【潤side】
ショートカットの女子の手を強引に引き屋上を出ていく僕。
しかし、僕はこの彼女の名前を知らない。
「あ……っ、の!ちょ……」
戸惑っている彼女の声を後ろで聞きながらも奥の階段までやって来ると僕は足を止め、彼女のことを見た。
「早……っ、いで……す」
そんなに早足で歩いたつもりはないのにぜいぜいと息を切らしている。
さっきちょっと見ただけだけど、かなり鈍臭いタイプだと分かった。
「あの……」
そして呼吸が整うのを待っていると、彼女はもごもごと口を動かす。
「突然でビックリしたんだけど………その、ありがたかったというか、助けられたというか……」
ごにょごにょと何を言ってるか分からない。
「うれしい、です。なんて」
やがて僕をチラチラ見ながら口を閉ざした。
何なのこの人……。
何が言いたいかさっぱり分からない。
時間を無駄にする人間が僕は一番嫌いだ。
「何がいいたいの?」
ただでさえ変な提案に乗るしかなくてイライラしてるのに。
僕は冷たく彼女に視線を送った。
「あ、ごごめんなさい……っ。吉田未玖って言います。これからよろしくお願いします。有川くんですよね!いっつも学年トップで張り出されてるから分かります」
彼女は慌てて自己紹介をはじめた。
「それであの……彼氏として…今日からよろしくお願いします」
恥ずかしそうに、でも丁寧に頭をさげるそいつに僕はさらに眉をしかめた。
彼氏?
どうやら彼女は勘違いしているらしい。
「言っとくけどさあ、僕はキミと付き合う気なんてこれっぽっちも無いから。僕は莉乃と離れられれば、それでいいんだ。それが出来たから君の役割はもう終わり。つまりキミを利用したってわけ」
「利用……?」
「カップルになるなんてめんどくさいこと。僕が承諾するわけないだろ」
もともと莉乃と別れられれば良かった僕。 別れたくない、と言ってくる莉乃をなんとか説得出来たんだから、僕らの役割はここで終わりということになる。
「だいたいキミの彼氏みたいな。頭の悪い考えにのることこそあり得ないね。僕が莉乃から逃げるためだって気付きなよ」
「え……っ」
純粋な目で僕を見つめる彼女は、あまり傷付いたことがないタイプなんだろう。
きっと誰かに守ってもらいながら生きて来たんだと分かる。
その誰かはだいたい想像がつくけれど。
「あの、それじゃあ、何も現状が変わらないと思ってて……」
「はあ?」
泣きそうな目でうったえてくるけれどあいにく僕は女子のそういう表情が一番嫌いだった。
「現状って何?キミだってただ、彼氏から逃げたかっただけだろう?僕と同じじゃないか。その目的はもう果たしたんだだったらもう僕らの役割は終わりだ」
「でも……!今ここで逃げたって意味ないよ……っ。お互い納得する形で終わらなきゃいつまでもこのままで……」
あーイライラする。
僕はこういうタイプが一番嫌いなんだ。
「あのさあ」
呆れ顔をして、ずいっと彼女に近付くと僕は言う。
「君が別れたいって彼氏に言ったんだろう?それで聞き入れて貰えなくて、君はこっちに逃げてきたんだよね?焦ったキミの彼氏はあんな条件を出したけど、結局キミもお互いのカップルを交換するというアイデアをのんだ。それはキミが今の現状から逃れられると思ったからだろう?だったら……一番逃げてるのは君じゃないか」
僕の言葉におどおどし始める彼女。
僕たちのところまで最初に逃げてきたのは彼女だった。
そしてこの案も飲んだんだ。
そんな彼女が何かを変えたいと思ってるとは思えない。
彼女はまるで、小動物が追い詰められた時のように縮こまっていた。
「そ、だ……けど……」
「けど何?これ以上何か言うことあるの、逃げてばっかりの吉田さん」
この日は相当イラついていたらしい。
追い詰めて、またさらに追い詰めると、彼女はついに体を震わせて泣きだしてしまった。
「ぅう……っうう。ごめんなさい……」
うわ……。
やってしまった。
泣き出す女子は好きじゃない。
僕は泣きじゃくる彼女に冷ややかな目線を送る。
僕が一番嫌いな、女子の涙。
女の涙は武器になるというのを聞いたことがあるが.まさにその通りだと思う。
ちょっと僕が間違ってることを指摘しただけで、泣く女子は本当に守られるのだから。
『潤くん、女の子泣かせちゃダメでしょ!』
『有川くん女の子は守ってあげないといけないの』
お陰で僕は昔から悪者扱いだ。
だから、小さい頃からすぐ泣く女子が大嫌いだった。
莉乃は僕の前で一度も泣いたことが無かったから、そういうところは良かったけれど。普通の女子は少し問い詰めただけで簡単に泣く。
隣でまだ泣いている彼女を見てため息をつくと、彼女は泣きながら言ってきた。
「あの”……本当に有川くんの言うとおりだと思います……っ」
涙声を含めて必死に言う。
「逃げたくて逃げたの……でも”やっぱり”大事なことだから……別れるならしっかり別れる理由言ってキリをつけたいんですっ。今は別れる理由、はっきり言えないから……っ。有川くんだってそうでしょう?大事な人だからしっかりとした理由が必要なんです」
ボロボロと涙をこぼしながら、必死に僕に訴えかける彼女。
普段ならそんなこと知らないと、見捨てて立ち去るところだけど、その言葉はすとんと僕の中に落ちてきた。
──ドキン。
なぜだ今のは。
認めてはないのに。
「協力……してください」
大事って言うなら別れなきゃいい。
だけどその言葉は僕の心の中に思いとどまって声になることはなかった。
『僕にはそもそも恋愛は向かないんだ』
そんな理由で莉乃と別れようとした僕と、この目の前の彼女は言ってしまえば同じ。
別れる理由は、ただ単に付き合うことが無理だと思っただけ。
莉乃に原因があったわけじゃない。
莉乃を大事に思っているかどうかは別だけれど別れるのにそんな理由じゃ相手は納得しないことは分かる。
「はあ……」
やっぱりめんどくさいことになった。
付き合ってみるなんてはじめから僕には向いていなかったんだ。
こんな変な提案にも乗ってしまったし、さらにめんどくさいことになるのは避けられない。
僕としたことが、離れたいがために流れに身を任せてしまった。
自分の失態にはぁっと深いため息をつくと僕は覚悟した。
「分かった、協力するよ、だけど条件がある」
ぱっと顔を上げた彼女を見てしっかり言う。
「表面上ではカップルでいる。だけど裏では僕達は他人だ必要以上に関わらないでほしい。その条件ならのんであげてもいい」
「え……っ」
嬉しそうに顔を上げた彼女はすぐに表情を曇らせた。
「それは莉乃ちゃんや賢ちゃんの前だけカップルを演じるってことだよね?」
「そう。莉乃やキミの彼氏が見てる前ではしっかり彼氏としての役割を果たしてあげるさ。それで一緒に過ごしていくうちにお互いに惚れたってことにして、それを別れる理由にすればいい。そうすれば相手は認めるしかないだろう?」
自分の提案したことが原因で、相手を取られることになったその“賢ちゃん”とやらには同情するけれど、これが相手と分かれるのに一番いい手段だ。
「いいね、それで」
淡々と言う僕に泣きそうな顔をする彼女。
僕はこの条件以外のむつもりはない。
恋愛なんて僕にとってはメンドクサイものでしかないんだから。
莉乃とやっと別れられたのに、他のヤツと付き合う気力なんて湧くわけがない。
「分かった……」
彼女の返事を聞いたら、僕はふいっと背を向けると自分の教室に戻って行った。
ふぅ……今日は散々な目にあった。
偶然にも同じ場所で偶然にも同じ時間にカップルが別れ話をするなんて科学的には0.008%くらいの確率だろう。
そんなのを、運命だとか表現するんだから世間って本当にくだらない。
教科書をまとめ、カバンに押し込む。
別れたくて別れを告げたのに、これから新しい仮彼女と一緒にいなくちゃいけない。
僕はこれから起こることを想定して、小さくため息をついたのだった──。