がじわじわと広がる。


あの日、どうしてもくっつかなかった気持ち。

すれ違ってばかりだった想いが、今、ようやく結ばれた。


――この恋はワケありだ。


仮のカップルとして3カ月間過ごした私たち。


相手に振り向いて欲しくて、手を組んで、嫉妬させたかったけど失敗に終わって、数々の切ない気持ちを経験してきた。


でも今はもう大丈夫。

隣には大好きな相手がいるから。


これからは、普通のカップルとしてお互いに、たくさん愛を伝えあっていこう。


その温かな未来を、確かに感じながら──。




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