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第12話

 本日二人目は椎名にしようと思ったが、彼女に会う前に廊下でマリナと出会ったので順番を逆にすることにした。


「綾人ぉ、おはようごじゃいマース」

 と言ってマリナは抱きついてきた。


 シャンプーのいい香りがふわりと鼻腔をくすぐった。ハーフなので金髪から漂う香りに酔ってしまいそうだ。

 あとアメリカサイズだからか、胸も大きい。制服越しにでもかなり立派なものをお持ちだと感触でわかった。

 そうかと思えば、マリナはぱっと俺から離れて後頭部をかいた。


「アハッ、またやってしまいましたネー。ソーリーデス」

「いや、いいんだ」


 女子から抱きつかれるなんてことそうそうないことだし。むしろ、もっとしてほしいぐらいだ。

 しかし、うちの学校は割りと大らかな性格の生徒が多いからいいけど、べつの学校だとマリナみたいな子は女子から嫌われないか心配である。


「マリナってさ、その髪の色だと目立って嫌だとかないのか?」

「んー、そうデスネー。最初はジロジロ見られるのでちょっと嫌でしたけどー、でももう慣れましたー」

「そっか。俺だって初日は見ちゃったからな。ごめん」

「いえいえー、気にしないでくだサーイ」

「なんの慰めにもならないけど、俺はマリナの金髪ってすごくいいと思ってる。やっぱ日本人が染めるのとは違って自然というか、個性的というか」


 ブラック校則で、地毛が茶髪でも黒く染めてこい、なんて無茶苦茶な学校もあるらしいし、そうさせないでいるうちの学校は当たり前というか、その人本来のものをきちんと受け入れようとしている。

 ハーフや両親共に外国人だったり、留学生もいるから、案外、俺たち文森学園の生徒は時代の流れにきちんと乗れていると思う。

 俺としては多様性的なことを言いたかったのだが、マリナはなにか勘違いしたのか、むふふと笑って、


「わかりましたよー。綾人はアニメ好きですから、金髪キャラが好きなんデスネー」

「なっ……ち、違うって」


 違わないけど。

 マリナは不思議そうに小首をかしげる。


「違うんですかー? ワタシ、けっこうおっぱい大きいですよー。Eカップデース」


 自慢気に胸を張るので思わず見てしまう。確かに大きい。ごくりと唾を飲まないよう気をつける。俺は慌てて目線を外して、


「なんでそこで胸の話になるんだよ」

「なんでって、だって金髪といえば巨乳じゃないですかー。日本の男の子が好きなものが合わさった最強キャラですよー」

「確かに漫画やアニメに出てくる金髪キャラって巨乳が多い気がするけどさ、でも俺がそれを好きかどうかはまた別の話だろ」


 んん~? とマリナはよくわからなそうな顔をする。が、なにかひらめいたのか「あっ」と声をあげると、はは~ん、とニヤけた。


「わかりましたー。綾人は金髪幼女が好きなんデスネー」

「人聞きの悪いことをでっかい声で言わないでくれるかっ!?」


 廊下ですれ違った生徒たち、特に女子たちがヒソヒソと話しながら俺に冷たい目線を送っている気がする。


「違うからっ。変なこと言うなって」

「アハハ。ごめんなさいデース。でもでも、生き別れた妹が金髪幼女だったら嬉しくないですかー?」

「まずその設定がありえないんだが……」


 両親ともに純正の日本人だし。

 しかしそういったシチュエーションは大好物だ。

 金髪幼女というのを見たことがないからわからないが、マリナの幼少期の頃を想像すればいいか。

 ああ、マリナの子供時代はちっちゃくてかわいかったんだろうな。

 そんな子に「お兄ちゃん」なんて言われたら、俺はもうとろけてしまうかもしれない。

 妄想を膨らませてニヤニヤしていると、マリナもむふふっと笑った。


「綾人ってば、むっつりさんデスネー」

「なんも言えねえわ」

「いいんですよー。でもロリコンだったのはさすがに驚きましたがー」


 またも周囲からヒソヒソと話し声と冷たい視線が向けられた気がして、俺は慌ててかき消した。


「だから違うって。単純にマリナな子供の頃を想像して、かわいかったんだろうなって思っただけだ」

「オー。ワタシのことを考えていたんですかー? ちょっと恥ずかしいですけど、嬉しいデス」


 そう言うとマリナはくすっと笑って俺に耳打ちをしてきた。


「エッチなお兄ちゃんデスネー」

「っ……」

「ふふ。ビクンってしてかわいいデス。それじゃあ、ワタシは教室に入りますねー」


 小さく手を振って教室に入っていくマリナの後ろ姿を見ながら、俺は胸の高鳴りを覚えていた。

 芝居がかったあのこなれた言い方。素人が即興のモノマネでやったとは思えない演技力だった。

 まさかマリナがみかんちゃんなのか?

 普段は片言の混ざった日本語でも、セリフだったら練習すればネイティブに近づけることはできる。ありえなくはないかもしれない。

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