「わ⋯⋯ちゅうだ⋯⋯生ちゅう⋯⋯」
「やばい⋯⋯恋が始まる」
「春が来た。寒いけど、早めの春が来た⋯⋯」
囁き声がすると思って振り返ると私たちを見つめる苺、桃香、りんごがいた。
私は思わず雄也さんの胸を押し返す。
「そ、そんなことする訳ないでしょ。私は『恋愛禁止のアイドル』よ」
私の言葉に『フルーティーズ』3人が吹き出した。
「梨子姉さん、流石に梨子姉さんは恋愛してください」
「30歳ですよ。クリスマスケーキって知ってますか? 30日には売ってません」
「梨子姉さん、姉さんは確かに超美人ですけれど花の命は短いです」
私は辛辣な3人の言葉に固まってしまった。
雄也さんは肩を震わせて笑っている。
「ちょっと、雄也さんまで笑わないでください」
「すみません。でも、きらりさんの魅力は外見だけではないので僕は幾つになっても貴方に夢中だと思います」
本当に雄也さんは人の心が読めるのかと言うくらい欲しい言葉をくれる。
幼い頃から外見ばかり褒められてきた私にとって老いるのは恐怖。そして、外見以外に魅力があると言われることが嬉しくて堪らない。
「私の魅力⋯⋯教えて欲しいです」
私は思わず呟くと、それまで余裕そうだった雄也さんが赤くなって固まってしまった。私は富田雅紀に利用され尽くされた女。自分に人を惹きつけておける魅力があるようには思えない。
「ちょっと、イケメンスーパードクター。そこは貴方の主治医としてベッドで続きを語りますって言わなきゃ」
苺が小声で雄也さんにアドバイスをしているのが聞こえて私も固まってしまう。
芸能界に身を置いているだけあって、年齢の割に非常にませている。
「きらりさん、この後お時間は⋯⋯」
雄也さんが話を始めようとしたところで、私たちの間に顰めっ面の林太郎が立ち塞がった。
「渋谷さん、うちの会社のイメージキャラクターのアイドルに手を出そうとしないで頂けますか? それにきらりは今、恋愛をしたくない程に傷ついてリハビリ中なんです」
私は林太郎の言葉に気まずい気持ちになる。
「林太郎、私⋯⋯」
私が言い終わるように先に林太郎は私の手を引きリムジンに乗せた。
リムジンの黒いソファーに座るなり、林太郎がシャンパングラスを渡して来る。
「お疲れ様」
私が思わず渡されたグラスのシャンパンを飲み干すと、またグラスにシャンパンを注がれる。
「あっ、ちょっとペース早い」
「俺の前で酔うのが不安? 友達だし、帰るところは一緒だから大丈夫だよ」
林太郎が美しい顔で微笑む。
私はその美しい顔に学生の頃、憧れていたモデルの顔が重なった。
「林太郎って女顔だね?」
「何それ? 友達の次はこの俺に対して女扱い? だったら、俺が男だって教えてあげようか?」
明らかに口説きモードの射抜くような鋭い視線になった彼に戸惑う。彼は本当に私と友達関係になる気があるのか疑問。隙さえあれば口説こうという気持ちがあるように見える。
(私が好きというより、私を落とせなくて意地になっている?)
「結構です⋯⋯」
「なんで、渋谷雄也とは恋愛モードになってたの? 2度と恋なんてしないって言ってた癖に」
手元のシャンパングラスをとられたかと思うと、林太郎はそのグラスの中のシャンパンを口に含んで私に口付けしてきた。
あまりの出来事にうまく飲み込めないシャンパンが口の端から零れ落ちる。
「な、なんで、友達でいてくれるって言ったのに」
「口移しでシャンパンを飲ますなんて友達同士でもするでしょ」
自信満々な表情で語りかけてくる林太郎に、私は何も言い返せない。
(そ、そうなの? アメリカでは?)
「嘘だよ。こんな事はきらりにしかしない」
そういうと林太郎は私にすかさず深い口付けをしてきた。
アルコールが頭に回っているのか、彼の口付けが上手すぎるのか頭がボーッとしてくる。
「キ、キスはしないって約束したよね」
「キスして欲しいような顔してたから、してあげたのに」
私は理性を手繰り寄せて必死に彼の胸を叩いた。林太郎は何を考えているのか分からなくてやっぱり怖い。私の気持ちに寄り添ってくれたかと思えば、私を翻弄しようとして来る。
「会社のブランドのアンバサダーに手を出すとかセクハラだから。それで良いの? 為末林太郎社長!」
私の言葉が余程予想外だったのか、彼は目を丸くしてじっと私を見つめていた。
「そう、じゃあ、もう少し嫌そうな顔して見たら?」
林太郎は拗ねたような顔になって、グラスになったシャンパンを一気に飲み干した。「セクハラ」という言葉は失礼だったのかもしれないと私は一瞬謝ろうかと迷いつつ口をつぐんだ。このまま林太郎とは仕事上の関係を保った方が良い。彼は私に気があるような素振りを見せてくるが、気分屋過ぎて今後も恋愛関係になりたいとは思えない。
万が一彼と恋愛関係になったら、雅紀に対してとは違った意味で苦労しそうだ。
ふと、手元のスマホが光ったのが見えた。
『渋谷雄也』
雄也さんからの着信に思わず、スマホの電源を切ってしまう。林太郎からの冷ややかな視線を感じる。
リムジンがマンションに到着し、心からホットした。
「為末社長送ってくれてありがとうございました」
私は素早く頭を下げると、林太郎と目を合わせないまま車を慌てて降りた。
隣の部屋だから部屋の前まで一緒に行くのが普通かもしれないが、今の気まずい雰囲気に耐えられない。
小走りで部屋に入り鍵を慌てて閉める。
私はそのまま玄関に座り込んだ。
「何を恐れてるんだ私は⋯⋯」
スマホの電源をゆっくりとつけ、私は雄也さんに電話を掛けた。