変人ここに極まれり。我が校は変わり者が多いとされているが、そのなかでも音尾弘太はそうとうな変わり者だろう。
なんでそんな奴を頼ってしまったんだと俺は少し己の判断を後悔していた。
俺の気苦労を知らずに音尾は腕を組んで「なるほど」と頷く。
今は昼休みで、購買で買ってきたパンとおにぎりを持って、階段一番上の屋上へ続く扉のスペースでたむろしていた。
「まさかあの三人のなかにVTuberがいるとはな。登録者数の少ない新人ならともかく、十万人のファンを抱える人気者というと少しできすぎな気もするが」
「疑う気持ちはわかる。けど、まほろば庵からのメールではっきり書いてあるし、そんなものがなかったとしても俺には自信がある。あれは間違いない」
「そうは言うが、だったらなぜ普段の声から気づかなかった?」
「地声と違いすぎるんだよ。あと、あいつらがあんなことを言っているって想像つかない」
うーむ、とふたたび音尾は難しそうな顔をして腕を組む。なんだかんだで、真剣に相談に乗ってくれている。
「電話の声も、本人のものではなく、その人の声に似せた合成音だというしな。人間の脳がかってに補完して、そう聞こえるだけらしい」
「へえ、そうなのか」
「うむ。であるからにして、どれだけ高性能なマイクを使っていても、普段の彼女たちのイメージとのズレで気づけなかったのかもしれん」
VTuberの中の人がこんな身近にいるわけがない、という考えが真実から遠ざけていたということだ。
確信に迫ったわけでもないのに、俺よりも知識が豊富でなんだか音尾が頼もしく見える。
「しかしよかったじゃないか、藤村よ」
「なにがだ?」
「猫柳みかんが男でなくて、という意味だ。実はおっさんがボイスチェンジャーを使って女のふりをしていた、と阿鼻叫喚することがたまにあるからなこの業界」
「た、確かに……」
俺はまだ経験がないが、推しのVTuberがおっさんだったという悪夢を見たオタクは少なくない。
俺たち男にとって、中の人が男か女かでは天と地ほどの差があるのだ。誰も野郎の声なんて求めていないのだ。
「とまあ、偉そうに話しているが実を言うと我は猫柳みかんのライブを視聴したことがない」
「ロリボイスは趣味じゃないからな」
「ふっ、さすがだな。だが彼を知り己を知れば――と言う。さきほどSNSを確認したところ、今晩、ライブをするらしいから我も参加しよう」
当然ながら俺も参加する。敵情視察ではなく、単純に、一ファンとして楽しむだけだけども。
今日の予定が決まったところで下から誰かが上がってくる音がした。
足音だけだというのに、音尾は「はぅっ」と奇妙な声を上げる。
「なんだぁ、意外な組み合わせだな」
「西澤先生。どうしたんですか、こんなところに。屋上でなんかやるんですか?」
いんや、と気だるそうに彼女は否定する。
俺の趣味じゃないが、低音お姉さんの声がいいという人の意見も理解できる。
そもそも、西澤先生は背も高くて、キリッとした顔つきの美人だし、それでいて我が強そうなので、欧米で言うところの自立した女性という感じかもしれない。女子ウケのほうがよさそうだ。
「見回りだよ。こういう人目につかないところで生徒がなにをやっているかわからないからね」
「ああ、そういうことですか。うちの学校に限ってそういうのはなさそうですけど」
「まあね。でも昔はタバコを吸っていたり、エロ本を持ってきていたり、カップルで乳繰り合っていたりしたそうだぞ」
タバコはともかくとして、後ろ二つは女性の口からは言いにくいことだろうに、割りとはっきりと言う人である。
先生は俺たちがパンやおにぎりだけ広げていたのを確認すると「邪魔したね」と言って早々に立ち去った。
隣を見ると、音尾がニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていたが、見なかったことにしておこう。