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第8話:賢ちゃんがおかしい

【未玖side】


有川くんと一緒帰った次の日。

放課後の図書室でなんだか不思議なことが起こっていた。


「ほら、賢人。あたしのお気に入りのCD貸してあげるから」


「ラッキー!やっぱ、持つべきものは莉乃だな」


ふたりは図書室の席に隣同士で座りながら、何やら親しそうにしていた。


「ちょっと、これどういうこと?」


有川くんが眉間にシワを寄せて聞いてくる。


「分からない、私もなんかビックリしてて……」


彼が嫌そうな顔をするのを横目で見つつ、どうすればいいのかと考える。

すると有川くんはため息をつきながら言った。


「なんでキミはいっつもめんどくさいの連れてくるかな。てか僕のところ来ないで欲しいんだけど?」


「ごめん……っ!でもどうしたらいいか分からなくて……有川くん図書室にいるって聞いたから来てみたんだけどそしたらついて来てて……」


最初は私の後を二人でゆっくり付けてきていて、私も有川くんに挨拶をしてから帰ろうかなと思っていたら、ここまで付いてきてしまった。


「チッ」


と舌打ちする有川くん。


有川くんと同じクラスの人に行方を聞いたら、大抵ここで勉強をしてるって言ったら、来ちゃったの。


間違えだったかな……。

しかし、有川くんは賢ちゃんと莉乃ちゃんを視界に入れないようにして勉強を続けた。


「ねぇ賢人、ここ分からないんだけどぉ」

「これはな、こうしてこうやるんだぞ」


「あ、そっかぁ!賢人頭イイ!」

「まぁな」


あの2人の不思議な行動……。


あれはなんだろう?


「……ま、実際は私の方が頭いいけど」

「は?俺に決まってんだろ?バカかよ」


なんか仲良しそうに見えるけど、ケンカしたりもしてるし……。

でもイチャイチャしてる……のかな?


「ふたりはいつの間にそんなに仲良くなったんだね!」


私が声をかけると、賢ちゃんが鼻高々に言う。


「そうだぜ、俺たちは初日に意気投合したんだ」

「そうよ。相性ピッタリなの♡」


すごいなぁ……。

私が感心していると有川くんが小さな声で言う。


「話しかけると調子乗るから座りなよ」

「あ、はい」


有川くんに促されて、私は有川くんの隣に座る。

調子乗るって、どういう意味だろう。


でもせっかく有川くんがいいって言ってくれるなら、私も勉強しようかな。


ノートを取り出して、数学のテキストを開く。


今日の宿題なんだけど、数学苦手なんだよね。


集中して問題を解いていると、向かい側からコソコソ声が聞こえた。


「おい、全然こっち見なくなっちまったじゃねぇかよ」

「あんたのせいでしょ?もっと私に尽くして彼氏っぽい姿見せなさいよ」


「無理に決まってんだろ、お前可愛くないし」

「はぁ!!なんですって!!」


ガタっと莉乃ちゃんが立ち上がると、有川くんは我慢の限界だったのかテキストをしまってしまった。


「有川くん……?」

「片づけて、帰るよ」


「え、あの……っ」

「早くして」


急いでノートをカバンにしまい、図書室を出る彼を追いかける。


「あ、おい……!行っちまったぞ」

「追いかけるわよ」


後ろからそんな声がしたかと思ったら、有川くんは私の手を繋いで突然走りだした。


……あ、ちょ……待って。

手、はじめて男の人に繋がれた……。


「あ、あの。有川くん!?」


パニックになる暇もなく、有川くんは廊下を走りだす。


「う、あ……待って……有川くんっ」


有川くんに引っ張られる。


が、頑張らないと……。


必死に足を動かすけれど、日ごろからそんなに足が速くない私はその場で足がもつれてしまった。


「きゃっ」


──ドシャン!


派手に転んでしまった私。


「痛いいい……」


また有川くんに呆れられる……。


そう思っていると、有川くんが私の目の前にやってきて私の身体をそのまま抱えた。


「へっ……きゃっ、何!?」


有川くんは軽々と私を持ち上げる。


有川くん、こんな力持ちだったの!?


「しっ、黙ってキミ遅すぎなんだよ。追いつかれる」


気づけば私は彼に抱えられていて。


「あの、おも……おもい……っ」


プチパニックになっていた。


「重いのは僕の方だから」


有川くんは私を抱えたまま走り、近くの教室に入った。


そしてすぐに教卓の下に私を押し込むと、そこに自分も入った。


え、え、え!?

こんな密着……!男の人と……。


──ガラガラ。


教室の扉が開いて莉乃ちゃんと賢ちゃんが入ってくる。


「どうしよう、バレちゃ……」

「しっ、いるからまだ」

「んぐっ」


私は有川くんの手で口を塞がれる。


──ドキン、ドキン、ドキン。


心臓が激しく音を立てる。


有川くんも近いし、こんなの耐えられないよ。


今まで、賢ちゃんとしか男子と関わってこなかった私は顔が真っ赤になった。


「いないわね」

「どこ行ったんだよ、アイツら」


2人の声が聞こえてくる。


しかしいないと判断したのか、ふたりは少し周りを確認するとその場から去っていった。


たたたっと足音が遠くなるのを感じると有川くんは手を離してくれる。


「はぁ……疲れた」

「キミは転んで僕に掴まってだだけだろう」


「う……、すいません。」

「でも逃げ切れて良かったね」


私がそこまで言うと、有川くんは淡々と言う。


「ってか、キミが退いてくれないと出られないんだけど」

「そそそそ、そうでした!!」


うわあああ、めっちゃ恥ずかしいことしてた。


二人が出て行ったんだから早く出ないとだよね!


教卓を出ると、私は心臓を落ち着かせる。


「私ね……賢ちゃん以外の男の子とほとんど話したことないの……。ちょっと苦手意識持ってて、話す機会があると怖くなっちゃったり、上手く話せなかったり。でも、さっき有川くんがこんなに近くにいても大丈夫だった。すごい心臓はバクバクしてたんだけど……怖くはないだって思えて安心して……有川くんは、私にとって特別なのかも」


ちょっと恥ずかしくて、下を向きながら、自分のことを伝えると有川くんは少し黙った後、一言言い放った。


「キミさ、やっぱりあいつと付き合ってた方がいいと思うよ?」

「え……?あいつって賢ちゃんと?」


「そう。今まで守ってもらってた奴が急にナイト無しで出歩けないって話さ」

「ど、ど、どういう意味……?」


「無防備すぎるんだよ。平気でそんなことを、男の前でしかもこんな一目につかない所で口にするなんて取って食べて下さいって言ってるようなもんだ」


取って食べて……っ!?


「ちが……っ、私はそんなつもり……」


「だからだよ。自覚なしでそういうこと言うから言ってるんだ。キミ、他の人と恋愛なんて向いてないよ。諦めた方がいい。大人しくあいつに守ってもらう方が身のためだ」


大人しく、賢ちゃんに守ってもらう。

そう、ずっとそうだった。


賢ちゃんがずっと守ってくれていたから賢ちゃんが側にいてくれたから、だから私はこうやって今も元気でいられるんだ。


だから……だからこそ。

私と一緒にいることで賢ちゃんを傷つけたくないの。


「それはダメなの!」


私は有川くんに必死で伝える。


「危ない思いしたっていい。私といて賢ちゃんが傷つくよりも、私が危ない思いした方がいいもん……っ!だからもう、守ってもらわなくていい!自分の身は自分で守るから」


有川くんの目をしっかり見てそう答えれば、彼は呆れた表情を浮かべた。


「僕にはキミの考えが理解できないけどね。まぁじゃあ一つだけ忠告……」


そう言うと、有川くんは少し優しい声で言った。


「特別なんてそう簡単に言わない方がいいよ。特に男の前ではね」


そ、そうだったんだ……。

何か有川くんの勘に触ったのかな?


「そろそろ出よう」

「うん……」


私たちは教卓から出ると、そのまま教室を出て下駄箱に向かった。


通学路を並んで歩く私たち。


そこに会話はない。

しかし、有川くんは自然と私の家の方まで来てくれていた。


「あの、有川くん……本当にここでいいよ。有川くんの帰りが遅くなっちゃうし」

「いいよ。逃げてたせいで時間も遅くなっちゃったし」


有川くんは自分が付けてる腕時計を見つめる。


「ありがとう、優しいね」


有川くんは、言葉だけ聞くと冷たいようにも見える。

でも本当は優しい人なんだと思う。


狭い路地を抜け、一通りが多くなった所まで行くと後ろから声が聞こえてきた。


「おい、見つけたぞ莉乃」

「本当だ」


振り返ると、そこにいるのは賢ちゃんと莉乃ちゃんであった。


見つかってしまった。

後ろから走って私たちを追いかけてくる。


どうしよう。

彼を見ると、有川くんはめんどくさそうな顔をした。


「ちっ……まだいたのか」


有川くんはため息をつく。

また走って逃げるのかなって思っていたら……。


「これ以上逃げるのは面倒だな」


そうつぶやいた後。


──グイっ。


突然、私の腕をとって引き寄せた。


「え……っちょ、ありかわく……」


ぐらっと体制を崩したその瞬間、口元のすぐ横にちゅっと柔らかい感覚があたる。


「ん……っ」


そう。

それはまぎれもなく有川くんの唇だった。


「な、な、有川くんなんで……っ」


あともう少しズレていれば唇だった。

ビックリしてぎゅっと唇を抑えて聞くと彼は淡々と言う。


「危ない思いしたっていいんだろ?」


かあっと顔が赤くなり、フリーズしてしまう。


「これであの2人にはキスしたみたいに見える。共犯ね?」


私は有川くんから目をそらすことが出来なかった。


キスされた場所は温かく心臓をドキドキさせる。


その時、追いかけてきた2人が何かを言っていたけれど、何を言っているか私にはまったく聞こえなかった──。






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