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第10話

『お兄ちゃぁん、みかんだよぉ』


 お決まりのセリフと共にライブが始まった。

 俺たちの、いや俺の妹のみかんちゃんは今日も元気いっぱいだ。猫耳美少女は赤と青のオッドアイをつぶって笑いかけてくれる。


『え? なんだか今日は声が弾んでいるみたい? えへへ。実はねえ、ひさしぶりにお友達と遊べてすっごく楽しかったんだぁ』


 それって放課後のカラオケのことだろうか。思い当たるフシがあると、つい結びつけてしまう。

 配信者も人間だし、時折、設定を忘れて私生活のことをしゃべってしまうことはある。

 いや、というよりもガワだけ載せて設定をガン無視している人は少なくない。

 そんな中途半端な人たちに比べると、みかんちゃんは(何歳かはわからないが)妹という設定をちゃんと守っている。

 キャラを演じてくれているからこそ、俺たちは彼女に夢中になるのだ。


『お歌配信が聞きたい? そうだねえ、今度、ひさしぶりにやってもいいかなあ。お兄ちゃんはどんな曲が聞きたいの?』


 チャット欄に、リスナーたちの好きな曲名が大量に流れた。最近の流行りから、アニソン、古い曲まで様々だ。

 俺は試しに今日、カラオケで三人に歌ってもらった曲名を打ち込んでみた。

 残念ながら俺のコメントは拾ってもらえなかったが、彼女がアニソンも歌えるのは知っているので気にしない。


『うーん、あんまり古い曲はわからないかなぁ。ごめんねえ』


 クラスの女子三人の誰かと気づく前は、みかんちゃんの中の人は二十代半ばほどの女性だと思っていた。つまり俺よりも十個上ぐらいな人。

 リスナーのお兄ちゃんたちのなかにはだいぶ年齢の高いおじさ――お兄さんも多くいるので、女性VTuberが昔のことを知っているかどうか確かめて、実年齢を推察しようとする輩もいるのだ。

 みかんちゃんはボロは出さない。

 というか、俺と同い年なだからリアル女子高生。大きい兄さんたちにとってはほんの五、六年前のことでも、当時、小学生だった彼女にとっては馴染みのないことになる。

 でもまあ、この場合、ガチのJKとわかったほうがリスナーは狂喜乱舞しそうだが。


 みかんちゃんは雑談を楽しんでいる。

 本当だったら俺も楽しみたいところだけど、いま目の前にる美少女の中の人がクラスメイトという真実が邪魔をしてライブに集中できないでいる。

 例のメールのこともあって俺は思わず、一人ひとりがみかんちゃんを演じている姿を想像してしまう。


 七海だったらどうだろうか。

 小柄なので、お兄ちゃん、と呼ぶ姿は合っている。でも見た目に反してあいつは意外とお姉さんぶりたがるから実際は逆なんだよな。


 椎名だったらどうだろうか。

 むしろ彼女こそ姉のなかの姉という存在。落ち着いたしっかりとした話し方をするし、こんなロリボイスを出せるとは思えない。


 マリナだったらどうだろうか。

 じゃれた感じといえば一番、合っている。でも彼女はアメリカ育ちなので、ここまでネイティブには会話できない。


 よけいなことを考えている俺のことを、まるで見透かしたようにみかんちゃんは注意してくる。


『お兄ちゃん、みかんだけを見ててね。せっかくふたりきりなんだから、他のことは忘れてリラックスしてね』


 うん、と俺は頷くも、やはり頭のなかはモヤモヤしていた。

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