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第11話:そういう所は嫌いじゃない

【潤side】


パシンと激しい音を立てるビンタをされたのは初めてだった。


「……痛」


それもまさか、莉乃にされるなんて。


じくじくと痛む頬を押さえていると目の前にいる彼女は心配そうな顔をして覗き込んできた。


「あ、あの……大丈夫?」

「まあ。でもいいの?キミ、全然アイツと話してなかったけど」


「あ、うん。今は何話したらいいか分からなくて……」


そう言いながら、彼女は何かを言いかけた。


「あの……」

「なに?」


「保健室で冷やしてもらおう?腫れちゃうかもしれないし」

「そんな大ごとじゃないでしょ」


「でも……」


言いかけた彼女は何かひらめいたみたいな顔をして屋上から去っていった。


なにをしてるんだか。

もう帰りたい気持ちでいっぱいだけど、戻ってきて僕がいなかったらあの人泣きそうだし……。


しばらく外を眺めていると、ハンカチを手に持った彼女が帰ってきた。


「これ使って」


ハンカチを冷たい水で濡らしてきたのか、手馴れた手つきで僕の腫れた頬にそれを優しく押しつけた。


「どーも」

「いえいえ」


それから沈黙が続き、彼女と向き合う時間が増える。

すると彼女はそれを気まずく思ったのか小さな声でつぶやいた。


「……有川くん、あんなこと言うから……」

「あんなこと?」


頬が染みたけれど、僕はそれを顔に出さなかった。


「誤解されるようなこと……家に行ったなんて、有川くんが家まで送ってくれただけだったのに」

「キミだって僕のこと、かばったじゃないか」


「だってあれは、賢ちゃん完全に怒ってたから有川くんがやられちゃうと思って」

「は?」


僕の声のトーンが変わる。


そのことに気づいたんだろう。


彼女はしまったという顔をして慌てた。


「ち、違くてね!賢ちゃん強いから……」


だけどその反応は自分をもっと追い詰めるだけだ。


「それは僕が弱そうって言いたいの?」

「えっとちが……」


「見た目で決め付けるなんて心外だな」

「ご……ごめん」


何も言えなくなってしまった彼女はうつむいた。


「僕はあんな単細胞にやられるほどもろくないよ」

「た、単細胞って……」


「普通に人並みには鍛えてる。例えばキミを片手で抱えることだって簡単に出来るんだよ」

「え、」


そういうと僕は目の前の彼女を片手でひょいっと抱えた。


「きゃ……っ、ちょ、おろして下さいっ!」


バタバタと暴れる彼女に「こりた?」って聞いてやると、彼女は慌てて答えた。


「こ、こりた!こりたから!」

「ふっ」


ちょっとからかうつもりでやっただけなんだけど……。


吉田さんをパッと放して床に降ろすと彼女は涙目になりながら言う。


「こ、怖かった……けど、すごかったです」


まぁ、急に宙に浮いたら怖いだろうね。


「あんなヤツに僕は負けないって分かったろ?」

「有川くんが強いのは分かったけど……」


彼女はそう言うと、少し気まずそうな顔をして反論した。


「でもやっぱり、よくないよ。莉乃ちゃんだって誤解しちゃったから、こんなことになっちゃったんだもん」


確かにあんなに莉乃が怒るとは思わなかった。

だけどただの冗談じゃないか。


仮に今は別れているんだし。


「そんなに怒ることじゃないだろ」


「怒るよ、だって莉乃ちゃんにとって有川くんは大切な人なんだもん。好きな人のことなんだからきっとショックだったと思うよ」


真剣な顔でそんなことを言う。


「そういうの僕には全然分からないな」


「私もまだよくは分からない……でも大事な人はいるから……傷つけたくないって思うの」


別れたアイツのことだろうか。

大事というクセに別れたがる意味はやっぱり分からない。


「……でも、初めてだったな」

「え?」


ポツリともらした言葉に吉田さんは反応する。


「ビンタなんてされたことないし」


ましてや莉乃があんな顔を僕に向けてくるなんてあり得ないことだった。


いつも好き、好きうるさくて、僕が話すことはなんでも嬉しそうに聞いてきた。


どうせ誰でもいいんじゃない?


莉乃を助けたのが僕じゃなくても、きっと彼女はその相手に恋をしただろう。

だから、ずっとくだらないと思ってた。

恋愛なんて。


でも、そんな莉乃がはじめて僕に強い感情を向けた。


「莉乃ちゃんは、それほど有川くんのこと思ってたってことだよ」

「ふぅん」


別に誰でも良かったわけじゃないのか。


莉乃は一応僕を選び、僕を思っていた。


誰を思っていようが思っていまいが僕には関係ないけれど……。


あの時の感情はちゃんと伝わってきた。

3ヶ月経って、ちゃんと別れられるならそれでいいと思ってたけど、向き合うのも大事なのか。


なんて柄にもないこと思ったり。


すると、彼女は僕の服の袖をちょこんと掴んで言った。


「あ、のさ……莉乃ちゃん、有川くんにビンタしちゃったけど有川くんのこと想ってるからだから……怒らないでいてあげてね?」


「別に、そんなことで怒らないし……莉乃のいいとこでもあると思ってる。そうやって、ハッキリものを伝えてくれるのは。キミみたいにうじうじしてないから付き合ってみようと思えたのかもしれないし」


「え、」


吉田さんは驚いた後、嬉しそうな顔をして言った。


「そうだったんだなんか……嬉しいな」

「なんで喜んでるの?むしろ今はキミをけなしたんだけど」


「へへっ、やっぱりみんなが仲良しの方がいい!それに……有川くんが自分のこと話してくれるのがちょっと嬉しかったり……」


彼女の脳内は全部、平和なお花畑で出来てるんだろうか。


「いい捉え方しすぎ、別にキミに話したわけじゃないし僕は3ヶ月経って莉乃と縁を切りたいと思ってることは変わらないんだから。それにキミともね。3ヶ月経ったらこの関係はおしまいだ。キミだって別れたいと思っているんだから仲良しの方がいいなんて言ってないで、早くあいつから離れられる方法考えなよ」


彼女は悲しそうな顔をするけれど、そんなの知らない。これが事実なんだからしょうがない。


僕はすっと立ち上がると、彼女に言った。


「ありがとう」

「えっ?」


頬をちょんちょんと叩く。

すると彼女はぱあっと笑顔になった。


「どういたしまして」


喜怒哀楽激しすぎデショ……。


顔見てれば、どんな気持ちなのかすぐ分かる。楽と言えば楽なのかもしれないけど、どちみち3ヶ月で終わりの関係だ。


時間なんて作る必要はない。


「じゃあ帰るから」

「あ、の……」


彼女はまっすぐに僕を見つめて言う。


「一緒に帰ってもいいですか」

「…………」


「今日も一緒に……」

「勝手にすれば」


無駄なことしてるって分かってはいるのに、周りに流される僕も大概だ。


なんか調子狂うんだよな……。



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