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第8話

 文森学園は私立なので購買でパンやおにぎりを買うこともできれば、学食で定食を注文することもできる。

 といっても生徒の多くがそれらを利用するわけではないので、うちのクラスも半分は弁当や登校中に買ってきたコンビニのものを持ってきて教室で食べている。

 俺も朝、時間に余裕があれば自分で作るんだが今日は昨晩、みかんちゃんのライブを最後まで視聴していたのでなかなか起きれなかったのと、まほろば庵からの連絡もあって手がつかず、なにも持たずに家を出たのだった。

 仕方ないので今日は購買でなにか買って済ますか学食に行くとする。


 おもむろに立ち上がると隣で七海が、

「あれ? 綾人、今日はお弁当じゃないんだ」


 どうやら椎名が椅子を後ろに向けていっしょに弁当を食べることにするらしい。


「ああ。ちょっと寝坊しちゃったんだ」

「はは~ん。どうせ深夜アニメでも見てたんでしょう。リアタイで見るのが一番だ~とか言ってさ」

「それは同意するけど、さすがに夏休みとかでもなければリアタイ視聴はしないって。寝ながらマイチューブの動画を見てたら夢中になっただけだ」


 言うとなぜかふたりそろってピクリと反応した。


「ふうん、そう。ふうん」

 と意味深に椎名は言ってチラチラ見てくるし、七海にいたっては「いやまさか」とうまく聞き取れないが、なにかぼそぼそつぶやいている。


「なんだよ、ふたりとも?」

「ううん。なんでもないわ。気にしないでちょうだい」

「そそっ。綾人には関係ないことだから」


 俺だけ仲間はずれか? 幸先の良い高校生活をスタートさせたと思ったけど、やっぱり女子には女子だけの世界があるんだろうな。


「わかった。それじゃあ俺はちょっと出て来るから」


 いってらっしゃい、と手を振って見送ってくれる七海と椎名は、さっそく弁当を広げてきゃっきゃっと盛り上がり始めた。

 さて購買と学食、どっちにするかな。ひとりで学食もさみしい奴って思われそうで嫌だから購買でなんか買うか。


「ハーイ、綾人ぉ、いっしょにランチ食べに行きませんかー?」

「マリナ。今の話、聞いていたのか」

「イエース。実はワタシもお弁当、忘れて来ちゃいましたー。うっかりデース」


 アハハ、と忘れてきたことも笑い飛ばす。

 彼女の笑顔を見ているとこっちまでつられて笑ってしまう。


「頼むよ。ひとりで学食に行くのもどうかなって思ってたところでさ」

「ならちょうどよかったデスネー。ささ、行きまショー」


 にこやかに言って彼女は俺の手を取ってきた。


「あっ、ちょっ……」

「ファッツ? どうしましたかー?」

「ああいや、その、手が」

「あははっ。これは失敬デース。つい弟みたいに繋いでしまいましたー」

「いや、いいんだ。気にしないでくれ」


 それにマリナの手、とても柔らかくて、俺よりも小さい手なのに、なんだか包まれているような安心感を与えてきた。

 俺は手をぎゅっと握りしめる。

 ってか、なにをドキドキしているんだ俺は。小学生じゃあ、あるまいし。なにをこんなことで慌てているのか。


「ワタシって、男子相手にもハグしそうになっちゃうんデスヨネー」

「文化の違いってやつだな。日本の男にそれをやったら確実に惚れちゃうから注意な」

「アハハ、そうみたいデスネー。みんな、うぶでかわいいデス」


 彼女としては別にからかったつもりはないんだろうけど俺は、まいったな、と首筋に手をやる。

 ぐいぐい迫ってくる感じはやっぱりアメリカンだ。情けないことに、手玉に取られているようである。


「日本の男の子、悪い女に騙されないか心配デース」

「国際結婚を装ったロマンス詐欺ってことか。俺は大丈夫だと思うけど、確かに騙されてたんと貢ぐ男はいそうだな」

「そうそう。ウルトラチャットとか――」

「え?」


 聞き馴染みのある単語が出てきて訊き返してしまった。

 マリナだってマイチューブを見ているから投げ銭システムのことは知っていて当然なはずなのに、なぜか俺は意外な感じを抱いてしまったのだ。


「あー、えーっと、ネットの動画を視聴しているとたんとお金が飛んでいきますよねー」

「あ、ああ……そうだな……」


 なんだろう。いつもは片言ながらもハキハキとしゃべるのに、今は焦って誤魔化すような言い方だった。


「もしかしてマリナも投げ銭したことあるとかか?」

「ワタシはそのぅ。貰うほうというか……」


 ゴニョゴニョと口ごもったので最後のほうはなんと言ったのか聞き取れなかった。


「ままっ、いいじゃないですかー。それより早く食堂に行かないと席が埋まってしまいマース」


 そう言って彼女はまたも俺の手を取って引っ張った。レッツゴー、と陽気に言って歩き出す。

 いろいろ気になることはあったけど、まわりの男子が羨ましそうに見てくるので気分がよくなってどうでもよくなった。


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