【雪森莉乃side】
恋ってすごく難しいものだと思う。
自分の気持ちを上手く伝えることだって出来ないし、相手のタイプに合わせようとしても全然見てもらえない。
かわいくいないとって思っても、元々私は可愛くない性格で……上手になんか出来なくて。
どうやったら本当に両思いだって実感できるんだろう。
どうやったら、恋はキラキラしてて楽しいものだって言えるんだろう。
せっかく彼と付き合えたのに、今苦しくて辛い恋しか出来てない──。
私、雪森莉乃(ゆきもりりの)
現在高校2年生。
お気に入りの長いアッシュがかった髪はいつも彼に見てもらえるように丁寧に手入れをいている。
身長は171cm。背が高いのはコンプレックスだ。
だって彼が……私の大好きな人が、唯一教えてくれたのは”背は小さい子の方が好き”だったから。
大きくなった身長を彼の前で小さく見せる。
彼のタイプに入っていない時点でうまくいってないことなんか分かっていたけど……私は諦めたくないの。
大好きだから。
彼は私が、初めて好きになった人だから。
だけど、私は今。
「僕達もう無理だ。別れよう」
彼から別れを告げれてしまった。
有川潤(ありかわじゅん)
彼はすらりとした長身で、知的な印象を与える黒縁のメガネをかけている。髪はきっちりと整えられたダークブラウンのショートカットで、清潔感があり何より顔が整っている。
典型的な理系男子で人に関心が薄くて、人と馴れ合うことをしない人。なんだけど、私が先輩に絡まれている所を助けられた日から彼にゾッコンだ。
「恋なんてまるで興味ない」と言っていたけれど、私はめげずに彼に愛を伝え続けた。
それはもう、雨の日も台風の日も雪が降った時だって。
何度も何十回も告白を断られ、そして100回目の告白の時。
『好きです、付き合ってください……っ』
『めんどくさいから付き合ってもいいよ』
『えっ、本当に?』
『もう、いい加減しつこすぎでしょ。どうしたらそんなにしつこくなれるわけ?理解できないね』
潤はしぶしぶだけど、付き合うことをオッケーしてくれた。
その日は本当に嬉しくて、私にとっては特別な日になったけど……それは数日で崩れた。
『もっとさ、好きとか……言葉にしなくてもデート行くとかさ』
『なんでそんなめんどくさいことしなきゃいけないの?』
潤と私はけっきょく上手くはいかなかった。
愛の言葉が欲しい私と愛とかそもそも分からない潤。
全く真逆の性格で上手くいくハズなくて、でもそれでも私は一緒にいられるだけで幸せだった。
『分かった……求めたりとかはしないから。潤のペースで一緒にいよ。それでもっと距離を縮めてもいいなって思ったら、潤の方からきてくれると嬉しい……かな』
せっかく付き合えたのに、別れたいって言われるのが怖かった。
私が我慢すればいい。
それで上手くいくならそれでいいじゃん。
そう思ってずっと遠慮してきたけど、潤の方が限界を迎えるなんて……。
「僕たちはそもそも合わなかったんだよ。莉乃だって僕といて楽しいなんて思わなかっただろ?」
「私は幸せだって思ってたもん!別れたくないよ!だって潤のこと好きだから……一緒にいたいよ」
放課後の屋上。
夕日が私達を照らしている中、ドラマだったらきっと、俺も本当は別れたくないよってなるかもしれない。
だけど現実はそう甘くない。
「もう無理だ、僕はそもそも恋愛には向かないんだ。別れてほしい」
潤はため息をつきながら言った。
「そんな理由じゃ納得出来ないよ……っ」
だって、私が納得したら終わってしまう。
はじめての恋だ。
はじめて胸がきゅんっとして、この人と一緒にいたいって思ったの。
悲しくて、うつむいて、これ以上何を話したらいいのか分からなくなった時ふいに、その言葉は聞こえた。
「あ……あのね、別れたいの……」
女の子の声。
言葉を詰まらせながら、さっき潤が言った『別れたい』という言葉を言った。
するとさらに大きな声で今度は男の声が聞こえてきた。
「何でだよ!何でイキナリそんなこと言うんだよ!なんかあったのか?もしかして未玖、なんかされたのか?クラスの女子に脅されてるとかさ……」
なにこれ。
私たちの他にも別れ話をしているカップルがいる……?
潤を見ると声が聞こえてくる方に視線を向けている。
「そ……そうじゃなくて。でも、ごめん。本当にもう別れた方がいいと思うの」
「はぁ?意味わかんねぇから!」
男が声を荒げると、こっちに向かって来る足音がした。
「あ、おいちょっと待て……未玖、逃げんなよ!」
ちょっ、こっち来る!?
……そうだった!屋上の入り口は私達側にあるんだった!
気付けば、逃げて来た女の子がこっちにやってくる。
そして誰もいないと思って、勢いよく走ってきたためか、私達に気づくと驚いた声を出した。
「わ……っ、きゃあ!」
私と目が合った瞬間、その子は足をもつらせ身体のバランスを崩す。
そしてそのままドテンと転んでしまった。
「おい、未玖大丈夫か?」
「鈍くさ……」
潤が転んだ女の子を見て、容赦なくつぶやく。
すると女の子を起き上がらせた彼氏は小さな声で言った。
「逃げるほど嫌かよ……」
明るめの茶髪は無造作にセットされていて、どこか反抗的な印象を与える鋭い目つきと、鼻筋通った顔が女子の目を惹きそうで、制服のシャツは少し乱れ、ネクタイはゆるく結ばれている。
パっと見はチャラそうにも見えるけど、逃げてく彼女を追うタイプ、か。
潤とはまるで正反対だ。
「だって、普通に言っても賢ちゃん聞いてくれないから……っ」
女の子の方も私とはまるで違うタイプだった。
小柄でどこかあどけない雰囲気をまとっていながら、笑ったときにえくぼが小さく現れる。
大きな丸い瞳は、柔らかい印象を与えるし、頬にはほんのりとした赤みがあるのがまた愛らしい。
髪は肩にかかるくらいの長さで、軽くカールがかかった柔らかな色合いのブラウン。
ふんわりと揺れるその髪が、彼女の動きに合わせて軽やかに跳ねていてまさに典型的な守ってあげたい女の子って感じ。
羨ましいな……私もそういう子になれたらいいのに。
しかし、美玖と呼ばれるその子は泣きそうな声で茶髪の彼に訴えていた。
「もう賢ちゃんとは、これ以上付き合うことはできないから……」
どうやらどうしても別れたいらしい。
その割には彼氏に押され気味だけど。
「好きな人が出来たのか?」
「違うけど……このままじゃダメだなって思って……」
ていうか、この2人。
私たちがいること忘れてない?
よく人がいる目の前で堂々とこんなはなし出来るな……。
潤も迷惑そうに2人を見ていた。
早く終わらないかな、なんて考えていると、突然男がこっちを向いた。
「分かった!じゃ、じゃあさ……こうしねぇ?お前ら2人もモメてんだろ?」
急に話を振られ、強制的に会話に入れられる。
なんなの、この人……潤は眉をひそめた。
そうだよね、だって潤の嫌いそうなタイプだもん……。
まあ、話しが聞こえてたのはどっちも一緒ってことか。
何を言い出すのか、彼を見ていると、茶髪の男は言った。
「3ヶ月お互いのパートナーを交換しねぇか?」
……は?
え?なに言ってのこの人!?
彼女にフられるのが嫌過ぎて血迷った?
お互いのパートナーを交換して付き合うなんて聞いたことないし、しかも今知り合ったばかりの人とか、あり得ないでしょ!
潤こそ、こういうアホみたいな提案をする人が嫌いだ。
なにせ彼は理系男子だから。
こういう感情だけでものを言ってくる人は大キライなの。
潤がコテンパに言ってくれるはず!
そう思っていたら、彼は言った。
「なるほど……悪くないアイデアだな」
……え?
ウソでしょ?
あの潤がそんなこと言うなんてあり得ない!
「3ヶ月、別の人と付き合えば今気づかなかった相手のいいところだって見えてくるかもしれない。さらに自分の行いを見直そうとするかもしれない。そして、3ヶ月たっても気持ちが変わらなかったら、その時はしっかり別れる。これならみんなにとってメリットがあるだろう?」
あごに手をやりながら考える潤。
だけど本当は考えて出した答えじゃないんだって気付いてしまった。
だって潤がそんなことに賛成するわけないもん。
好きだから潤の考えることは全部分かってる。
そっか……そんなに私と……。
「だ、だろ?じゃあそうしようぜ!」
勝手にはなしが決まってく。
目の前にいる女の子も、とりあえず彼と離れられることに安心してるのか何も言わなかった。
こんなのあり得ない……。
みんな何考えてんの?
「私は反対!こんなのどう考えたっておかしいでしょ?何が楽しくてこんな男と付き合わなきゃいけないわけ?」
私は茶髪の男をビシっと指差した。
「な……っ」
「私のタイプはこんなチャラチャラした男じゃないの。もっと知的で、クールでまさに潤みたいな人じゃないとダメなの!」
そうやって強く訴えかけた時、それを潤がさえぎった。
「莉乃」
──ドクン。
低い声で私の名前を呼ぶ潤。
あっ、これは……本当に怒ってる時の潤だ。
「いい加減にしてくれる?別れるのも嫌、これも嫌じゃ何も進まないだろ」
「でも……!」
「別れたくないって聞かないから、こういう方法とってるんじゃないか」
そんな……冷たいこと言わないでよ。
私はただ好きなだけなのに、その気持ちが迷惑みたいだって言われてるみたいじゃない……っ。
「じゃあそれで決定ということで。ほら……キミ。名前知らないけど行くよ」
私が黙ったのをいいことに、潤は美玖と呼ばれる彼女の手を引っ張って、屋上の出口に向かってしまった。
「あ、おい!未玖に変なことすんじゃねーぞ!手出したら許さねぇからな!」
──バタン。
屋上のドアは虚しく閉まった。
冷たい空気が私たちの間を流れる。
そんな……っ。なんでこんなことになっちゃったの。
潤にはフられ、あげくのはてにこんなヤツと2人きり。
「つーわけで、これからよろしくな」
知りもしない人と、これからカップルになるなんて……あり得ないよ。
私はキッと彼を睨みつけた。
差し出された手をパシンと弾いて言い放つ。
「あんたのせいよ……!あんたが変な提案するから!だいたいなんなの?あんた私の名前知ってるわけ?」
「莉乃だろ。知ってるぜ、モデルやってて高圧的だから友達いないって聞いたことあるしな」
「はぁ!?ふざけんな!」
なにこのデリカシーのない男は!
「私はこんなヤツと付き合うなんて断じてお断りだから」
イライラして感情を荒げる。
しかし、茶髪の男は割とケロっとしていた。
「怖えー女。可愛くねぇの」
この男……!
つくづくムカつく奴。
ギロっと力強く睨むと、さらに私に攻撃を仕掛けてくる。
「そんなんだからフられたんじゃねーの?聞き分け悪りぃし、すぐ怒るし……そういう女、可愛くねぇもんな」
かわいく、ない……?
「俺のせいだっつってたけど、賛成したのはお前の彼氏じゃん。元からもう無理だったんじゃねぇの?」
そんなのとっくに分かってる。
可愛いくないことも、潤が私と別れたがっていることも。
「分かってる、わよ……っ。潤が私と離れたいから、こんなバカみたいな提案受け入れたって……」
「バ、バカみたいってお前な……」
「きっとかわいくないって思ったんだわ。私のこと……だから別れたいって言われたの……全部分かってる」
じゃなきゃ、こんなこと絶対にオッケーする人タイプじゃない。
「分かってるわよ、それくらい……っ」
ピークに達した怒りは涙に変わる。
私は気付けばボロボロと涙を流していた。
悲しかった。
そんなに私と離れたかったんだって、すごく悲しかった。
ボロボロこぼれる涙を手で拭っていると、茶髪の男はこっちに来て言った。
「悪かったよ……言い過ぎた」
口を尖らせてそっぽを向いているから、女の子に泣かれるのは苦手なんだろう。
「巻き込んで悪かったよ……。でもさこうするしかなかったんだよな」
私の隣に腰を下ろす彼は、切なそうに遠くを見つめていた。
「分かるよ、お前の気持ち……俺も一緒だから。別れたくなくてあんなこと言ったんだ。今別れたらさ、もう未玖とは元の関係にも戻れねぇし、今のこの関係にも戻れないって悟っちまったから、逃げたんだよな」
……そっか。こいつも私と同じ。
本当は、別れたくなかった方だった。
少しだけ怒りが和らいだ私は、彼の隣に腰を下ろすと、チラリと彼を見た。
「とりあえず教えてくれない?あんたのこと」
「ああ」
すると彼は切な気にゆっくり、自分の話しをし始めた──。