俺は部活には入っていない。
高校生とはいえ、一人暮らしなので学校帰りに買い物をしたり、飯を作ったり、掃除をしたりしないといけないからだ。
それに加えて宿題もあるから、とてもじゃないが部活なんてやっている余裕はない。
ホームルームを終えてバッグを持ってすぐに下校しようとすると、七海が「待ってよ」と追いかけてきた。
途中までいっしょに帰るつもりらしい。
「綾人、サッカー部に入らなくてよかったの?」
「うちの学校のサッカー部かなり強いから俺じゃあ練習にさえついていけないって」
中学は全員強制的にどこかの部活に所属していないといけなかったし、聞くところによる公立高校もそういうところもあるらしい。
しかしうちの学校は私立だ。スポーツにも力を入れていて特待生はいるし、ちょっとサッカーやってましたレベルでは雑用係決定である。
諦めるとか挫折とか、そういう話ではなく、初めから戦力外なところでは頑張りようがないのだ。
「そうなんだ。でもさ、せっかく高校生になったんだから、なんか部活とか入ったほうがよくない? 家事なんてこれからいくらでもやれるけど、高校生活は今しかないんだよ?」
「言いたいことはわかるけど、おまえだって部活に入ってないだろ」
「うっ、やぶ蛇だった……」
と七海は顔をひくつかせる。
「俺は家に帰ってもやることはいろいろあるけど、おまえは家でなにやっているんだよ」
「わたし? わたしは――ええっと、そのぅ……」
「なんだよ、はっきり言えないようなことでもしているのか?」
「ち、違うよっ。ただまあ、あたしもいろいろあるんだよ」
七海は眼を泳がせて目を合わせようとしない。
怪しいな。向こうが俺のことに聡いのと同じで、俺もこいつのことに関しては聡いつもりだ。
つまり、これはなにかを隠している態度である。
「――ハッ、まさかおまえ、変なバイトとかしてないだろうな?」
「な、なにさ、変なバイトって……」
おいおい、声が上ずっているぞ。
まさか本当にそんなことをしているんじゃないだろうな。こいつにかぎってそんなことはないと信じたいが。
「いやだからさ、その、最近よく聞くあれだよ。パパ――」
「違う! そんなわけないでしょっ!」
もうっ、と彼女は口を尖らせて怒る。
「ひどいなあ。綾人ってば、あたしがそういうことやる女だって思ってわけ?」
「んなわけないだろ。おまえは真面目なやつだよ。腐れ縁だし、俺が一番おまえのことよくわかっている」
七海は少し頬を赤らめて今度は違う意味で口を尖らせた。
「綾人のそういうところズルいよね」
「は?」
「なんでもない。ほんと綾人は綾人なんだから」
「どういう意味だそれ」
「いいの。とにかく、あたしは問題ないから。健全で清廉潔白な女子高生です。はい、証明終わり!」
パンッと手を叩いて七海は無理矢理、話を終わらせた。
なんか怪しいけどこれ以上、詮索されたくないようだから、突っかかるのはやめにしておく。
「それより綾人、帰りにちょっとどこかに寄っていかない? 放課後のおやつでもどうかなって」
「いいな。どこ行く?」
「うーん……あ、そうだ。駅前に新しいカフェができたんだけど、そこ行ってみようよ。女子好みなかわいい内装が評判みたい」
駅だと俺の帰り道からは外れしまうがせっかくのお誘いだ。断るのも悪いのでそこに行くことにした。
新しくできた喫茶店というのは北欧風デザインのあたたかみのある店内をしていた。
白を基調とした壁に、床や椅子はウッドデザインで自然体を演出しており、観葉植物もあるし、照明も明るくてとても落ち着く雰囲気の店だった。
そういえばASMRや同人音声にも、いろんなシチュエーションがあって喫茶店のお姉さんと仲良くなるっていうのも探せばあるかもしれない。
そんなことを考えていたら急に猫柳みかんちゃんの声が聞きたくなってしまった。
今日あたりにでも配信をやってくれないだろうか、と思っていると「ねえ」と不機嫌そうに七海がメニュー越しに呼んできた。
「あたしといっしょにいるのに、また他の女の子のこと考えていたでしょ」
心臓が止まるかと思った。なぜこうもこいつは勘がいいのか。
「い、いえ、そんなことはありませんよ、はい」
「嘘。ぜったい考えてた。どうせ声優さんのことを考えていたんでしょ」
当たらずと言えども遠からず。声優ではなくVTuberなんだが中の人という意味では同じようなものか。
「そ、それは……」
「ほ~ら、図星じゃん」
七海は呆れたようにため息をつく。
「まったく、綾人ってばほんとにアニメ好きだね」
「うっ……」
「まあいいけどさ。綾人が好きなものを否定する気はないから。でもさ、二次元美少女ばかりじゃなくて、もうちょっと現実を見てほしいっていうか。とにかく、あたしといるときはほかの子のことは考えちゃダメだから。腐れ縁とはいえ失礼でしょ」
「は、はい……。すみません……」
「よろしい。じゃあ、注文しよ」
七海は満足げに微笑むと店員を呼び、おすすめだというコーヒーとケーキを頼んだ。
俺たちのことをカップルだと思ったのか、女性店員さんは微笑ましそうに笑顔を向けてきた。
けっしてそんな関係じゃないのだが、俺としてはカップルと勘違いされてもべつに嫌ではなかった。