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第6話

 家事を終え、宿題を終えた俺はひとっ風呂浴びてベッドでスマホをいじりながらくつろいでいた。

今日もみかんちゃんが生配信をしてくれるとSNSの告知で知っていたので、ソシャゲをやりながら待機しているのだ。

 しかしそれもあきてSNSをチェックしていると、みかんちゃんの所属しちえるサークル、まほろば庵からお知らせがあった。


「えーなになに……シナリオライターの募集、かあ」


 未経験でも可となっている。

 ライターに採用されれば中の人に会えるとか、そういう邪な気持ちがあったわけでは決してない。

 本当に純粋に俺は作品づくりに関わってみたいと思った。

 七海から、高校生活は今しかないんだよ、と言われたのもある。

 バイトもしたことない俺がいきなり応募するんだから心臓はバクバク鳴っていた。けどやめようとは思わなかった。夢中で必要事項を入力して応募をタップした。

 送信完了をすると現実に戻ってきた気がした。

 するとスマホが通知音を鳴らした。


「やべっ、もうこんな時間だ」


 開始五分前になったので慌てて動画に移る。他のリスナーたちのチャットを見ながら待っていると画面が切り替わった。

 猫耳美少女が身体を揺らして笑いかけてくる。


『お兄ちゃぁ~ん、みかんだよぉ』

「はあぁっ」


 思わず気持ち悪い声を出してしまった。

 しかしそれも仕方がない。初っ端から右耳にロリ甘な囁きが来たんだから。


『ふふっ、ビクビクしちゃって。かわいいんだぁ』

『いきなりだったからびっくりしたよ』

『びっくりしちゃったの? ごめんね。でもこうやって、お兄ちゃんが寝ているおふとんに入るの好きだから。あったかくで気持ちいいなぁ』

『俺も気持ちいい』

『お兄ちゃんも気持ちいいんだ。いいんだよぉ。兄妹でいっしょに寝るなんて普通のことだから』

『そ、そうかな……』

『うん。だから遠慮しないでね』


 そう言われてしまったはしょうがない。俺も妹のみかんちゃんと添い寝するのを堪能させてもらう。

 しばらく彼女とくっついたまま俺たちは話す。耳を気持ちよくする前の雑談である。


『お兄ちゃん、今日は疲れてるのかなぁ? なんだか疲れが顔に出てるよぉ』

『まあいろいろとあって』

『みかんもね。今日、学校でお友達と少し喧嘩しちゃって。あっ、でも平気だよ。すぐに仲直りしたから』


 よかった、とリスナーたちからコメントが送られる。


『ふふ。ありがと。でもね、その子ひどいんだよ。妹がそんなにお兄ちゃんのこと大好きなのは変だって。変じゃないよねえ?』

『変じゃないよ。俺もみかんちゃんのこと大好き』

『やった。お兄ちゃんと相思相愛だね。だから今日もみかんがい~っぱい気持ちよくしてあげるから楽しみにしててね』


 癒やしボイスでという意味だが、あえて誤解を生むような言い方をしている。

俺たちリスナーもわかっているのについコメントで反応してしまう。


『なにをしてくれるのかな(すっとぼけ)』

『え~っ、わからないのぉ? もう、しょうがないなあ。じゃ~あ、まずはお耳をぐぽぐぽしてあげるね』


 すると少し間を開けてから両耳に指を入れたようなガサガサとした立体音が鳴った。

 もちろん、本当にやっているわけではなくて人の頭部を模したマイクにそれっぽい音を当てているだけだ。

 擬似的な音だってわかっているのに、バイノーラル音声が耳に心地いい。

 加えて指を動かす音に合わせて、みかんちゃんが声を入れてくれるのがたまらない。


『ぐぽぐぽ。ぐぽぐぽ』

「あぁ」


 何度、聞いても最高だ。正直、この音がなんなのかは未だにわからないけど、そんなことはどうだっていい。

 脳みそがかき回されるようで酩酊状態になる。

 十分にも及ぶ耳ぐぽぐぽ攻撃で俺はベッドの上でとろけていた。


『どう? 気持ちよかった?』

『うん。最高だったよ』

『よかったぁ』

「はあぁ……」


 これでまだウォーミングアップだから良い意味で困る。

次はなにをやるのかなと期待して待っているとイヤホンの向こう側で新しい音が聞こえてきた。

 なんだろうこの音? ペリペリと袋を剥がしている音だろうか。


『えへへ。ちょっとお腹すいちゃったから、飴を舐めてもいい? 棒付きのやつだよ』

「飴?」


 そうか。どこかで聞いたことのある音だと思ったけど、棒付きキャンディ―の袋を剥がした音か。

 いいよ~、という俺たちの許可をもらって、みかんちゃんはASMRなので音を立てて飴を舐め始めた。


『いただきま~す。あ~ん。ちゅぱちゅぱ』


 右耳を飴玉を舐める音が襲う。

 やばい。これ、やばい。まるで耳にキスされているみたいだ。


『あれ~? 飴を舐めているだけなのに、なんでお兄ちゃん、そんなにもぞもぞしているのかなあ? ねえ、なんでかなあ?』

『うっ、それは……』

『変なお兄ちゃん。それじゃあ、これはどうかなあ』


 今度は飴玉を口のなかで転がし始めたらしい。ときどき飴玉が歯に当ってカラカラと音を立てる。


「ああ」

『美味しいぃ。ちゅぱっ。もっと舐めたいな。ちゅぱちゅぱ』


 また右耳にみかんちゃんの声が入る。でもさっきまでと違って、声には熱っぽさが帯びている。


『お兄ちゃぁん……』


 みかんちゃんの吐息が少し荒くなる。はあはあっと耳元を刺激してくる。


『お兄ちゃんの耳、おいしそぉ。いただきま~す。あむっ。はむはむ』

「ふわぁ!? ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 突然の飴舐めから耳はむはむへのチェンジに思わずストップをかけてしまう。

 むろん、動画配信のASMRなので俺の声なんて画面の向こう側にいる彼女には届かない。

やめたければ、イヤホンを外すなり、いったん動画から退出すればいいのだ。

 それでも同じようにびっくりしたリスナーが多かったのか、チャット欄はいきなりのギア上げに気持ち良すぎてついて行けないようだった。


『えー? お兄ちゃん、どうしたの? もしかして、みかんに耳はむはむされるのを嫌だった?』

『嫌じゃないよ。びっくりしただけ』

『そっか。ごめんね。みかん、つい興奮しちゃった』


 興奮って。飴を舐めていただけなのに、いったいどこで興奮したのだろうか。


『お兄ちゃんが悪いんだよ。そんなに気持ちよさそうな顔するから』

『ごめん。気持ちよくてつい』

『もう、しょうがないなあ。それじゃあ、罰として次のやつで身体が反応しなかったら許してあげるね』

『え? なにをするつもり?』

『むふふ。それはねえ。こうだよぉ。は~ぁっ』

「ぅっ!?」


 暖かさなんて感じないのに、熱のこもった吐息を左耳に感じてしまった。

 続けて彼女は右耳に吐息を、そしてさらにまた左耳に吐息をと交互に左右を攻めてきた。


『びくびくしちゃってる。みかんの勝ちだね』

『負けたぁ~』

『負けた罰として今日は寝かせてあげないんだから。寝落ちしたらダメだからね、お兄ちゃんっ』


 小悪魔のようになった俺たちの妹、みかんちゃんはくすくす笑ってASMRを続ける。

 言われたとおり俺は寝落ちしないように必死に堪えるのだった。

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