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第43話 俺じゃダメなのはなんで?

「待って! そんなこと考えてないし。風邪がうつるから遠くに行ってくれー」


 私は朦朧とする意識の中で何とか言葉を絞り出したところで、意識が途切れた。


 再び目が覚めると熱は下がったようですっきりしていた。

 本当に一時的にストレス、で自律神経が乱れて発熱しただけのようだ。


 自分のメンタルの弱さには本当にうんざりする。

 私は私を抱きしめるようにして、眠っている林太郎の腕を外した。

(良かったー! 服着てる)


 時計を見ると朝の5時のようだった。

(よし、彼が寝ている今のうちに朝食を作ろう)

 居候の身で家事を全くしていない現状に私は引け目を感じていた。


 キッチンに行き、冷蔵庫を開けると常備野菜も揃っているし綺麗に整頓してある。

(林太郎って、実はかなり几帳面だよね)


 私はとりあえず、オムレツとコンソメスープとサラダを作った。

(よし、できた! 林太郎みたいなおしゃれ料理はそのうち覚えよう⋯⋯)


「きらり! 俺がオムレツに字を書いても良い」

 突然、林太郎がバックハグしてきて、心臓が止まりそうになる。


「はい、書けた」

 オムレツを見ると「きらり大好き」と書いてある。


「流石に混乱してきた。林太郎は、私のことは好きじゃないんじゃないの?」

 記憶が確かなら、彼は泣く女は嫌いだと言って告白を撤回してきたはずだ。


「きらりが俺に友達でいて欲しいそうだったから、自分の気持ちに蓋をしたんだ。でも、やっぱり我慢できないから、自分の気持ちに正直になることにした」


 彼の言う我慢したと言うのは、ほんの1日くらいのことだ。


 しかし、私からすれば1日で好きと言われたり苦手と言われたりして混乱してしまう。

(どっちの気持ちが本当か分からなくなるよ)


「私は林太郎のこと好きか分からない⋯⋯」

 私は本音を話すことにした。


 彼を見てときめいたりするけれど、女の子なら彼のようなイケメンには皆ときめく気がする。

 それに、私は雄也さんに惹かれていたはずだ。


「俺はきらりも俺のこと好きだと思うから、これからしっかり自覚させるね」


 やはり林太郎はとてつもない自信家だった。

 でも、彼の万能なところを見ると自信家になるのも必然だと頷ける。


「すぐ泣く女は嫌いじゃなかったの?」

 私は人前では泣かないようにしているが、最近は精神が緊張状態なのと予想外の出来事が続いて彼の前では泣いてしまった。


「きらりの泣き顔を見て、本当はずっときらりが笑っていられるように一生守りたいと思った」

 今の私は泣いていないのに、涙のあとを辿るように彼が頬に触れてきた。


「あったかいうちに、ご飯食べちゃおうか」

 私は急に恥ずかしくなり、食事をダイニングテーブルに運んだ。

 林太郎がコーヒーを淹れてくれて、私たちは朝食を食べ始めた。


「『フルーティーズ』って解散するの?」


 私は何でもかんでも林太郎が決めてしまって、何も報告されないのが不満だ。


「グループ自体は解散したほうがいいでしょ。グループの誰1人アイドルをやり続けたいと思っていない。みんな違う目的を持っているんだから、『フルーティーズ』は踏み台にした方が良い」


「桃香はアイドルを続けたいんじゃないの?」

 りんごは玉の輿目的でアイドルをしていて、苺はカイコ・デ・オレイユに行きたいと言ってたのは確かだ。


「桃香のアイドルになりたいと言うのはのは母親の夢でしょ。あの子は本当はもっと学校に行きたいって言ってたよ。苺に関しては留学した方が良いし、りんごは高跳びに時間を割いた方が良いと思う」


 私は3人とも真剣にアイドル活動を続けたいと勝手に思い込んでいた。


 しかし、アイドルをする期間が限定された途端3人が生き生きとしてきたのは確かだ。


 そして私の方が3人娘に関わってきたのに、林太郎の方が彼女たちの本音を聞き出せている。


 独立したのに会社も期間限定だということだろうか。


「きらりは、俺と結婚して俺だけのアイドルになって」

 彼がまるで私を口説くように言ってくる言葉に、過去に雅紀が私に「自分だけの応援団になって」と言われたのと重なる。


 林太郎は私と出会って、まだ日が浅いのに私の本質にも何を言われたら嬉しいかにもたどり着いている。


 それが私を好きだからじゃなくて、彼が察しが良いからなだけに見えて怖い。


「結婚なんて考えられないな」

「甘えたくなったら、渋谷雄也とは結婚したいのに俺じゃダメなのはなんで?」


 それは雄也さんだったら、誰だろうと結婚相手や彼女を大切にしそうだと思うからだ。


 しかしながら、それを伝えるとまるで林太郎は相手を大切にしないと言っているようなものだ。

(今、彼は私を大切にしてくれてるのに⋯⋯なんで、こんな不安なのか)


 理由は分かっていた。

 林太郎は好きと言ってくれた、その夜には告白を撤回したりする。


 私の知らぬ間に、勝手に色々なことを決めて強引すぎる。


 その全てが私のことを考えてのことだと分かっていても、どこか気まぐれのようにも感じて怖い。


「私は雄也さんとも結婚する気はないよ」

 少し前まで雄也さんに惹かれていて、彼と一緒になれることをふと考えることもあった。


 しかし、強引なまでの林太郎のカットインにより、そんなことを考えることも無くなった。

(偶然の出会いの重なりが、運命じゃなかったことも大きいかな⋯⋯)


「じゃあ、俺に黙って勝手に入籍しないって約束してね」

「そんなことする訳ないじゃん」

 私はふと付き合っていた私に黙って入籍した雅紀を思い出した。


 すると、林太郎が私に軽いキスをしてくる。

「今、元彼のこと考えたでしょ」

「もう、そのキスのルールは無しにしてよ」 

 雅紀のことを考える度にキスをされるなんて、私の身が持たない。


 食事を終えて、準備をしたらいつものように林太郎が稽古場まで送迎車で送ってくれた。

 車を降りて、林太郎に送ってくれたお礼を言うと目の前にいるはずのない人がいた。


「雅紀⋯⋯なんでここに」

「きらりのことが心配で来たんだよ」

 悲痛の表情をしながら抱きしめようとしてくる彼に怒りが湧いて、私は思いっきり彼を突き放した。



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