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第16話:気持ちに応えた代償

【未玖side】


『あの……さ、一緒に帰ってもいいか?』


1週間に一度の会議を終えた後、久しぶりに賢ちゃんにそう言われて、思わずコクンと首を動かした。


カバンを持って下駄箱に行き、私たちは昔のように並んで帰っていた。


「…………」

「…………」


しかし、最初は気まずくて何を話したらいいのか分からず無言。


どうしよう。

賢ちゃんといっつもどんな話をしてたっけ?


ぐるぐると頭の中でそんなことを考えていると、賢ちゃんがぶっきらぼうに聞いてきた。


「昨日、テレビ何みた?」


賢ちゃんがいつも通りの話をし始めるから、だんだんその雰囲気は和らいできてすごく安心した。


安心するとつい、自分の話をしてしまうのが私の昔からのクセで……。


とはいえ自分の話しと言ったら今は有川くんとの話しかないわけで……。


「昨日有川くんと一緒に帰った時にね」


そんな話をしてしまったんだ。

しかし、その話を口走ってしまうと賢ちゃんは静かになってしまった。


あれ?どうしよう。盛り上がってない?


もっとちゃんと話さないと……。


「有川くんはすごく勉強が得意で……分からないところ教えてくれてね」


なんてことを考えながら、私は必死に話を続けた。

すると賢ちゃんはついにうつむいてしまった。


「あ、ごめん……なんか上手に話すのって難しいや。いっつもね、有川くんにも怒られちゃって……有川くん、結論から話してくれる?ってよく言うんだけど」


賢ちゃんはさらに話し続ける私の言葉を遮って小さな声でつぶやいた。


「仲いいんだな……前は俺くらいにしか心開かなかったのにな」


「そ、そんなことないよ!賢ちゃんと莉乃ちゃんほどではないよ、2人ともすごく仲良くてなんかいいなぁって思ってたの!それに……心を開くって言うよりは、私が一方的に有川くんについて行ってるだけで有川くんはね……」


賢ちゃんの反応を見て、否定した方がいいような気がして必死に弁解するけれどそれも空回り。

賢ちゃんの表情はさらに固くなった。


「もういいよ、さっきから有川くん、有川くんって聞きたくない」

「え……」


賢ちゃんの不機嫌な声。

そんな冷たい声を聞くのは初めてだった。


「俺らはお前らに振り向いてもらいたいっていう目的があるから仲良くしてんだよ。それなのに……好きなヤツには他の男の名前ばっか呼ばれて、羨ましいとか言われてさ。まじ……意味分かんねぇよ」


ぎゅっと力を込めて握られた手を見て私は間違ったことをしてしまったんだと気がついた。


「ご、ごめ……」


「なぁ、これって意味あんの?俺頑張っててもさ、全然未玖に見てもらえねぇじゃん。挙句の果てに他の男と仲良くするようになっちゃってさ、なんか頑張るのすげぇバカらしいわ」


「賢ちゃ……っ」


「未玖と強引に付き合ったのすげぇ後悔してた。でも……今なら別にそれでもいいやって思う」


すると、賢ちゃんはゆっくり私に近づいて来た。


──ドク、ドク、ドク。

いつもの賢ちゃんの表情じゃない。


なんだか怖い顔をしている。


「なぁ、アイツとキスした時どう思った?キスしてさ、情でも沸いた?」

「賢ちゃん……やだ、怖いよ」


どんどん一通りのない方の壁に追い詰められて動けなくなる。


私は怖くて泣きそうになった。


「未玖がどうせ離れてくならさ、無理やり自分のものにすればいいんだって思うことがある」

「賢ちゃ……」


「今までずっと優しく、守るように未玖のこと扱ってきたけど、もうそんなのも意味ねぇよな。他の男に奪われるくらいならいっそ……」


賢ちゃんがそうつぶやくと、私の手を掴んで無理やり拘束を始めた。


「やだ、賢ちゃん……っ、おねがい……」

「美玖、黙って」


いつも優しい賢ちゃんが怖い。

何を言っても聞いてくれない。


ぐいっと近づく賢ちゃんの顔。


キスされるー!


そう思った瞬間、私は無意識につぶやいた。


「やだ、やだ……っ、助けて有川くん……」


ーーパッ。


その時、拘束されていた手はすぐに解放された。


しかし、賢ちゃんの顔はショックを受けたように歪んだ。


「ふっは……マジ笑える」

「賢ちゃん……」


「ここで有川の名前呼ぶとか……答え出てんじゃん」

「……っ」


「最低だな、未玖」


はっと思い返す。


怖いと思った時、助けてほしいと思った時に出て来た彼は有川くんだった。


賢ちゃんの前で、しかも一番言ってはいけない人の名前を呼んだ。


「あ、ごめ……賢ちゃ……」

「もう美玖なんか嫌いだ」


賢ちゃんの顔は泣きそうだった。

そして冷たく言い放つ。


「もう好きにすればいい。お前と幼馴染も、それからカップルもやめた。解放してやるよ、俺から全部」


すると、賢ちゃんは振り返り帰ってしまった。


「賢ちゃん……!」


その背中はもう、振り返ったりしない。


賢ちゃんは立ち去ってしまった。

賢ちゃんにはじめて拒否された。


こうやって賢ちゃんに突き放されたのは初めてで、どうしたらいいか分からない。


『もう美玖なんて嫌いだ』


その言葉が頭を回る。

また、賢ちゃんを傷つけた。


私はいっつも大切な人を傷つける。


それが嫌だから、離れたのにどうして同じことをしてしまうんだろう。


目から零れる涙を止めることが出来ずに、私は歩き続けると気付けば、彼の前まで来ていた。


「有川くん……」


無意識に呼んだ名前は涙色を含んでいて、彼を困らせるものだった。


「何?」

「賢ちゃんのこと……怒らせちゃった……っ」


きっとめんどくさいって思ってる。

だけど有川くんは見捨てようとしなかった。


「はあ……とりあえず、そこの公園ベンチあるから座れば」


私は涙を拭きながらすぐそこのベンチに座った。


「どうせまたキミが無神経なこと言ったんだろ」


疲れた体を伸ばしながら有川くんは聞く。


「たぶん……、そうだと思う……最低って……言われちゃったの……いつも優しくて、守ってくれた賢ちゃんにそんなこと言われたことなくて……どうしていいか分からなくて」


思い出すだけで、涙が零れてくる。

賢ちゃんにまで拒否されてしまったら、私はもう本当に居場所がなくなってしまうから。


「それで泣きながら僕のところに来たんだ」

「ごめん……」


「いい迷惑だな」


そうだよね……。


私、賢ちゃんにも有川くんにも迷惑をかけてばかりだ。


「でもまぁいい、教えてあげるよ。ハッキリ言うけど、キミたちの関係は歪だから。幼なじみだから、ずっと一緒にいたから、ってそれ恋愛に関係ある?」


「そ、それは……」


「色んな要素ゴチャゴチャ混ぜすぎ。それにさ、最低って言われて悲しかったのは、キミがただ言われ慣れてないからなだけじゃない?」


「言われ慣れてない?」


「今まで甘やかされすぎなんだよ。こうやって離れていても、まだアイツが守ってくれると思ってる。自分から離れたクセに。もう迷惑かけたくないとか言ったクセに」


本当にその通りだ……。


私から自立したいって言ったのに。賢ちゃんから距離を置かれるのは寂しいけど、受け入れないといけないことだった。


「そんなこと考えてたらいつまで経っても同じままだ……って言ったのはキミの方じゃなかったっけ?」


え……?


「一番最初、何もしなかったら変わらないってキミ、僕に言ったろ。その言葉で僕は少しキミを受け入れたわけだけど?」


「そういえば……そうだった」


「だったらキミもアイツ無しでも生きれるように努力しなきゃ変わらない」


そっか、そうだよね……。

私、けっきょく何も変わってなかったんだ。


けっきょくは賢ちゃんに甘えてるままだった。


しっかりしなくちゃ。

人に迷惑かけないように済むように。


少しだけ気持ちが晴れると、私は顔をあげた。


「全く……キミのこと考えてる場合じゃないっていうのに」


ボソっとつぶやいた有川くん。

私はその言葉に反応した。


「有川くんも……何かあったの?もしかして莉乃ちゃんのこと?」「別に、キミに言っても仕方ないことだよ」


「あ、あの!私協力する!!」


いつも相談に乗ってくれる有川くんの力になりたくてずいっと身を乗り出すと彼は言った。


「鈍感なキミには分からないでしょ」

「女の子のことなら……分かるもん!」


私が胸を張って答えると、有川くんははあっとため息をつきながら答えた。


「……恋の話だよ、僕は恋に一生懸命になる人が分からない……けど、気持ちに応えた代償はデカいんだって思った」


そう、気持ちに答えられないのに、受け入れた代償は大きかった。

でも……。


「恋に一生懸命になるのはきっと素敵なことだと思う!ドキドキして、その人に会いたくなってもっと近くに居たいって思ったり、顔が近くにあると……キャってなっちゃったり……」


私の想像している恋というものをさらけ出すと、有川くんは私にずいっと近寄った。


「……っわ、ちょっ……っ?」


あまりにも顔が近くて恥ずかしくて目を反らす。


「どう?キャってなった?」

「え、い、えっと……」


「マンガの読みすぎだよ、誰だって近づいて来たら驚くけど、それだけだ」


そっか……なんて言いながら私はバクバクしている心臓を抑えた。


誰でも心臓バクバクするのかな。


「ま、いいよ。恋なんて分からなくても」


そう言って有川くんは立ち上がると私の方を見て言った。


「もう泣きやんだ?」

「うん……ごめんね、迷惑かけて」


「ホント。泣き虫は一番嫌いなんだけど……」

「も、もう大丈夫!もう泣かない」


「フッ、それ何回目?」


有川くんはくすりと笑った。


──ドキ。


有川くんの笑った顔、好きだな。


もっと色んな顔見てみたいな。


「なに、じっと見てきて」

「い、いえ!なにも……」


私が伝えると、有川くんはくるりと背中を向ける。


「じゃ、また明日」

「あ、うん……ありがとう!」


また、明日。

その言葉が有川くんから出てくるのがただ単純に嬉しかった。


もう賢ちゃんには頼らないようにする。

迷惑をかけないって決めたんだから自分で頑張るんだ。


私はそう決意して帰ることにした。




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