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第9話

 午後の授業も終わり、放課後になった。

まほろば庵のライター採用試験が夕方に送られてくる? と思うので俺はいつものようにそそくさと教室をあとにしようする。

 と、七海が「待って」と呼び止めてきた。


「ねえ、綾人。わたしと柚希、マリナの三人でこれからカラオケに行くんだけど、いっしょに来ない?」

「いや今日はちょっと用事があってだな……」

「なにさ用事って?」

「なんでもいいだろ」


 今はまだ選考途中だし、せめて伝えるのなら合格してからだ。


「ちょっとだけでもダメ? 一時間ぐらいのつもりなんだけど」

「ん~まあそれぐらいなら」


 今はまだ午後四時を回ったところ。時間は余裕がある。それに試験内容を伝えるだけで今日いきなりやるわけじゃないだろうから、そんなにドキドキして待つ必要はないか。


「というか男の俺がいていいのかよ。気を遣わなくていいから、女子だけで楽しんで来いって」

「んーまあ、そうなんだけどさ。ほら、綾人って見た目は喧嘩強そうでしょ。中身はただの声豚だけど」

「一言よけいだ」


 七海が言うように、どうやら俺は他人から見ると強面らしい。

 そこは男らしい顔つきと表現してもらいたいところだが、とりあえず女子から見て外見は悪くないようなので良しとしておく。


「要するに、ボディーガードってことか」

「そういうこと。喧嘩できる力も度胸もないけどね」

「だから一言よけいだっての」


 事実だから強くは言い返せないのが悲しいが。


「ってか、カラオケに行って変なのに絡まれるなんてこと、漫画じゃあるまいし、本当にあるのか?」

「大丈夫だと思うけどね。でも柚希もマリナもそういうところ慣れていないみたいだから、やっぱ男の子がいてくれるといいかなって」


 ごめんなさい、と椎名が小さく手を合わせる。


「藤村くんがいてくれたら安心だと思ってわたしがお願いしたのよ」

「あ、そうだったのか」


 クラスのヒロインである椎名から頼られるのは光栄なことだ。男としてこれほど嬉しいことはないだろう。

 単純な俺はあっさり懐柔される。


「わかった。俺でよければちょっとだけ付き合うよ」

「そう。よかったわ。ありがとう」


 いやぁ、と俺は思わず照れてしまう。


「ニヤニヤしちゃってさ、なんかいやらしい」と七海がジト目であきれる。

「またおまえはそういうことを言う」

「ふんだ。いいもん。綾人はそういう人だって知ってるから」


 拗ねる七海はマリナが「まあまあ」となだめる。


「喧嘩するほど仲がいいと言いマース。イチャイチャするのはそのぐらいにしてカラオケに行きましょー」

「「誰もイチャイチャしてないっ!」」


 俺たちが仲良く言葉を重ねると、マリナと椎名は、ほらやっぱり、と言った顔をしてくすりと笑うのだった。



 なんだかんだ言いながらも、俺は美少女三人と放課後にカラオケに行くことができて浮かれていた。

 駅前のカラオケ店に到着すると、さっそく個室に入ってドリンクなどを注文する。

 椎名とマリナは本当に慣れていないらしく、興味深そうに部屋を眺めたり、端末をいじったりしている。


「じゃあ、綾人、景気づけに一曲歌ってよ」

「なんだよ。俺は付き添い人なんだから、遠慮しないでおまえらから歌えよ」

「付き合わせたからこそだよ。ほら、いいから歌って」


 半ば強引に七海からマイクを渡される。

 他のふたりも、どうぞどうぞ、と勧めてくるので俺は割り切ってトップバッターで歌わせてもらうことにした。

 イントロが流れると、なぜか女子三人は耳を塞ぐ。

 おいおい、なんだなんだ。新手の嫌がらせか? ったく仕方がない。俺の美声に酔いしれろ。


「!$&#$”#%&――! %%#%#)&%――!? @&#&’%=――ッ!!」


 俺は歌った。

 夢中で歌った。

 ひさしぶりのカラオケということで、つい本気になって自分の世界に浸って酔ってしまうほどに。


「はあっ。最高。やっぱカラオケはたまんねえな」

「あー……うん。そうだね。よかったね……」


 なぜか七海は魂が抜け出たような顔をしている。

 椎名に至っては倒れ込んでぐったりしており、マリナは「terrible singer(音痴)」と意味不明な英語をつぶやいた。


「おまえらそんな俺の歌声に感動しちゃったのかよ」

「べつの意味で驚きだよ。……はあ。まあいいや。これで歌いやすくなったし」

「どういう意味だよ?」

「めったにカラオケに誘われないでしょって話。もういいでしょう。綾人の出番はこれでおしまい。ほら、マイク返して」


 奪われるようにして七海にマイクが行く。


「フッ。お手波拝見といこうじゃないか」

「なんでそんなに上から目線なのさ」


 ぶつぶつ文句たれながら七海は歌い出す。

 な、なかなかやるじゃないか。俺ほどではないがうまいぞ。歌唱力は気になったがそれよりも、なんか聞き覚えのある曲だ。


「あー、これって俺が前に好きだって言ったやつじゃん」

「そ、そうだけど」


 無料の音楽サービスでシャッフル再生されたけど、曲名とかアーティスト名を忘れちゃったやつだ。


「わざわざ探してきてくれたのかよ。ありがとうな」

「べ、べつに。たまたま知っていただけだから。っていうか、歌っている最中に話しかけないでよ」

「悪い悪い」


 その後、七海は上手に歌いきった。椎名とマリナも復活して手を叩いて褒めた。

 次はふたりのどちらかになるのだが、まだひとりで歌うのは恥ずかしいということでデュオで歌うことにした。

 流行りのラブソングを選択した彼女たちは、少し照れくさそうに、しかし徐々に楽しそうに歌った。

 初心者とは思えないほど椎名もマリナも、七海に負けず劣らずの歌唱力を持っていた。歌い終わる頃には恥ずかしさが取れて、かなり堂々と歌っていた。

 俺はジュースを飲みながら、次はなにを歌うか、はしゃいでいる女子三人を見る。

 もう俺は歌わせてもらえないようなので、だったら俺が曲をリクエストしたって文句は言われないだろう。


「なあ三人とも、アニソンって歌えるか?」

「わたしは歌えるけど、柚希とマリナは大丈夫?」

「ええ。そんなにマイナーなものでなければ平気よ」

「ワタシも問題ありませーん。むしろアニソン、大好きデース」


 三人とも有名所のアニソンだったらいける。嬉しくなった俺は三人が歌えそうな曲をチョイスした。

 少し古いが有名な女児アニメのオープニングソングだ。これだったら歌える、と三人とも言ってくれたのでそのまま曲を流した。

 トリオとなって七海、椎名、マリナは歌い出す。


 すごい。即席のトリオとは思えないぐらい、三人は息がぴったりだ。声優さんのライブみたいで俺はひとりで盛り上がってしまう。

 すると、三人のなかで誰かがくすりと微かに笑った気がした。

 なんだ? と思ったその瞬間、重なる歌声のなかから聞き覚えのある声がした。

 え? なんで?

 なんで――



 三人の歌声のなかに、猫柳みかんちゃんの歌声が混ざっているんだ!?



 涼し気な笑みも、みかんちゃんの歌声も、一瞬だけ出てきて何事もなかったように消え去った。

 俺は呆然としながら、熱唱する女子三人を見つめる。

 聞き間違えなんかじゃない。

 声フェチの俺がみかんちゃんの声を聞き間違えるわけがない。

 今、一瞬だけ聞こえた彼女の歌声は、お歌配信のときの歌声だ。


 ASMR配信の際のロリ甘ボイスでは歌いづらいのか、いつもより少し声質が違うのだ。他の人には微妙な違いでも俺にはわかる。

 嘘だろ、と思うが俺は自分の耳を信じている。

 ゆえに、これは事実だ。疑いようのない真実。


 小学校からの腐れ縁、瀬良七海。

 クラスのヒロインにして姉、椎名柚希。

 ハーフの金髪天使、マリナ・フィッツジェラルド。


 俺の眼の前で気持ちよさそうにアニソンを歌っているこの三人のなかに、俺の推しであるASMR系VTuberの猫柳みかんちゃんがいる。


 すると俺のスマホに通知が入った。

 まほろば庵からだった。


『特別試験のご案内。

 あなたのクラスメイトのなかに当サークル所属のVtuber猫柳みかんがいます。誰がタレントか当てる事ができた場合、シナリオライター採用とさせていただきます』

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