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第11話

  一晩たってもモヤモヤは解消されなかった。

 声フェチを自称しておきながら、すごく身近なところに猫柳みかんちゃんがいたという事実は我ながら、かなりショックだったのだろう。

 冷静になって改めていまさら思うが、いくらなんでも世の中、狭すぎだろ。

 俺はいったい今までなにを聞いていたのか。

 彼女の声なら雑踏のなかでも聞き分けられると自負していたのが脆くも崩れ去ってしまった。


 ただ、プロの声優さんだって地声と演技をしているときの声は違うことは普通にある。地声は低いのに、アニメキャラになったら高音になる人だっているのだ。

 そういうことができてこそプロであり、演じ分けということなのだろう。

 そしてそれは、七海、椎名、マリナの三人のうちの誰かも同人声優並の演技力があるということも意味する。


 昨日のカラオケでは、その誰かが俺にかまをかけたんだ。

 俺がまほろば庵のシナリオライターに募集したと知ったうえで、サークル代表者の指示を受けてやったこと。

 だから三人に声をかけて直接、問いただしても、残るふたりは正直に違うと言うだろうし、本人も身バレは避けたいからやはり否定するだろう。


 そうなると、俺がただの声優好きなだけではなく、ちょっとエッチなロリ甘の耳舐め音声を夜な夜な楽しんでいる変態野郎だと自ら暴露することになる。

 それだけはなんとしても避けたい。

 七海は付き合いが長いから少し引かれる程度で済むかもしれないが、椎名とマリナは拒絶してくるかもしれない。

 せっかく仲良くなれたのに、変なレッテルを貼られて高校生活が終わるのはなんとしてでも回避する必要がある。

 なので、変に首を突っ込んでやぶ蛇にならないようできるだけ自然体でいようと決めた俺だったが、一度、意識してしまうとどうしても頭からそれが離れないのだった。


 中の人なんていないと強がっていたけれど、すぐ近くに推しがいると思うと、会って直接、ファンだという気持ちを伝えたくなるというもの。いやでも公私混同はよくないな。そういうところから信頼関係が崩れてしまうのだろう。

 そもそもこのテストにいったいなんの意味があるのだろうか。試しにシナリオを書いて送ってくださいならわかるけど、当ててみろってまるで推理ゲームみたいだ。

 まあいいか。考えたところでわからないし。

 俺は三人のなかで誰が猫柳みかんちゃんなのか確かめるべく、慎重に動くことに決めた。


 まず一人目は七海だ。

 小学校からの腐れ縁で、一番その声を聞いてきたわけだが、逆を言えばある意味、一番、注意深く聞いていない声でもある。

 疑うのならまずは近いところからだ。

 ということで、さっそく朝から俺は七海に『いっしょに登校しないか』と連絡を入れてみた。


 小中と同じ学区だったけど、俺たちは住んでいる地区が違う。なので登校を共にするは途中からになる。

 俺のほうが学校まで距離があるので『待つのは面倒』と断られるかと思いきや、『いいよ』と短く返信があった。

 教室だと椎名やマリナがいるので、探りを入れにくい。あのふたりがいないところで動くのがいいだろう。

 朝食を食べていつもより少し早めに家を出た俺は、待ち合わせのコンビニ前で七海と合流した。申し訳ないことに向こうが先に来ていた。


「悪い。待ったか?」

「ううん。あたしも今、来たとこ――って、なんかこのやり取り、普通、逆じゃない?」


 確かに、と俺は苦笑する。

 こういうふうに冗談を言い合える女子って今のところ七海ぐらいだから、なんだか安心するな。


「でもどうしたのさ、急に」

「いやぁ、なんていうか、ちょっと七海とふたりで話したいというか、お前の声が聞きたいなって思ってな」

「は、はあっ!? なな、なに言ってるのっ」


 顔を赤らめて七海は慌てている。バタバタしていて挙動不審とも言える。

 俺は目を眇める。

 怪しい。放課後なにかしているみたいだし、なにか俺に隠し事があって、裏でコソコソしているのは間違いないのだ。探りを入れられていると思って警戒しているな。

 ならばと俺はさらに言葉で攻める。


「ほら、俺たち小学校からの腐れ縁なわけだけど、お互いの声ってあんまりよく意識してなかったと思うんだ。だから昨日、カラオケに行ったとき、七海って良い声してるなって思ったんだよ」

「き、急にそんなこと言われても……改めて言われるとすっごい恥ずかしいんだけど」


 頬を紅潮させて眼を泳がせている。なかなか目を合わすことができずに、チラ見してくる仕草はかわいらしい。


「恥ずかしがるなよ。それにさ、ほら、俺って声優好きだからこそ、そういうところも気になるっていうかさ。やっぱり自分の好きな声かどうかって大事だろ。そう考えると、やっぱり七海の声は好きだなーって思うんだよな」

「ふぇっ!? さっきからなに言ってるの!? 今日の綾人、なんだか変だよ?」

「まあ、落ち着けって。俺は至って正常だ」

「ぜんぜん、そんなふうじゃないんだけど……」


 胸に手を当てて呼吸を整えると七海は、


「で? いったいなんなの? あたしの声を褒めてくれるのは嬉しいけど、わざわざそれを言うためにいっしょに登校しようって言ってきたわけじゃないよね?」


 ああ、と頷いた俺は本題に近づくため一歩踏み込んで鋭く訊く。

「VTuberって知っているよな?」

「へ? ――ああうん。もちろん。アニメとか観てて知らない人を探すほうが難しいでしょ」


 おやおや、怪しいですな、七海さん。


 平然を装っているようだけど、へ? と訊き返してきたときの反応は声が上ずっていたぞ。心なしか、若干、顔も引きつっているように見える。


「あれってどうやって動かしているんだろうな」

「……さあ、どうだろうね。あたしガジェット系とか詳しくないし、よくわかんない」


 答えるまでに空いた間はなんだったのか。性格的に知らないのならすぐに、わからないと言っただろうに。

 ますます怪しいな。


「ガワが大事っていうのももちろんそうなんだけどさ、でも、声をつけたらアニメのキャラクターがこっちに話しかけてくれているみたいですごいよな」

「た、確かにそうだねぇ。あたしはそこまで興味ないけど、人気あるみたいだし、まあいいんじゃないの」


 よし。ここだ。俺は確信を得るためにさらに攻め込む。


「そこまでってことは多少は観ているんだろ? 誰推しなんだ?」

「だからべつに誰推しとかそういうのはないって」


 さきほどまでの態度とは打って変わって七海はムッとした表情になる。


「ってかさ、さっきからなんなの? 推しのVTuberの話をしたいのなら、SNSとかでやってくれない?」

「わ、悪かったよ。そんなつもりじゃなかったんだが」


 少し攻め急ぎすぎたか。

 みかんちゃんが七海でなかったとしても、向こうは身バレを避けて活動しているのだから、詮索されるのはやはり嫌なはず。

 俺としても推しにリアルで嫌われるのは避けたいので反省して穏便に行こう。


「七海もかわいい声しているから、VTuberをやったら人気が出るんじゃないかなって思っただけだ」

「かわっ!?」


 七海の顔が一気に赤くなる。まるでトマトのように真っ赤である。

 ずっといっしょだったから気づかなかったけど、こいつってこんなかわいらしい反応をするんだな。


「なあ、もしかして七海って俺のこと――」

「ち、違うから! 別に綾人が思ってるようなことではないから!」

「本当に?」

「ほ、ほんとだってばぁ……もうっ、バカ」


 ぷいっと顔を背けられたが、七海の顔は耳まで赤くなっていた。

 恥ずかしがりながらも嬉しさを隠し切れていない様子の七海の姿を見て、俺はようやく彼女の魅力に気づいてしまった。


「っていうかさ、七海もってなに? もって」

「言葉の綾だ。いちいち揚げ足を取らないでくれ」

「ふんだ。そうやっていつも誤魔化すんだから。どうせ声がよければ誰だっていいんでしょ」

「そんなわけあるか。俺にだって顔の好みはある」


 ふうん、と鼻を鳴らすと七海はジト目を向けてくる。


「どういう娘がいいわけ?」

「ケモミミ美少女とか」

「それアニメでしょっ。もう、ちょっとは現実を見てよ。ほら、馬鹿言ってないでもう行こ。綾人のせいで遅刻しちゃう」


 いつまでも手のかかる弟を叱るようにして七海は俺の背中を推してきた。

 べつにボケたつもりじゃあ、なかったんだがな、と俺は呑気に思うのだった。

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