【莉乃side】
「ウソ、だろ……」
「潤……」
衝撃的瞬間を見た私たち。
私はかすれた声を出すことしかできなかった。
潤とあの子がキスをした。
どうして。なんで、キスなんてしたの?
真っ赤に顔を染める彼女の顔が目に入る。
潤のこと、好きなの……?
ズキン、ズキン、ズキン。
心臓が痛み出す。
潤が何考えてるか分からないよ……。
私が固まっていると、潤はあの子の手を引いて走って逃げていく。
なんだか虚しくて、苦しくて仕方なかった。
「おい、莉乃おいかけるぞ!」
賢人の言葉に、はっと反応するけれど私の身体は動かない。
目の前で見た光景はショックすぎて言葉も出なかった。
「……おい、莉乃?」
すると賢人は変に思ったのか、私の顔を覗き込む。
「どうしたよ?」
「あ、ごめん。えっと……私はもう追いかけなくていいかなあ〜ちょっと疲れちゃったし、もう時間も遅いし……」
泣きそうな気持ちを誤魔化しながら笑う私。
すると彼は何かを察したのか黙り込んでしまった。
「…………」
お互いに見たくもないものを見てしまった。
さっき全力で追いかけていたら少しは忘れられていたかもしれないのに、なんか、雰囲気壊しちゃったかな。
「……帰ろっかな、あんなに逃げてるのに追いかけるのはしつこいし」
ああ、ダメだ。
泣きそう。
涙が出そう。
でも絶対だめ。
誰かの前でなんて泣きたくない。
「じゃあね」
そう言って顔を見られないように帰ろうとした時。
──グイ。
「待てよ」
私は賢人に手を引かれた。
「なに、もういいでしょう?私は行きたくないのそれでも追いかけたいなら一人で行ってよ」
うつむきながら答える。
顔、見られたくないのに早く帰りたいのに、この男はなんでこういう時、止めようとするかな。
そういうところ、本当に嫌い。
手を振り払おうとした時、彼は突然言った。
「なんかうまいもん食いたくなった付き合えよ」
「はあ?」
……どういうつもり?
まだ返事もしてないのに、私の手をグイグイ引いて歩きだす。
「ちょっと、ねえ!」
私の意見なんておかましなしに賢人はどんどん歩いていく。
まったく、どういうつもりよ!
強引に手を引かれるうちに悲しさよりも、疑問の方が勝って気付けば涙は止まっていた。
賢人に見られなくて良かった……。
「着いたぞ」
そして目的地に着くと、顔を上げた目の前には赤い旗が立っていた。
「ここって……」
中からはとてもいい匂いがする。
「そ、ラーメン屋」
明らかに女子と来るようなところではないけれど、私もラーメンが大好きだった。
「今ダイエット中なんですけど!」
「じゃあめちゃくちゃうまく感じてラッキーじゃん」
バカみたい。
でも今はそのバカさに救われている。
私たちは中に入ることにした。
匂いにつられお腹がすいてくる。
ああ、そういえばラーメンなんて久しぶりかもしれない。
「醤油ラーメン」
「私も」
2人して同じものを頼んでやっぱラーメンは醤油だよな、なんて色気のない話をする。
それはいいけれど……。
「女の子連れてくるならもっとカフェとかイタリアンにしなさいよね」
文句だってある。だけど、すぐにでて来たラーメンを食べるとやっぱりおいしくて笑顔になれた。
「んだよ、ウマそうに食ってんじゃん」
「おいしい」
「だろ?超おススメなんだよなあ。未玖はさあ、ラーメン苦手だからいっつもイタリアン系になっちまうんだけど俺、イタリアンだと腹に溜んねーからなあこういう方が好き」
「ふぅん」
ズズっとすすりながら、思い出す。
潤とあの子のキスを。
あの時、潤は私の前でどんな気持ちでキスしたんだろう。
私のこともう全く気にもしてないのかな。
ううん、初めから……視野に入っていなかったのかもしれない。
付き合った時も気まぐれで……。
そんなことを考えているとじわりと涙がにじんだ。
「あ、わりぃ」
箸を止めた私を見て、賢人は謝った。
「ううん」
別にあんたが悪いわけじゃないもの。
それから私たちはあまり話さずにラーメンを完食した。
「ごちそう様でした」
食べ終わってレジに向かうけれど、賢人は私の分のお金まで払って外に出た。
「ちょっとお金……」
「いいよ、俺が付き合えっつったんだから」
「でも……」
「黙っておごられとけよ、泣き虫」
「ちょ……!」
バレてたの?
「そういうの見てないフリするのが、スマートな男っていうもんじゃないの!?」
私が声を荒げていうと、彼はべっとベロを出して言う。
「俺は見て見ぬフリしない主義なの」
「そういうタイプ嫌い!!」
やっぱり最後は言い合いになる。
けれど。
「ふっ、ちょっと元気出たじゃん」
あ、なんだ……。
コイツ、私のこと元気にさせようとしてくれてるんだ。
ちょっとだけいい奴……かも?
なんて思ったりもして……。
「お前が元気ねぇとなんかイジリがいねーからな」
……やっぱり前言撤回!!
「ていうかさ、あんたはあの2人のキス見てもなんとも思わなかったわけ?」
落ち込んだ素振りを見せない賢人にずっと気になっていたことを聞くと彼は言った。
「なんとも思わないわけねーんだけどさ、俺あの2人のキスみた瞬間、あいつのこと殴ってやろうつーのが先に来て……」
「絶対やめてよ」
夜8時。
外はだいぶ暗くて顔が見えないから、こういう話をするのにちょうどいい。
「まぁつまりだな、追いかけようが先に来ちまったんだけど、お前のこと見て普通ショックつーのが先だよなって我に返ったんだよな」
「どういうこと?」
私は賢人の言ってる意味が分からなかった。
「俺にもよく分かんねぇんだけど、美玖のことはずっと守ってやりたいと思って生きてきた。その感情が恋だって疑わなかったんだけど、もしかして守りたいって恋じゃないのか?」
「私に聞かれても知らないわよ」
「そうだよな。ショックはショックだけど、よく分からなくなっちまった……」
あいまいな賢人の言葉はよくわからなかった。
きっと本人にも分かっていないんだと思う。
小さい頃からずっと一緒にいて、守らなきゃいけない存在。
守るというのは、恋なのかそれともまた別のものなのか。
でもすきだから、守りたいって思うんだから恋であると私は思うんだけど……。
たぶん2人には思い出が強すぎて、たくさんの気持ちがあるのかな。
「お前は?」
「え?」
「別に話したくないならいいんだけどさ、今ある気持ち俺にぶつけたらスッキリするかなと思ったんだけど?」
なんだかな。
私が弱っている時、賢人は優しくなる。
これじゃあ調子くるっちゃうじゃない。
何も言わずに帰ろうと思ったのに……。
「私はさ、潤と一緒にいても手出されたことなんてなかった」
それが寂しくて、手だけでも繋ぎたいとか伝えてみてもダメだった。
「だからさ……けっこうショックだったの。魅力がなかったんなら無かったでもいい。でもあんなに簡単に潤ってキスするんだって思ったら、なんか悲しくなっちゃって。私たちを追い払うためのキス、だったとしても見たくなかったの」
今泣いても、外は暗いから顔を見られる心配はない。
潤の考えていることは分からないって言った。
でもそれは昔から。
前からずっと分からないままだ。
「でもさ大事にしてたんじゃねーの?お前のこと」
賢人の言葉は嬉しいけれど現実はそうじゃない。
「そんな風には見えなかったわよ。いつも煩わしそうで、きっとずっと別れたかったと思うの。それを知ってて私は気付かないふりをしてた。私も、性格悪いわよね。でも付き合ってるのに毎日片思いって……本当に切ないのよ」
私が今思っているすべてを吐き出すと彼はまた黙ってしまった。
てか私、今日暗い話ばっかり。
さすがに呆れるよね……。
「ごめん、こんな暗いはな……」
「お前さ、もうあいつのこと考えるのやめろよ」
え?
突然言われた賢人の真剣な言葉に私は声が出なくなった。
「俺にはやっぱりあいつのこと、理解出来ない」
「好きなら大事にしてぇって思うし、初めから好きじゃねーなら付き合う意味分かんねーじゃん。お前はさ、好きなやつのこと、こんなに一途に思える奴なんだからもっと同じように思ってくれるやつと付き合った方がいい」
私のことを愛してくれる人……?
そんなのどこにいるの?
私は嫌われものだ。
誰も私のことなんて好きになってはくれない。
大事にしてはくれないの。
「なぁ、莉乃。俺はすっげぇ幸せだと思う。一途に自分のこと思ってくれて、お前がさっき流した涙も、笑顔も全部俺のもの。最高じゃん。大事にしたいって思うよ」
──ドキン。
"大事にしたい"
そんなこと初めて言われた……。
賢人の言葉に心臓が強く胸を打つ。
……嬉しい、とか幸せだとか、自分が言われたのかと、思った……。
「だから、あんま自分のこと責めんなよ」
頭をくしゃっと撫でる賢人。
さらにドキドキは強くなる。
なに、これ……。
なんで私、賢人なんかにドキドキしてるの?
意味、わからない……。
「頑張ろうぜ、俺たちさ」
フラれたもの同士、慰めあってるだけなのに、不覚にもときめいてしまった。
自分と同じように愛してくれる人。
そんな人、見つけることが出来るんだろうか。
私は潤以外に人を好きになり、その人に愛されることが出来るんだろうか──。