稽古場では真剣な顔をした『フルーティーズ』が待っていた。
苺が私ににじり寄ってくる。
「な、なに?」
何か言いたそうで言えない彼女の表情に戸惑ってしまう。
「友永社長が広告代理店の人に梨子姉さんを上納したって本当っすか?」
私は中学生アイドルのあまりの直接的な表現に固まってしまった。
彼女たちはアイドルをキラキラしたものだと思っている。
自分の夢を叶えてくれるもの、夢の過程で大切にしたいもの。
私は彼女たちのそんな気持ちを守りたいと思っていた。
でも、実際彼女たちと年齢も変わらない黒田蜜柑が被害に遭いそうになっている。
彼女たちが欲に目が眩んだ大人たちの餌食になるのも時間の問題。
芸能界というのは美しい場所ではない。
ヤクザが牛耳るような場所だとは聞いていたが、話半分だった。
しかしながら、足を踏み入れるとその醜悪さに吐き気がする。
キラキラした部分だけを見せて寄ってきたミツバチを喰らう、人食いバナ。
「そうだよ。私はお偉い広告代理店の人たちのおもちゃにされそうになった」
私の言葉に彼女たちが息を呑んだのが分かった。
中学生くらいの私は、こんなに大人の世界を知らなかった。
しかし、『フルーティーズ』は大人の世界でずっと戦っている。
セクハラまがいの好奇の目で晒されることもある事を自分たちも知っているはずだ。
「でもね。助けてくれた人がいて逃げられたの。私はあなたたちを私のような危険には晒したくない」
「私は大丈夫です! 『フルーティーズ』が売れる為なら⋯⋯」
桃香が震えながら言う言葉は本心ではない。
彼女は母親の期待に応えたい気持ちが、いつも自分の願望に勝ってしまう優しい子。
「桃香、それは好きな人とする事だよ。それに『フルーティーズ』はそんな事しなくても十分売れる実力がある。3人のパフォーマンスが凄いし、あのルナさんが楽曲を提供してくれてるのは私たちだけなんだよ」
3人が息を呑む。自分に自信が持てなくても、世界的に認められ始めているルナさんの価値は理解できるはずだ。
「実力で頑張ろう。枕に応じなくて干されたりするかもしれないけれど、努力すれば見てくれている人はいるよ」
りんごが目に涙を浮かべている。
実際、彼女たち3人は足にマメを作るくらい努力をしてきた。
その努力が報われてほしい。
彼女たちの純粋な夢を大人の欲に穢されたくない。
私たちはいつの間にか円陣を組んでいた。
「私たちの実力を思いしれ! 行くぞー『フルーティーズ』」
私が叫んでみんながオーっと叫んだと同時に練習室の扉が開く。
そこには冷たい目をした友永社長が立っていた。
「梨田きらり、やってくれたじゃない。処女でもないくせに」
私は思わず友永社長を部屋から引っ張り出す。
「そう言う不適切な会話⋯⋯中学生の前でしないでください」
「中学生? 中学生じゃないわ。あの子たちは下手なサラリーマンより稼いでるんだから立派な大人よ」
「そうですね。色々と知らなくて良い事を知っています。友永社長は立派な大人とは言い難いですね。私が被害届を提出したら貴方を葬れますよ」
私の言葉に友永社長の顔が一瞬こわばる。
「被害届? そんな事をしたら、この事務所が終わるわよ。『フルーティーズ』も終わるし、そうそう黒田蜜柑も終わるわね」
バカにしたような笑いを浮かべ友永社長はひらひらと手を振り去っていった。
私は次の一手が考えられずに立ち尽くす。
後ろに気配を感じて振り向くと桃香が立ち尽くしていた。
「蜜柑って、枕営業させられた⋯⋯の?」
桃香が真っ青になり震えている。
「大丈夫よ。桃香。蜜柑はちゃんと逃げて自分の実力を評価してくれるところで勝負してる」
そっと苺を抱きしめると震えが止まらないようだった。
「わ、私、蜜柑に酷いこと言っちゃった。金持ちだから本気じゃなかったんだろとか⋯⋯裏切り者の腐った蜜柑とか⋯⋯」
「じゃあ、今度会った時に謝れば良いじゃない。蜜柑と会えるように私たちも頑張らなきゃね」
私たちは必死に目の前に練習をした。そうやって何も考えずに体を動かしている方が楽だったからだ。
(努力が報われる? 訳じゃないよね)
練習場を出ると、雄也さんが待っていた。
夜風が寒くて、月明かりに照らされた雄也さんの顔が心配げに私を見つめている。
「雄也さんどうして?」
「きらりさんが心配で⋯⋯11ヶ月会わない約束をもう破ってしまいました」
カラオケ店での恐怖が蘇り、私は自然と彼に抱きついていた。
(恋なんてしない⋯⋯だけど⋯⋯)
雄也さんが私を強く抱きしめ返してくる。
暖かい温もりが伝わってきて湯たんぽのように私の血液がじんわりと温まる。
「きらりさん、僕が貴方を守りたい」
雄也さんの顔が近づいてきた。