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第17話

 マリナ・フィッツジェラルド。父親がアメリカ人で、母親が日本人のハーフ。

 母親が大学生の頃、アメリカ留学したことで父親と出会い、交際し、卒業と同時に結婚をしたという。

 マリナ自身はアメリカ生まれ、アメリカ育ちなので当然、第一言語は英語になる。

 しかしながら、彼女の話す日本語はかなりうまい。イントネーションやらアクセントやらは癖があっても、日本語での意思疎通はまったく問題ないレベルだ。

 金髪だし、外見からもハーフだとわかる彼女が特徴的な話し方をしていても誰も気に留めない。


 俺もそうだった。音尾からあんなことを言われるまでは。

 人間というのは一度、意識してしまうとそれが頭から離れないらしく、マリナの話し方が俺は気になって仕方なかった。

 休み時間に彼女がひとりになったタイミングを見計らって、俺はそれとなく話しかけてみた。


「あのさ、マリナ」

「ファッツ? なんですかー?」


 にこりと微笑みかけてくれる彼女を疑うような真似はしたくない。罪悪感を覚えながらも俺は話を切り出す。


「あえいうえおあおって言ってみて」

「あいえおあえうあ?」


 ちょっと舌足らずで、ろれつが回らない感じ非常にかわいらしい。小さい子がちゃんと言葉が言えないみたいだ。


「いや、最初しかあってないんだが」

「えへへ。早口言葉は難しいデスネー」


 正しくは発声練習のための組み合わせなんだがそれはどうでもいいか。

 もうちょっとだけかわいい話し方を聞いてみたくなった俺は、本来の目的を忘れて楽しんでしまう。


「なまむぎなまごめなまたまご」

「にゃまむににゃもめにゃまらまを」


 やばい。猫語が混ざっていてかわいい。それにやっぱり小さい子が口をもごもごしているみたいでたまらない。


「とうきょうとっきょきょかきょく」

「とうきょうとっひょとやりょく」


 なんだか楽しくなってきた。次はカエルぴょこぴょこにしようか、それとも赤巻紙にしようかと少し迷っていると、


「うー、綾人ぉ、あんまりいじめないでくださーい」

 とマリナは頬を膨らませていじけてしまった。


「ごめんごめん。でもすごいかわいかったぞ」

「そ、そうですかー? ならいいですけどー」


 ぽっと頬を赤らめてモジモジと恥ずかしがる様子も非常に愛らしい。

 こんな純真無垢な女の子が、実は日本語バリバリ話せて、VTuberとして、ちょっとエッチなASMR配信をしているだなんてにわかには信じがたい。


「あのさマリナ、今日の昼、また俺といっしょに食べないか? 購買のパンとかおにぎりを広げてふたりで話したいんだけど」

「イエース。いいですよー」

「そっか。よかった。階段の一番上、屋上に出られる前のところに良いスペースがあるからそこで食べよう」

「いいデスネー。アニメみたいデス。それにしてもー」


 むふふっ、とマリナは口に手を当てて含み笑いをする。


「綾人ってば、意外と積極的なんデスネー。日本の男の子にしては大胆デース」

「なっ!? ち、違うって。べつにそういう目的があったわけじゃなくて」


 指摘されていまさら自分の言っていることが傍目から見たらどうか気づいた。

 あたふたしながら否定するとマリナは悲しそうな顔をした。


「オーゥ。違うんですかー……残念デス……」


 そうも露骨にシュンとされると胸が痛くなる。

 というか、俺が食事に誘うのをマリナはデートのように思ってくれたということか。だとするとすごい嬉しい。


「あー、いやー、違わないかなー。俺もマリナとはもっと仲良くなりたいしさ」

「アハッ。も~、綾人ってばシャイですねー。すなおになれないそういうところ、かわいいデス。ツンデレさんデース」


 けっしてそういうわけではないのだが、なんだか恋愛経験豊富な女子にからかわれているみたいで気恥ずかしい。

 年齢イコール彼女いない歴なんだからそうなってしょうがないが。

 日本と違って欧米や南米なんかはフランクに異性と付き合いそうだし、このへんは文化の違いというのもある。

 マリナってアメリカにいたときは恋人はいたのだろうか、と俺はついよけいなことを考えてしまうのであった。

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