【美玖side】
『未玖、荷物俺が持つから』
『未玖のことイジメたら俺がぶっ殺すからな』
私の側にいつでもいてくれていつも守ってくれる賢ちゃん。
過保護で心配症で何をするにも俺も行くってついて来た。
それはある出来事が起きたからだ。
小学校に入る前の頃。
私と賢ちゃんはいつも一緒にいた。
親同士が公園で話している時は、ふたりで砂場で遊んだり、親の目を盗んでちょっとだけ危ないことをしてみたり。
その時も、賢ちゃんは木登りにハマっていて、するすると上へ上っていった。
『賢ちゃん、すごーい!あんな高いところまで登れるなんて』
『美玖も来いよ!めっちゃいい眺めだぞ』
『ええ……ちょっと怖いよ』
『大丈夫だって!おれがいるし、登った景色を美玖にも見せてあげたいんだ』
賢ちゃんが目をキラキラさせながら言うものだから、私もそこに行きたいとさっそく木の幹に手をかけたんだ。
彼の動きを真似しながら、ゆっくりと登る。
『えいっ……よいしょ……』
慣れないながらも慎重に枝を掴んでいた。
しかしその時、急に風が吹いて木が揺れた。
『きゃっ!』
私は足を滑らせ、バランスを崩してしまった。
『あっ…!』
賢ちゃんが手を伸ばしてくれるけど、間に合わない。
体がふわっと宙に浮かび、私はそのまま地面に落ちてしまった。
『美玖!』
大きな賢ちゃんの声と、慌てて駆け付けてきたお母さんの姿を見て、私は意識を失った。
けっきょく大事には至らなかったものの太ももに枝が刺さってしまって、縫うことになってしまった。
手術が終わった後、賢ちゃんがやってきて賢ちゃんはギュッと顔をゆがめていた。
『賢ちゃん……』
『ごめん、美玖……おれのせいだ。おれが無理に誘ったから……」
賢ちゃんのせいじゃない。
私もステキな景色を見たいって思っただけなの。
『賢ちゃん、心配しないで…ちょっと痛いけど、大丈夫だよ』
その日から賢ちゃんは何をするにも私の元にいて、私を守ってくれるようになったんだ。
そして私は賢ちゃんから告白を受けた。
お母さんもすすめてるからって賢ちゃんは言ってたから、きっと怪我のことを今でも引きずっていて私を守らないといけないと思っているんだろう。
もう、いいのに。賢ちゃんの自由にしてくれていいのに。
だから本当は断らなくちゃいけない告白だった。
だけど……。
『俺、真剣なんだ。断られるならもう、未玖とは縁切ろうと思ってる』
その言葉を聞いて、私は賢ちゃんを受け入れてしまった。
だって怖かったから。
賢ちゃんがいなくなったら私は一人ぼっちになってしまうんじゃないかって。
今、学校にも友達はいない。
仲良く話せる人もいなくて……賢ちゃんまでいなくなってしまったらもう、私の居場所はなくなってしまうんじゃないかって。
そんなの怖すぎて賢ちゃんの告白を受け入れてしまった。
好きじゃないのに、賢ちゃんの隣にいようとする。
賢ちゃんのこと、好きな人はたくさんいるのに。
私なんかが隣にいて変わらず守ってくれる賢ちゃんに甘えて愛の言葉に答えることをしないまま一緒にいる。
ズルい奴だって、分かってた。
だけど、言葉にして聞いてしまうと……自分が賢ちゃんのことを不幸にしてるんだって実感してしまった。
『なんで賢人、ずっとあの未玖って子のとこいんの?』
『片思いしてんだって~迷惑な話だよね。遊び誘っても未玖と一緒ニラ帰るからって言って全然乗ってこないし』
『それさあ、あの女が賢人の弱みでも握ってるんじゃない?じゃなきゃあり得ないでしょ。あんな地味な子相手にしてさ』
『賢人可愛そうじゃん』
かわいそう、か……。
そうだよね。私が賢ちゃんを不幸にしている。
賢ちゃんはクラスの人気者だし、たくさん友達がいて、たくさんの人に好かれている。
それなのに、私が賢ちゃんを独占していいはずかないんだ。
『だったら……一番逃げてるのは君じゃないか』
本当に有川君の言うとおり一番逃げているのは私だと思う。
賢ちゃんに別れを告げたこの日。
私は一人で家までとぼとぼと帰っていた。
帰り道は少し薄暗くていつも一緒にいる賢ちゃんがいないのは寂しくて、つくづく自分は守ってもらっていたんだと知る。
「このままじゃ……ダメだよね」
甘えてばかり。
賢ちゃんの気持ちに答えられないのに一緒にいるのは、賢ちゃんの人生までダメにしてしまう。
しっかり向き合わなくちゃ。
自分を変えなくちゃ。
私はその日、家に帰るとご飯も食べずに眠ってしまった。
そして朝──。
お風呂に入り学校に行く準備をしているとピンポーンと家のインターフォンが鳴った。
「はい」
ドアを開けてみるとそこにいたのは賢ちゃんだった。
自然と心がほっとしてしまう。
賢ちゃん来てくれたんだ。
「学校行こうぜ」
賢ちゃんは少し気まずそうに言った。
来てくれたことが嬉しい。
嬉しいけれど、このまま一緒に行ってしまえばまだ振りだしに戻ってしまう。
また甘えっぱなしの自分に戻ってしまうのは嫌だ。
そう思った私は震える声で言った。
「賢ちゃん……私、賢ちゃんとはもう学校行かないから」
「一緒に行くくらいは……」
傷ついた顔をする彼にぶんぶんと首を横に振る。
すると、賢ちゃんはうつむきながら答えた。
「分かったよ」
そしてその場から立ち去っていった。
また傷つけたかな。
ううん、それでも私が一緒にいることよりは傷つけないはずだ。
私は準備をし終えると寂しく家を出ることにした。
こんな時、お友達でもいたら……相談とか出来たかもしれないのに。
ひとりぼっちはやっぱり寂しい……。
学校に着くと、下駄箱で有川くんを見つけた。
昨日話もしたし、挨拶くらいしなきゃ。
有川くんの元に駆け寄ってきて私は伝える。
「あ、の……おはやうございまう」
「…………」
か、噛んだっ。盛大に噛んだ……。
ただの挨拶だけなのに。
恐る恐る顔を上げて見ると、そこにはやっぱり不機嫌そうな彼の顔があった。
「それ、何語?」
そうやって冷やかな視線と冷たい言葉をかけると、他には何も言わずに去っていった。
怖い……。
本当に有川くんと仲良くなんて出来るのかな。
そんなことを一日考えながら過ごすと、お昼休みが終わってから携帯にメールが届いた。
賢ちゃんからだ。
【放課後、有川も連れて屋上に集合しようぜ。話したいことがあるんだ】
有川くんと屋上に集合か……。
賢ちゃんはあの莉乃ちゃんって子と仲良く出来たのかな?
まぁ……賢ちゃんなら誰とでも仲良くなれちゃうか。
私の方が問題かもしれない。
『それ、何語?』
有川くんと仲良くなっている未来が見えないよ……。